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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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ユウトが過去に取り上げられたものとは

 エルドワとクリスからユウトについての情報を受け取って、ネイはなるほどど内心で深く頷いた。


 これはレオには伝えられない。

 過去の最終戦争ハルマゲドンで犠牲となった、ユウトと似た立場の人物の存在、その顛末。

 ユウトが犠牲になる未来を見た男の話。


 今でもユウトの立場にそわそわしているレオにこんな話をしたら、彼は全てをかなぐり捨てて、弟を連れて何が何でも別世界へ逃亡しそうだった。

 だがそれは全くの得策ではない。それをさせてはならない。


 クリスが言う時流の話を聞く限り、世界を救わなければユウトが犠牲になる可能性はいつまでも付いて回るだろう。大きな流れから少し逸れてみせたところで、すぐに本流に押し戻されるのだ。

 ……それこそ、五年前に世界を脱した彼らが、再びここに引き戻されたように。


 だからこそユウトたちは今、その時流の方向を、根本から変えようとしている。

 諸刃にも近いこの多大な力を集めているのがそのためだと知って、ネイはようやく抱いていた不安の落としどころを見つけて、長い息を吐いた。


 図らずもこの大精霊の魔力を手に入れてしまった自分が、今になってユウトの背負うものを知ったのも、きっと時流を変える一因になるに違いない。ここに来て、世界の潮流はじわじわとこちらに有利に流れ始めているのだ。


 今後は自分もクリスのように、レオとユウトの間で上手く立ち回らなければ。

 そう決意したネイに、エルドワがさらに付け加えた。


「ネイ、ユウトのことでもう一つ教えておく」

「ん? 何、エルドワ」

「ユウト、実は昔の記憶が結構戻ってきてる。でも、レオには内緒」

「……は!? ユウトくんの記憶が……?」


 その内容に、ネイは目を丸くした。

 だってユウトの態度からは、そんなことが微塵も感じられなかったからだ。ネイだけではない、レオも気付いていないのだから、演技でも何でもなく、本当に彼は変わっていないのだ。


 とりあえずその内容に驚きはしたものの、レオが恐れていたような変化が一切起こっていないのは救いか。しかしこれも、レオには絶対に明かせない。


 ……いつの間にやら話の中枢から外されているのは、ユウトではなく今やレオの方になっているなんて、全く皮肉な話だ。


「……ユウトくんに、本当に記憶戻ってきてんの? 全く変化ないんだけど」

「うん。過去の出来事として思い出してる。でも、感情が付いてきてないって言ってた」

「感情が付いてきてない?」

「他人事の記録映像を見てるみたいな感じなんだって」

「……なるほど。だからユウトくん自体に内的な変化がないのか」


 どうしてそんな妙な記憶の戻り方をしているのかは知らないが、ならば現時点ではあの死にたがりだった子供に戻ることはなさそうだ。これだって、自分たちにとっては朗報。


 つまりユウトは今の健全な精神状態のまま、あの頃使っていた強力な闇魔法も使えるということなのだ。


「……全く、空恐ろしいな」


 思わずぼそりと独りごちる。

 本人は気付いていないだろうが、ユウトは今やとんでもない強さになっているのだ。その強大な力がいつか彼の命を奪わないように、自分たちはしっかりと支えなくてはならない。

 ネイがそう気負っていると、隣にいた男は鷹揚に頷いた。


「確かに、恐ろしいほどの力がユウトくんに結集している。でも、それだけの力があるからこそ未来を変えられるんだよ。頼もしいじゃないか」


 リスク上等のクリスは、ネイの懸念ににこにこと笑って返す。


「年若いユウトくんが背負うには大きすぎる力だけど、それをサポートするために私たちがいる。魔術はメンタルが特に重要だから、彼には心安らかにいてもらえれば、使い方を誤ることはないよ」

「クリスさんはホント、ポジティブだねえ」


 もちろんそれはユウトの性格や自分たちの能力を加味してのことだろうけれど、その前向き思考は全く羨ましい限りだ。アホみたいなレベルの不運持ちとは思えない。

 まあ最近はユウトの幸運に巻き込まれて、その不運もだいぶなりを潜めている様子だが。


 そんな話をしているうちに、リガードと話をしていたユウトが世界樹の木片を掲げた。

 どうやら正式な契約に入るようだ。

 ネイはクリスとエルドワに一旦口を噤んでもらって、そちらへ意識を向けた。


『ではユウト様、木片に刻印を施しますので、そのまま掲げていて下さい』

「はい、お願いします」


 特に厳粛な手続きは何もないようだ。リガードが何か呪文のようなものを唱えた途端、ユウトの掲げた木片が光る。

 その光がじりじりと木を焼くようにわずかな煙を上げたかと思うと、やがてそこには四つめの主精霊の印が刻まれた。


 いや、あまりにも簡単すぎだろ。思わず内心で突っ込む。

 大きな力のやりとりが行われたとは思えない手軽さで、その契約は済んでしまった。

 ユウトが自分の力の大きさにあまり自覚がないのは、こうしてお菓子でも与えるように精霊たちが力を供与するせいかもしれない。


 さすが『愛し子』と呼ばれるだけはある。

 とにかく世界の高位の存在が皆ユウトを甘やかすのだ。

 ユウトがその特別扱いに調子に乗るタイプでなくて良かったと、ネイはなんだか父親にでもなったような心境で思った。


『ユウト様、これで我ら主精霊の力が揃いました』

「はい、ありがとうございます」


 最後の主精霊の力を手に入れて、ユウトは丁寧にお辞儀をする。

 そして世界樹の木片をしまおうとすると、なぜかそれをリガードがやんわりと止めた。


『お待ち下さい、ユウト様。四主精霊が揃ったことで、その依り代には我らの加護が付加されました。是非、身に着けて下さい』

「身に着ける? ……天使像みたいに、ベルトに提げる感じでいいんでしょうか?」

『いいえ。過去にユウト様が取り上げられたものの代替として、そのお背中に』

「背中……あ」


 そう言われて、ユウトは何かに思い当たったようだった。


「……あれは、まだ失われてはいないみたいなんですけど」

『存じております。ですから、この依り代はそれを取り戻すまでの代替品としてお役立て頂ければと考えております。……我らも、ユウト様にできるだけ力をお貸ししたいのです』

「あ、ありがとうございます……!」


 ユウトが再び深々とお辞儀をする。

 過去に取り上げられた何か、その代替品。その会話の内容が何を指すのか。ネイがその様子をじっと見ながら考えていると、不意にこちらに話が飛んできた。


『……ユウト様、その天使像の方は、大精霊の魔力の欠片を宿すあの者にお貸し与えになるが良いかと』

「えっ? これをネイさんにですか?」

『この小さな依り代は、大精霊が魔力を通さねばその威力を発揮いたしません。今まではあなたのお側に大精霊がおりましたので有用でしたが、離れた今はユウト様がお持ちになっていても多少幸運が上がる程度のチャームに過ぎないのです』

「そうなんですか」


 ユウトがベルトに提げていた天使像を外して手に取る。


「あ、そうか。ネイさんなら精霊さんの魔力を常時保持してるから、天使像が機能するんですね」

『はい。大精霊の魔力が通れば、高所からの落下防止になりますし、幸運の上昇値も高くなるのです』

「それはいいですね。ネイさんはあちこち行くし、宝箱とかも開けるから、役に立つかも。……どうせ僕には必要なくなりますし」

『はい。そういうことです』


 何だかネイを蚊帳の外に置いたまま、話がついてしまったようだ。

 ユウトの天使像と言えば、小さいとはいえ世界樹の木でできた彫刻だったはず。そんな稀少なものを、自分に渡して良いのだろうか。

 そして何より、ユウトがそれを『僕には必要なくなる』と言った意味がよく分からなかった。


 なぜ『使えなくなる』ではなく『必要なくなる』なのか?

 そう考えている間にも、ユウトとリガードの話は進む。


「……リガードさん、これを背中に身に着けるって、どうすれば?」

『それは私が。そもそも世界樹は如何様にも変幻自在、この質量をエネルギー変換して、ユウト様に同化させます。……それでも依り代としての機能は変わりませんので、我らの誰かの力を呼び出している最中はお使いになれません。その点はお気を付け下さい』

「はい、分かりました」

『ではユウト様、その木片を私に』


 主精霊に請われてユウトが依り代を差し出すと、それはたちまち目映い光の玉に変化した。

 ネイはその眩しさから目をそらすと同時に、ちらと隣のクリスたちを見る。しかし彼らは一切その光が見えていないようで、ただ何をしているのかと怪訝そうにユウトを見ていた。


 つまりこの光は、精霊たちしか見えない特殊なエネルギーなのだ。

 今この状況を確認できるのは、ネイしかいない。

 ならば眩しいなんて言っている場合ではなく、ネイは細い目をさらに細めて再びユウトを見た。


 光の玉が、ふわりと浮かびユウトの背中に回る。


 それはやがてユウトの肩甲骨のあたりに入り込むと、そこからばさりと左右に広がって、輝く純白の翼になった。


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