弟、持ち帰ったアイテムを思い出す
「ユウト、脱出方陣がなかったのに、攻略もせずにどうやって帰って来れたの?」
「以前はいつの間にかゲートの外にいて、自分でもどうやって戻ったのか分からなかったんだけど……今考えれば、グラドニさんが言ったようにランクSSSゲートって排出用の空間だから、多分途中で偶然外に排出されたんだと思う」
「なるほど、たまたまゲート外へ排出する者に選ばれて脱出できたのじゃな。さすが愛し子、すこぶる運がよい」
エルドワの問いに答えると、正面で聞いていたグラドニが興味深そうに頷いた。
「して、世界の愛し子よ。うぬが持ち帰ってきた宝箱のアイテムとはどんなものじゃった?」
「キイたちがゲートに入る必要がなくなったのは、そのアイテムが手に入ったからでしょうか……?」
「クウたちも一体あそこに何があったのか知りたいです」
キイとクウもユウトが手に入れてきたアイテムが気になるようだ。
その視線を受けながら、しかしユウトは申し訳なさそうに小さく俯いた。
「えっと、手に入れて戻ってきたのは本だったんです。……でも、当時はまだ字が読めなくて……何の本だったのかは分かりません。すみません」
「……本じゃと?」
「ユウト、もしかしてそれって、ヴァルドのじいちゃんの力が封じ込められてたやつじゃないの?」
ユウトがゲートで本を手に入れたと聞いたエルドワは、それが公爵家の力を封じ込めた魔書だと思ったようだ。確かにその本は、ランクSSSゲートにあってもおかしくない稀少性。
魔研がその魔書を持っていた理由としてもありえそうだった。
しかしユウトは首を振る。
「ううん、それは違うと思う。魔研がその本を使ってヴァルドさんの一族を利用し始めたのは、もっと前のことだし……。それに、その本からは一切の魔力が感じられなかったから」
「ふむ……。その本を彼奴らに渡した時、どのような反応じゃった?」
「え? どうだったかな……。普通に取り上げられたと思いましたけど。……あ、解読がどうとか言っていたので、もしかすると魔研でも読めない字だったのかもしれません」
ユウトはそう言ってからも、こめかみに指を当てて自分の記憶を探る。
切っ掛けとなるフックさえ見つかれば、沈んだ記憶は芋づる式に表出してくるのだ。もっと思い出せることがあるはず。
「魔力のこもっておらぬ本なのに、解読できないと……? 魔界語や魔界古語の本なら大なり小なり魔力を帯びておるはずじゃ。魔力が感じられないということは、少なくとも人間界の書物じゃろうに……」
「人間界の書物なのにあいつらが読めない? じゃあ、エルダールの本ではないってこと?」
「あ」
エルドワから出た素直な疑問を聞いて、ユウトははたとその表紙を思い出した。なるほど、そういうことか。
文字は読めなかったけれど、そこに特徴的なエンブレムが描かれていたのを覚えている。明らかにエルダール王家のものと違う、別の国の紋章。
もしかすると、あれは。
「……グラドニさん。太陽と剣と盾をモチーフにしたエンブレムを掲げていた国って知ってますか?」
「む? ……それは前時代の王国、エミナのものじゃな。エルダールではその記録が全て失われているはずじゃが……何故それを?」
「やはり、エミナ……!」
その国の名で、ユウトのあの時の記憶が一気に蘇った。
そうだ、最初あの本は普通に持ち去られたが、その後にジアレイスたちが慌てふためいたようにそれを燃やし、それから一切ゲート探索をしなくなったのだ。
つまりはユウトが本を持ち帰ったおかげで目的を達成した、などというわけではなく、あの本によってランクSSSゲートの探索が禁忌になった、というのが正しい。
先ほどジードのところで聞いた話も加味すれば、ユウトの頭にはほぼ確信に近い推論が浮かんだ。
「僕がゲートで手に入れてきた本には、エミナのエンブレムが描かれていました。そしてその後に中身を知ったらしい魔研は、誰かに命じられた様子で、青ざめながらそれを焼き捨てました。……おそらくですが僕が持ち帰ったのは、『復讐霊』を滅するための、エミナの研究書物だったのではないかと思います」
「なっ、何じゃと!? どうしてそんなものが、あそこのゲートに……!?」
「……ユウト、『復讐霊』って何?」
「この世界ができる前の世界の創造主らしいよ。また次の世界の創造主になりたくて、この世界を壊そうとしてるみたい」
当然ながらグラドニは復讐霊を知っていたようだ。けれど、それを知らないエルドワたちにユウトはざっくりとした説明をする。
今はエミナのことも含め、詳しい話をしている余裕はないのだ。
賢い子どもはそれを理解していて、質問をたたみかけるようなことはなかった。
「前時代のエミナの国は、『復讐霊』を消滅させる方法を研究していたと聞きました。どうしてその国の本が王都のゲートにあったのかは分かりませんが、もしも僕の想像通りなら、その書物が万が一にでも外に出てしまわないように探索を取りやめたのかも」
グラドニにそう告げると、彼は困惑したように天井を仰いで唸り、それから再びユウトに視線を戻した。
「……うぬは、『復讐霊』とエミナの話をどこで知ったのじゃ?」
「えっ? ……魔界の書物をたくさん読んで研究している半魔の方に教えてもらいました」
「ほう……その『研究』をしておりながら、よくぞ今まで見つからずに生き残っていたものじゃ。余程他人と関わらぬ『ぼっち』じゃったと見える」
……なんだか含みのある物言いだ。
これって、もしかしてあまり口に上らせてはいけない内容なのだろうか。
今さらのように口に出すのがはばかられてユウトが緊張すると、古竜は苦笑をした。
「そう構えぬでもよい。その名を頻繁に口にしなければ大丈夫じゃ。……彼奴に限らず、大精霊も魔王もじゃが、精神体に近い者は自分を呼ぶ声というものに敏感なのじゃ。その呼び名が、自分を明確に体現した名であるほど、本人に届きやすい」
「……真名に近くなるほどってことですか?」
「うむ、そのような感じじゃ。たとえば人混みでおい、とかお前、と呼ばれても反応せぬが、ユウト、と呼ばれれば振り返るじゃろう。同様に、創造主たちもその呼びかけに気が付く。そこに乗る言霊の力や内容によっては反応をすることもある」
それを聞いて、さらに緊張する。
「それってつまり……その復しゅ……の名前を出すと、話題にしているのを気付かれてしまうってことですか……!?」
「簡単に言うとそういうことじゃな。魔族などの真名を軽々しく口にしてはいけないとよく言われるのはそのせいじゃ」
「待って下さい、僕たちジードさんのところで結構その名前出しちゃってたかも……! どうしよう!?」
自分たちに復讐霊のことを教えたせいで、ジードが目を付けられてしまうかもしれない。それに思い至って狼狽えていると、目の前のグラドニも何だか妙な反応をした。
「ジード……? ジードじゃと……?」
「……あれ、グラドニさんもジードさんを知って……?」
思わぬ繋がりに目を丸くする。
首を傾げたユウトに、古竜は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「む、うむ……知っておるといえば知っておる……。まあ、彼奴なら大丈夫だ」
「……ジードさんなら大丈夫?」
その言葉にほっとしかけたけれど。
「うむ、大丈夫だ。死んでも」
次の科白で、ユウトは思わず叫んだ。
「!? 死んだらだめですよう!」
……どうやら、グラドニとジードの繋がりは、あまりよろしいものではないらしい。




