兄、弟が係わるとすぐに手のひらを返す
クリスはネイの言霊に大きな霊力が乗ることに、価値を見出したようだった。
けれどレオとネイは今ひとつその恩恵にピンとこない。
明らかにテンションの上がらない二人に、クリスは苦笑しつつ説明を始めた。
「大精霊に即座に声が届くというのは、欲しい時にすぐその力が借りられるということだよ。どこか離れたところにいても、大精霊の力は竜脈に沿って流れているから、近くの竜穴で恩恵が受けられる」
「あ、そっか。つまりネイさんが精霊さんに加護をお願いすれば、近くの竜穴でその効果を受け取ることが出来るんですね!」
すぐに理解をしたユウトに、クリスが頷く。
「そう。そもそも竜穴が社で囲われ、精霊の祠として祀られているのは、そこで大精霊に祈りを捧げて望みを叶えてもらうためだ。しかしその声が届かなければ当然何も起こらない」
「ああ! その点、俺が話しかければ一発で加護がもらえるってことね。そう考えると確かにいい恩恵かも。竜穴に行く手間はあるけど、体力回復とか、攻撃力アップとか、出来たらだいぶありがたいし」
その利点を聞いたネイがようやく恩恵のありがたみを実感する。
しかしレオとしては、まだ手放しで喜ぶまでは行かなかった。はっきりとさせておかないといけないことがあるからだ。
「……その加護の効果範囲はどのくらいなのだろうな。狐だけが受ける恩恵では全然嬉しくないんだが」
「いや、『役立つ部下』が『超絶役立つ部下』に進化するんですよ? 喜んで下さいよ」
「効果を受けるのがユウトなら諸手を挙げて喜ぶが、貴様がユウトを差し置いて恩恵を受けるという許しがたい展開の、一体何を俺が喜ぶというのだ?」
「レオさん、本気で分からない顔するのやめて」
レオの言葉にわざとらしく肩を落として見せたネイだが、もちろん本気で気になどしていない。すぐにけろりと話を戻す。
「まあ、恩恵の範囲は試してみないと分かんないですね。ちょうど良いから明日、グラドニのところに赴く前に精霊の祠に行って、大精霊に話しかけてみます」
「あ、だったら僕も行きたいです!」
祠で大精霊に話しかけるつもりだというネイに、いきなりユウトが食いついた。
「ユグルダで消えて以来全く会ってませんし、僕も精霊さんと話がしたいんです。僕のところに現れなくなった理由とか、今何をしているのかとか……他にも、色々」
ユウトは、大精霊に複雑な思いを抱いている。
それが父親にあたる存在であることとか、一方で自分をどうして造ったのかその理由とか、今はなぜ全く会いに来てくれないのかとか、不安や疑念と親愛がない交ぜになった状態なのだ。
その思いを、直接ぶつけたいということなのだろうけれど。
しかしそれはちょっとまずい。
そもそも、ネイが大精霊と会ったこと自体、ユウトに内緒にするように言われていたからだ。
今回この話をしたのは、あくまでランクSSSゲートに挑むに当たって大精霊の加護を明確にしておきたかったから。こうしてユウトが気にしてしまうだろうとは分かっていたけれど、仕方がない。
「ユウト、明日はやめておけ。ランクSSSゲートの攻略が最優先だし、悠長に会話をするような時間は取れない。それに、おそらくだが大精霊への呼びかけは一方通行だ。会話は成立しないと思うぞ」
「うん、会話はできないね。俺、大精霊の声全然聞こえないもん。一応、ユウトくんが話をしたがってるってことは、明日一方的にだけど伝えておいてあげるから」
さすがに、ユウトに内緒にするように言われたから取り次げないとは言えない。絶対に弟を傷つけてしまう。それらしい理由を付けて諭すレオにネイも加勢すれば、ユウトは残念そうにだが、素直に引き下がった。
「……分かりました。ネイさん、お願いします」
「うん、任せておいて。ちゃんと伝えておくね」
おそらくネイはユウトにばらしたことを含め、明日本当に大精霊に伝えるだろう。
ならばとりあえずはそれでいい。ユウトが会いたいと言ったところで、どうせあちらが会う決心をしない限り、結局は内緒にしようがしまいが関係ないのだ。
それ自体、ユウトを可愛く思っている大精霊が、勝手に消えた自身の心証を悪くしたくないという程度の秘密。『賢者の石を探している』というキーとなる秘密以外は、話したとてどうと言うこともないだろう。悪びれる必要もない。
「しかしそうなると、もう一つの恩恵の方も試してみたくなるよね」
一つ目の加護の話に区切りが付いたところで、クリスが勝手に話を進めた。相変わらず、興味のあることは何でもやってみたがる男だ。
「大精霊の言霊の霊力を使って、下位の精霊を呼び寄せるって奴か? これこそあまり役に立たない気がするが……」
「俺、精霊術使えませんしね。ユウトくんが持つなら、重宝するのかもしれないですけど」
「いやいや、下位の精霊って言っても、大精霊の下位と言えば主精霊や親精霊から該当するんだよ? 荒廃した土地の復元とか、自然物の生成サイクルの促進とか、かなり役に立つと思うけどなあ」
「俺たちにとってはそれほど価値は感じないな。兄貴とかイムカのように、町村をビルドして発展させる立場の者なら喜びそうだが」
ネイが精霊を呼び寄せたとしても、精霊術で交渉して直接的な加護を受けられなければ意味がない。ユウトがいれば交渉は可能だが、そもそもすでに弟は自分で主精霊との契約をしているのだから、この男を介する必要がないのだ。
他の特筆すべき影響としては、精霊が祝福を与えた土地は植物がよく育ち、鉱物が多く生成されるようになるということがあるが、自分たちに明確な恩恵があるとは言い難かった。
「稀少な薬草の成長促進とか、レア鉱石の生成とか、色々精霊の力を借りる利点があると思うんだけどなあ」
「あんたはそういうのにも造詣が深くて興味があるから、そう思うんだろ。俺だって別にあっても無駄だとは思わない。ただ、試すほどの価値を感じていないだけだ」
「ですよね~。今俺が試しに下位精霊を呼び出しても意味ないし」
「あ、待って! ネイさん、僕、精霊の呼び出し試して欲しいです!」
興味がないとばかりにクリスをけんもほろろにあしらうレオとネイの隣で、不意に弟が声を上げた。それだけで、向かいにいるクリスがにんまりと笑みを浮かべる。
このメンツでは、ユウトの一言が形勢逆転の合図であると知っているからだ。
クリスはレオを説得するのを切り上げて、ユウトに乗っかった。
「うんうん、ユウトくんも試してみたいよね。何か目的の精霊がいるの?」
「はい。『リガード』を呼び出して欲しいんです」
「『リガード』……ああ、護りを司る主精霊か。そういえばユウトくん、この主精霊とだけまだ契約が済んでないんだね」
「そうなんです。以前他の主精霊に聞いたら、いつも寝ていて滅多に起きないと言っていました。おかげで余程タイミングが合わないと会えないらしいんです。だから、もし呼び出せるならその方が確実かなと思って」
確かに、最後の主精霊を呼び出して契約できるなら、ゲートに入る前の今のうちに済ませておいた方が良い。
契約を済ませた時点でユウトには主精霊からの能力に応じた加護が付く。護りを司る主精霊なら防御力。これは体力・防御ともに心許ない弟に、是が非でも持たせておきたい恩恵だ。
そうとなれば、レオは即座にころりと態度を変えた。
「それは是非とも試すべきだ! ユウトのために主精霊を呼び出せるなら、それだけで十分すぎるほど価値がある!」
「レオさん、手のひら返すの早っ。まあ、俺もユウトくんのためなら否やはありませんけど」
「当然だ。貴様に拒否権はない」
「ですよね~知ってた」
肩を竦めたネイは、口にしていた唐揚げを飲み下す。
「じゃあユウトくん、食事が終わったら外で呼び出しを試してみようか。『リガード』がどのくらいの大きさか分かんないし」
「はい! お願いします」
「精霊は見えないけど、私も見に行こうっと」
結局こちらも実行することに決めて、レオたちはだいぶ嵩の減ったテーブルの上の料理にまた手を伸ばし始めた。
一旦その手の話をやめ、和やかに他愛のない話をしながら食事をする。
が。
直後、不意に現れた強者の気配に、そこにいたユウト以外の全員が身体を緊張させることになった。




