兄、半魔の魔的ヒエラルキーを知る
「以前、魔性が強い半魔ほどユウトの匂いに魅了されやすいと聞いたのだが……これは、エルドワがヴァルドと同等の魔性を持ったと考えていいのか?」
「どうかな。エルドワは元々匂いに耐性が強いから、ヴァルドさん以上の資質を持った可能性もあるけど」
「……それは、大きく『魔物寄り』になったということか?」
「んー、それとは定義が違うかな。魔性ってもっと特殊だから」
そう言ってクリスはピザを頬張っているエルドワを見た。
子供は自分のことを話されているのを分かっていながら、余計な口を出す気はないようだ。ただ、少しだけ訂正を入れた。
「エルドワの魔性は、ヴァルドよりちょっと多いくらい。それほど変わらない。ただ、格はヴァルドの方がずっと上」
「……魔性の格? それは何だ?」
「それはね……えーっと、これを説明しようとするとユウトくんのことにまで言及することになるんだけど……」
エルドワの言葉にレオが疑問を投げかけると、クリスがその回答を引き受ける。そこにユウトの名前が出たことが不可解だが、当の弟も少し目を丸くしただけで口を挟む様子はなかったから、兄はそのまま続きを促した。
「構わん、話せ」
「うん。そもそも魔性っていうのは、魔的ヒエラルキーの上位にいる者が持つカリスマ性のようなものなんだ。他の魔の者を従わせる資質みたいなものだと考えるとわかりやすいかな」
「……魔性ってのは、魔物や魔族なら誰でも持ってるってわけじゃないのか」
「コロニーのリーダー的存在の者なら多少なりとも持っているけど、大多数は持っていないね」
どうやらその魔性の強さが、束ねる軍隊、従える配下の数に比例するらしい。強ければ強いほど、大軍を率いることができるということだ。
「基本的に、魔性は一族の血によって引き継がれる。高い魔性は親から子に引き継がれるため、高位魔族の地位などはそうそう揺るがないんだ。さらに代替わりによる力の移譲もあって、一族の長となるものは飛び抜けた魔性を持っている」
「ヴァルドの一族なんかがそのまんまだな」
「そうだね。魔界の公爵や侯爵は大体この通りだ。そしてそこの長レベルとまではいかないけど、エルドワの魔性はこの階級に相当するようになったということになる」
元々高位の魔獣一族のエルドワだが、それでも立場的に爵位付き魔族には及ばない。それが一気に公爵家レベルの魔性を手に入れたということか。
「……半魔が魔性で従えることができるのは、半魔だけなのか?」
「んー、そう決まってるわけじゃないだろうけど、自然とそうなるんじゃないかな? 純魔族が半魔の配下になるって滅多にないし」
「ふむ、まあそれでも十分な甲斐性だ」
つまりエルドワは、まだ子犬でありながら半魔の一団をまとめられるだけのカリスマ性を手に入れたわけだ。
これを利用しない手はない。
「じゃあ、このラダから使えそうな半魔を選んで配下においてしまえば、それなりの戦力としてあてに出来るな」
「それは無理」
レオがエルドワに一部隊を持たせたいと考えていると、その呟きに当の子供が唐揚げを食みながら首を振った。
まだ試してもいないのに、即座に却下されるとは。何か問題があるのかと、レオは怪訝に思い眉を顰めた。
「お前の魔性ならその辺の半魔を従えるのは簡単だろ」
「でも、ラダはすでにコロニーになってる。エルドワがそれを奪うのは無理」
「……それは、この村自体がヒエラルキーに組み込まれてるってことか?」
ラダの村長はガイナだ。ということは、すでにここの半魔は彼の魔性で治められているということ。
だが、もしそうだとしてもエルドワの実力があれば、ガイナごと傘下に収めてしまえるはずなのだ。それを無理だと言うのは、昔育ててもらっていた心情的に、村を奪いづらいということだろうか。
「エルドワの強さがあれば、ガイナもあっさり下に付いてくれるんじゃないか?」
「無理。ここを奪う場合、相手はガイナじゃなくてヴァルドだから」
「……ん?」
「この辺りにいる半魔は大体ヴァルドの魔性の下にいる。エルドワも、ユウトの下に付く前はヴァルドの傘下だった」
「ああ……! そういえばガイナたちはヴァルドをやたらと信頼して敬ってたな。あいつ、ラダの元締めだったのか?」
「ラダだけじゃなく、街中に隠れてる半魔とかでもヴァルドの下に付いてるひとは多い」
そういえば魔界に行った時に、大精霊がこのヒエラルキーについて何か言っていた気がする。
確か入れ子の階層になっていて、皆できるだけ魔性の強い者の傘下に入りたがるのだと。
「つまりすでにヴァルドの下にガイナがいて、ガイナの下にラダ村民がいるっていう、入れ子階層になってるわけか。そうなるとエルドワが奪うのは無理というか、意味がないな」
「そもそもヴァルドは魔性が強い上に格も高い。だからみんなその下に付きたがる。エルドワはまだ格が低いからあまり受け入れられない」
「……結局、魔性の格の高低で何が違うんだ?」
魔性には強い弱いだけでなく、格の高い低いで違いがあるという。
ちょっと面倒な話になってきたなと思いつつ、しかしこれらが後でユウトに係わると考えれば、ここで話を切り上げるわけにもいくまい。
レオがその説明を求めると、今度はクリスが口を開いた。
「魔性は単純に他の半魔を惹き付ける力だね。そして格は、魔性を持つ者に対する信頼度といった感じかな。格が高いほど力や忠誠心の強い配下が集まりやすくなるみたい」
「へえ。じゃあその格の高さによって、傘下の者に何かメリットもあるんだろうな。確か、魔物の場合は魔性が強い者の傘下に入ると輪廻の時に有利になると聞いたが、半魔はどうなんだ?」
魔物は成長をしない分、輪廻による生まれ変わりでランクを上げていく。そのためには強い魔性を持つ者の下に属し、それなりの働きをする必要があるのだ。
しかし、半魔は成長を輪廻に依存しない。
魔性の強い者の下に付くことで、また別の効果があるのだろう。
そう考えて続きを促すと、クリスは軽く視線をエルドワに流した。
「……正直、半魔に関する文献はあまり読んだことがないから、間違ってたらエルドワに訂正して欲しいんだけど」
「ん、分かった」
ピザをもぐもぐしながら頷く子供を確認して、クリスは再び視線をレオに向ける。
「半魔に関する大体の話はオルタくんからの聞きかじりなんだ。彼自身は、ちょっと特殊なひとだから誰の傘下にも入っていなかったんだけどね」
「ああ、あんたの元仲間の二重人格か」
「うん。それで彼が言うには、半魔は普通に生活していると体内に自己生成された瘴気が溜まって、だんだん魔物寄りになってしまうらしいんだ」
魔物寄りというものの定義は、どうやら体内の瘴気量らしい。魔物寄りに強く傾くと、魔物的な衝動が強くなり、成長は鈍化し、身体から瘴気がにじみ出し、周囲に悪影響を及ぼすのだ。
もちろん、半分は魔の者である彼らには、ある程度の瘴気が必要。しかし、人としての部分とバランスを取らねばならず、多すぎる瘴気を手放すことはかなり重要であるらしかった。
「その余分な瘴気を吸い上げてくれるのが、自分の属するコロニーの長だ。このラダだと、村民の瘴気をガイナくんが引き受けているってことだね」
「村人全員分をガイナが一人でって……平気なのか?」
「魔性を持つ者は瘴気の許容量が他よりも大きいから、ある程度は大丈夫みたいだよ。それに、さっきこのヒエラルキーは入れ子階層になってると君が言ったとおり、ガイナくんの抱えきれない瘴気はさらに上位のヴァルドさんが引き受けてくれるんだ」
「あ、なるほど……ん?」
そこまで考えて、ではヴァルドの瘴気は誰が引き受けるのだ、と思い至って動きが止まる。
ヴァルドのさらに上位、そこにいるのは……。




