兄、弟との乖離にそわそわする
夕飯の準備が出来ても、エルドワはまだ目を覚まさなかった。
ユウトが自分の目の届くようにと近くの椅子にクッションを敷いて、そこに子犬を乗せる。エルドワのために料理も分けて取り置くと、ようやく自分も食事を始めた。
ピザに唐揚げ、サラダにスープ。一口サイズのアップルパイもある。どれも美味そうだ。
アシュレイの家の大きなテーブルを囲んで、皆で料理に手を伸ばす。そうしながら、並行して情報の交換も始めるべく、まずはレオが口を開いた。
「山頂のランクSSSゲートへは、明日の夜明けと同時に出発するつもりだ。全員今日中に支度を済ませて、今夜はしっかり寝ておけよ」
これには皆が一様に頷く。なんと言っても詳細不明の最難関ゲート攻略なのだ、万全の体調で臨むことは必須。一度突入したら、休める場所があるかも分からない。一人一人の自己管理は不可欠なのだ。
それに全員が了承したことを確認して、レオは続ける。
「ゲートではエルドワの鼻を頼りに、最低限の敵を相手にするだけで最短ルートを進むつもりだ。最下層までどのくらいあるか分からんからな」
「あ、ちょっと待って、レオ兄さん」
しかし次の言葉には、なぜかユウトが待ったを掛けた。
レオとしてはこのあたりは伝達事項のつもりだったから、遮られたことに驚いて目を瞬き、どうしたのかと隣の弟を見る。
するとユウトは「気持ちは分かるんだけど」と前置いて、兄の言葉を止めた理由を告げた。
「あのゲートには、世界から失われてはいけないアイテムが複製収納されてるんじゃないかってグラドニさんが言ってた。だから、できるだけ宝箱を回収して行きたいんだ」
「世界から失われてはいけないアイテム……?」
「うん。……えっと、復讐霊の話って聞いた? この名前、あまり口にしない方がいいらしいんだけど。それを消滅させる研究をしていたエミナっていう国の書類とかが、宝箱の中にあるかもって」
「何だと……!」
エルダールの呪いの主、復讐霊を消滅させる研究書類。もしもそんなものが手に入るというのならば朗報だ。多少の危険を冒してでも宝箱を探す価値は十分ある。
しかし一方で、グラドニからそんな話を持ってきたユウトを不思議に思う。
「グラドニがそんなことを言っていたのか? ……俺には、『純魔族や純魔物はゲートに入れないから、中の詳細など分からん』と言っていたのだが」
「えっ? ええとそれは……」
兄の問いに、弟の目が一瞬泳いだ。何だ? 言いづらいことでもあるのだろうか。
その様子を怪訝に思ったレオが、違和感を指摘しようとして。
しかしそれはすぐに別のところから言葉を挟まれたことで、阻まれてしまった。
「レオ様、そのゲートの情報はキイたちからのものです」
「実はクウたちは魔研に使役されている時に、ランクSSSゲートの浅層に放り込まれたことがあったのです」
「え!? お前たちがランクSSSゲートに!?」
それは初耳だ。いや、今まで訊ねたことがないのだから、聞いたことがないのも当然だが。
驚くレオに、キイとクウは言葉を続けた。
「その時のことをグラドニに話したら、そういう可能性もあるのではないかと推論を立ててくれただけです。ね、ユウト様」
「う、うん! そう! そうです! その仮定を検証するためにも、宝箱の中身は取って来いって!」
応じたユウトがこくこくと頷いて同調する。
そのままレオに突っ込みを許さず、話し続けた。
「ゲートの深さも、生成が不完全な上に従来のゲートと成り立ちが違うから、深度の予想が付かないって言ってた。それから、僕たちが今まで入ったゲートは侵入者の来訪を前提としているけど、ランクSSSゲートは魔物の排出が目的で、ボスもどんなものか分からないんだって」
「しかし侵入者が来ることを前提としていないので、ランクSSSゲートには少なくとも罠が存在しないことは分かっています。宝箱にも鍵は掛かっていません。不確定要素が多いことは確かですが、敵モンスターと渡り合えるならば確実に進むことは出来ます」
ユウトの説明に、クウが補足をする。
こうして聞く限り、実際にランクSSSゲートに入った者と、相応の知恵者でないと得られない情報だ。弟たちの話には信憑性があった。
それに納得したクリスがピザを頬張りながら声を明るくする。
「へえ、罠や鍵がないんだ。それはありがたいな。私の不運はそこに最悪なものを引っ張って来ちゃうことが多いから」
「謎解きとかあるとめっちゃ時間食うから、そういうのがないのは助かるわ~。罠に神経使わなくて良いのも精神的にありがたい。後で罠対策用のアイテムもポーチから外しておこうっと」
同様にネイも少し気が楽になったようで、リラックスした様子で唐揚げに手を伸ばした。
けれど、レオだけはそれほど楽観視できない。あのゲートから出てくる魔物をこの目で見たせいだ。
通常の魔物と違う、凶暴さを増した亜種。
あれは滅ぼす世界をまっさらにするために創られた攻撃特化の魔物であり、一筋縄ではいかないだろう。グラドニは規格外に固い表皮と固い牙を持つから関係なかったが、レオたちが刃を通そうとすればだいぶ苦戦するに違いないのだ。
「罠や鍵がないのは確かに朗報だが、あまり気を抜くなよ。その分敵は桁違いに強い。ここで負傷してジラックとの総力戦で負けたら、元も子もない」
「レオ様の言う通りです。ランクSSSゲートには罠や鍵がない代わりに、5階ごとにあるはずの脱出方陣もありません。一度外に出た場合、最初から入ってくる羽目になりますし、途中で脱出が必要な状況にならないよう注意が必要です」
「げっ、脱出方陣がないって、マジで!? それって、一気に最下層まで行かないといけないってことじゃん! うわ、食材とか足りるかな……」
レオの言葉に同意したキイがさらに補足を付け足すと、それを聞いたネイが途端に頭を抱えた。一応持てるだけの食料は持ってきたけれど、それで足りるとは限らないのだ。
途中に脱出方陣があるなら最悪、一旦補充に出て戻ることも可能だが、アイテムによる脱出だとその後に同じ階に戻るすべがないから、かなり痛い。
しかしそれに対しては、レオは特に文句は言わなかった。
「食材に関しては構わん。どうせ建国祭に間に合わないようなら、一度戻ってそちらに当たらなくてはならんしな。グラドニの助力を借りることができなくなるが、それは仕方あるまい」
「えっ? あ、グラドニさんの力が借りられないのは、ちょっと困る、かも……」
「ん? どうした、ユウト」
「……ランクSSSゲート、できれば攻略してしまいたいな、って」
グラドニの助力はあくまで保険みたいなものだと考えていたレオは、もちろん攻略できるに越したことはないが、多少それが後回しになっても問題ないと割り切っている。けれどもなぜか、ユウトがそれに難色を示した。
強行軍で行きたがるレオに対していつも無理をするなと言う弟が、珍しい。
「ええと、だって、グラドニさんが力を貸してくれれば、こっちの戦力がぐーんと上がるし」
「まあ、そうだろうな」
「そうしたら世界の戦況もだいぶ変わるでしょ? きっと、流れをこっちに引き寄せられると思うんだよね」
「……あ?」
戦況にまで言及するユウトに、レオは目を丸くした。
今まで蚊帳の外に置き、目の前の戦闘をこなすことしかさせてこなかった弟が、大局的なことを言うのに驚いたのだ。いつの間にそんなところに目を向けていたのか。
そのまま言葉を失ったレオの反応を見たクリスが、苦笑をしつつ次のピザに手を伸ばした。
「どうせゲートに入ってみないと攻略できるかどうかなんて分からないんだし、今はエネルギー補給しておこうよ。考えるのは後、後」
「あ、そうですね。僕ももっと頂きます」
その言葉につられてユウトがそちらに意識を向けてしまえば、レオもそれ以上突っ込めない。
……ユウトに対してひどく臆病になる、この微妙な心の乖離も、ここから少しずつ埋められるだろうか。
レオは少し落ち着かない気分になりながらも、再び食事の手を動かし始めた。




