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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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精霊の見えるネイ

 ネイはユウトたちよりも一足早く外に出て、自分の言霊の力を試していた。


 言霊に声量は必要なく、ただそこに強い霊力が乗ればいいらしい。

 試しに一度だけ大精霊に呼びかけてみる。

 しかしその答えが返ってこないところを見ると、やはり言霊は一方通行のようだった。


 とはいえ、話しかけることで向こう側からこちらの位置などは知れるはずだし、ユウト辺りに何かがあれば空間を飛び越えて駆けつけてくれるだろう。

 そう考えれば、会話が出来ないこともさして問題ではない。


 ネイはすぐに対象を切り替えて、今度は周囲に漂う精霊に声を掛けてみた。


「ラダの村の中にいる精霊たち、集まって」


 独り言のような大きさだが、それでも十分。

 しばらく待っていると、ふよふよとした大小の光の玉がネイの周囲に集まってきた。

 この辺りには子精霊しかいないらしく言葉を発せるものはいないが、言霊はしっかり伝わっているのだ。


(やはり、俺の言霊には大精霊の霊力が乗ってるんだな)


 これなら強く念じて呼べば主精霊にも届くだろう。だが同様に、自分の言葉は別のものにも届くのだと理解した。


(……きっと俺の言葉は、同じ精神体である復讐霊にも届く)


 さっきユウトがその名前をあまり口に上らせない方がいいと言っていたけれど、ネイに至っては禁句と言える。呼びかけはもちろん、話題として出すのもやめるべきだ。

『復讐霊』の他にも『エルダールの呪いの主』というのも控えた方がいい。対象と名称がどんどん結びつくほど、言霊は強くなってしまうから。


 ネイは、今後の発言には細心の注意を払わなくてはいけないと自分を戒める。

 そうして言葉に力がありすぎるのも難儀なことだ、と少々面倒に思いつつも、一方でまた別のことも考えていた。


(……だがこれをうまく利用すれば、俺が囮になって復讐霊を呼び出したり、故意にミスリードを促したりすることができるかもしれない)


 もちろん安易にそんなことをするわけにはいかないが、ここぞと言う時に使えれば、かなりの有効手段。使えるのは一度だけに限られるものの、大きなカウンターになる。


 未曾有の敵と戦うのなら、手段はいくらあっても良いのだ。


 そんなことを考えていると、不意に周囲の精霊たちがふよふよと動き出した。あの子が来たのだろう。


「ネイさん、お待たせしました! ……って、わあ! いっぱい子精霊がいる! この子たちどうしたんですか?」


 子精霊たちはこぞってユウトの方に群がっていく。そのひとつひとつをユウトが撫でると、それはポゥッと発光して、再び村の中に散って行った。


「ごめんごめん、精霊を呼び出せるか試しに集めてみたんだよ。でも俺は大精霊の魔力があっても扱えないから、何もしてやれなくてさ~」

「あ、だからこんなに一カ所に集まってるんですね。よしよし、良い子だね。もうお行き」


 ユウトに撫でられると、その指先から魔力が精霊に渡る。これが集合に応じた報酬となり、皆満足して散って行くのだ。

 今はユウトがいて助かった。

 言葉を話せる親精霊以上となら交渉もできるけれど、子精霊は逆にネイにとっては扱いづらいようだ。

 次からは呼ぶ相手に気をつけよう。


「ネイくんは子精霊の呼び出しに成功したんだね? じゃあ主精霊も期待できるな」

「まあ、呼び出すだけならどうにかなりそうだよ」


 これから呼び出す主精霊『リガード』に関しては、交渉はユウトの仕事だ。ネイはユウトが子精霊を撫で終わるのを待って、自分の近くに呼び寄せた。


「じゃあ、早速呼ぶか。クリスさんとエルドワはちょっと下がってて。ユウトくん、一応俺と一緒に『リガード』に呼びかけてくれる? 多分ユウトくんも霊力は強い方だし、何より精霊に好かれてるから、俺一人で呼ぶより反応がいいと思うんだよね」

「はい、分かりました」


 呼びかけ自体は届いても、そこから相手を動かすのはまた別の話だ。もちろん大精霊の霊力に逆らう者などそう居るまいが、相手は大精霊に次ぐ高位の主精霊。呼び出したのがただの人間だと分かったら、機嫌を損ねるかもしれない。


 その点、ユウトは大精霊の能力を受け継いだ半魔だ。主精霊をかしずかせる素養は十分。これならきっと上手くいく。


「ネイ、精霊って呼んだらどれくらいで来るの? ラダから遠く離れたところにいたらどうなる?」

「思念体ってのは物理的距離とか問題にしないから、声さえ届けば空間飛び越えてくるはず。でしょ? クリスさん」

「うん、そう。物理的概念に縛られるのは実態のある者のみだからね。何事もなければ、すぐに来て契約は終わるんじゃないかな」

「……後は『リガード』がどんな精霊かですよね……。ずっと寝てるって言ってたし、無理に起こされて機嫌が悪かったりしないといいんですけど……」


 ユウトは少し心配げだが、それについては大した問題ではないだろう。

 肉体を持たない精霊は、基本的には睡眠による回復を必要としない。つまり、『リガード』の眠りは主精霊の能力に付随する反応であり、眠気を催しての行動ではない可能性の方が高いのだ。


「ま、気にしなくても大丈夫。レオさんも待ってることだし、さっさと呼んで終わらせよう」

「あっ、そうですね。明日も早いですし」


 レオを引き合いに出せば、ユウトはすぐに気持ちを切り替える。彼は手にポーチから取り出した世界樹の木片を握り、深呼吸をした。


「では呼ぼうか、ユウトくん」

「はい!」


 二人で呼吸を合わせ、念を込める。


「「主精霊『リガード』、我が言霊に応じて馳せ参じよ!」」


 クリスの助言を受けて決めておいた文言を口唱する。

 すると一瞬の沈黙の後、突如ネイたちの目の前に大きな光の塊が現れた。主精霊が呼びかけに応じてくれたのだ。

 その見た目は最初は丸かったが、次第に形を成していき、やがてとある形体で状態が安定する。

 その場に落ち着いたのは、発光するだいぶ大きな犬だった。


 いつも寝ていると言うから何となくおっとりとしたイメージかと思っていたけれど、耳をピンと立ててどしりと構えた姿はどちらかというと闘犬に近い。

 それをしげしげと観察するネイの隣で、ユウトが先に声を掛けた。


「リガードさん、呼びかけに応じてくれてありがとうございます。お休みの邪魔をしてしまってすみません」

『こちらこそ、お呼び頂いてありがとうございます、愛し子よ。本来なら私の方から参ずるべきでしたのに、お手間を取らせて申し訳ありません』

「いえ、手間なんてとんでもない! ……あ、お呼び出ししておいて、まだ名乗っていませんでしたね。僕はユウトと言います、よろしくお願いします」


 精霊がユウトに好意的だとは知っていたが、この厳つそうな主精霊もご多分に漏れないようだ。最初からユウトの配下であるような態度のリガードに、ネイは内心で驚いた。

 言葉で理解するのと、目の前でその状況を見るのでは衝撃が違う。いつの間にやらユウトは『愛し子』と呼ばれることを受け入れているし、主精霊からの敬愛の念も肌にひしひしと感じられるのだ。


 ユウトの世界における重要度が上がることを恐れるレオがこれを見たら、きっと落ち着いてなど居られまい。

 精霊を視認できる目があの主人になくて良かったと、ネイは小さく息を吐いた。


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