弟、ランクSSSゲートを語る
「ところで、ゲートにはいつ入るつもりじゃ?」
「ええと、おそらく明朝には。人を待ってますし、消耗品の準備や作戦会議もあるので」
今レオがネイを呼び寄せているが、買い出しもあるようだし、向こうでルアンとの摺り合わせもあるだろうし、彼が王都を離れるまで多少の時間がかかるだろう。
そして今日はすでにもう夕刻を過ぎている。弟に夜更かしをさせたくない兄がユウトを連れて夜に出立するとも思えず、ならば明朝の出発になるのは自明の理だ。
そう告げると、グラドニはうむと頷いた。
「では明朝、ゲートに潜る前にここに寄るがよい。役に立つかは分からぬが、ひとつ餞別をやる」
「餞別、ですか? 一体何を?」
「明日のお楽しみじゃ。パーティ全員が揃っていないと意味がないのでな」
どうやら、この古竜はパーティ全員にあてて餞別をくれるようだ。今の口ぶりだけではそれが何なのか見当もつかないけれど、おそらく何かゲート攻略に有用なものなのだろう。
そう理解して、ユウトはありがたく明朝に寄らせてもらおうと請け合った。
「分かりました。明日、必ず来ます。ありがとうございます、グラドニさん」
「うむ。ランクSSSのゲートは未知のダンジョンじゃ。しっかりと準備をするのじゃぞ。……まあこの上空のゲートは生成が完了する前に空間を固定されたようじゃから、王都にあるゲートほどの深さはないと思うが」
「……そうなんですか?」
ユウトはそもそもここにゲートができたいきさつをよく知らない。
グラドニの話を聞いて、初めてこのゲートが不完全らしいことを知って目を丸くした。
「ゲートの生成は基本的に、ボスたる魔物が自身のイマジネーションでもって空間を生み出し、最下層から上層に向かって作られていく。故に、生成が完了する前に空間を固定された場合、上層がごっそり抜けるのじゃ」
「……つまり、入ったらいきなり中層階から、とかになるんですか?」
「そういうことじゃな。当然最初からかなり強い魔物と当たることになるが、その分攻略階数は減る。……まあそもそもランクSSSのゲートが何階まであるのか分からぬから、どの程度の時短になるかは計れぬがの」
なるほど、だとすれば実際一から潜るよりはずっと効率がいい。
……となると、あと問題となるのはその深さだ。
「ランクSSだと100階から150階の深さだから……ランクSSSはそれ以上ってことですね」
ランクによって深さが違うのは、冒険者ギルドで聞いて知っている。その流れで行けば、ランクSSSの深さは151階以上ということになるだろう。
その上限は決まっていないのがかなり恐ろしい。
しかしそう考えて難しい顔をしたユウトの前で、グラドニは軽く首を捻った。
「それはどうか分からぬな。元々、SS以下ランクのゲートと、SSSのゲートは成り立ちが違うのじゃ」
「……成り立ちが違うというのは?」
「SS以下のゲートは人間を招き入れて迎え撃つための空間じゃが、SSSのゲートは魔物を排出するための空間なんじゃ。生成された目的が違う、という方が分かりやすいかもしれぬ」
ランクSSSゲートは魔尖塔から魔物を送り出すために生成されるものなのだという。その説明を受けて、ユウトは生成された目的が違うという言葉に納得した。
名称はこれまでのゲートの延長だけれど、その実は似て非なるものだということだ。
「そっか。侵入者の存在を前提としていないから、ランクSSSゲートには罠がなかったんですね」
「……ん?」
ぽんと手を叩いて得心が入ったと頷くユウトの言葉に、グラドニが怪訝な顔をした。
何かを聞き間違えたかと訝しむような表情だ。
しかしそんな古竜の様子に気付かずに、ユウトは記憶を探るように上方に目線を向けている。
「確かに、宝箱にも鍵が掛かってませんでした。普通のゲートには5階ごとにある、地上へ戻るための転移方陣もなかったですし……」
「んんん、んん!? ちょ、待て待て!」
明らかに断定である物言いに、グラドニが慌てたように制止した。
それに気が付いたユウトが、はたと中空に向けていた視線を戻す。
するとグラドニだけでなく、隣にいるエルドワも、その奥にいるキイとクウも、驚いたような目でこちらを見ていた。
「えっと……?」
何か変なことを言っただろうか。
その視線の意味を計り損ねて首を傾げる。
そんな無自覚なユウトの様子に、グラドニが困惑したように口を開いた。
「……愛し子よ。……うぬはもしや、ランクSSSゲートに入ったことがあるのか……?」
「あ、はい。ずっと昔の、魔研に捕まっていた頃の話ですけど」
「何、ずっと昔じゃと……!? うぬは、記憶がないはずでは……!?」
「えっ?」
古竜からの問いに、今度はユウトが目を見開く。
なぜ今日会ったばかりの彼が、自分が記憶喪失だったことを知っているのだろう。
そのユウトの反応を見たグラドニが、一瞬しまったという様な顔をした。
「……グラドニさんは、僕が記憶喪失だと知っているのですか?」
「む、うむ、それは、うぬの兄に聞いておったから、な!」
「……そうなんですか? じゃあ兄には内緒にして欲しいんですけど、実は僕、今記憶が断片的に戻ってきてます。過去にランクSSSゲートに入った記憶もついさっき、ここのゲートに突入するという話をレオ兄さんに聞いて……それがトリガーとなって思い出したところです」
「そ、そうか……。まあ、兄には内緒にしておこう……」
何故かしばし目線を泳がせた古竜は、気を取り直すようにコホンとひとつ咳払いをした。
その瞳が、再びユウトを捉える。
「しかし、ランクSSSのゲートに入って生きて出た者はいないと言われておったが、このような子どもが生還しているとは……」
「キイたちが魔研に囚われている間、何度か半魔がゲートに送り込まれた話は聞いておりました。ですが、ユウト様が送り込まれ、生還していたとは存じ上げませんでした……」
「そういえば、クウたちもいずれ突入させられる予定でしたが、一時期を過ぎたら魔研はゲート探索をやめたようでした。……もしや、ユウト様が生還したことで、何か目的を達成したとか……?」
同時期に魔研に囚われていたキイとクウも、ユウトがランクSSSゲートに放り込まれたことを知らなかったようだ。
まあユウトの場合、あそこに入れられたのはほぼ魔研の戯れのようなもの。当時はいつ死んでもいいような扱いを受けていたし、ジアレイスたちも、いちいち記録に残すことはしなかったのだろう。
ただそんな子どもが生還したことは、間違いなく魔研にとって想定外だったのだ。そして、ユウトが宝箱から持ち帰ったものも。




