兄、ゲートが空に浮かぶ理由を教わる
再びグラドニの家の中に入り、先ほどと同じように向かい合う。
そしてレオは絨毯の上に腰を下ろしたと同時に、今し方の疑問を口に上らせた。
「……あの上空のゲートの出現と俺たちに、何か関係あるのか?」
「うむ。……と言っても、人伝に聞いただけで、わしは直接的には知らんのじゃがな」
「人伝……? どういうことだ?」
「細かいことは割愛じゃ」
誰から何を聞いたという話はしてくれないらしい。
グラドニは「それよりも」と話の焦点を変えた。
「うぬはランクSSSのゲートがどうやってできるか知っておるか?」
「どうやって……? ゲートはマナの少ないところに自然発生的にわくものじゃないのか?」
「うむ、まあゲートの認識としてはそれで間違ってはおらぬ。じゃが、ランクSSSのゲートが発生するほどのマナの欠乏は、普通は起こりえないのじゃ」
「……ランクSSSのゲートは自然発生しないということか」
確かに、エルダールの歴史の中で、そのランクのゲートは唯一王都の近く、かつて魔研の地下にあったあの場所だけだ。
他は全て、どんなに高くてもランクSS止まり。
つまり、ランクSSSに限っては、何か特別な要因がないと発生しないということなのだろう。
「ちなみにじゃが、王都近くのゲートが発生したのは、前時代の終焉……最終戦争の頃じゃ」
「最終戦争……!? そんな前からあるのか……」
その発現以来、これまで誰も攻略できなかったのだろう。ランクSSSゲートの難関ぶりが窺える。
さっきのようにゲートから溢れて出てくる魔物は本来雑魚のはずだが、それ自体がランクSやSSのボスに相当する強さなのだ。おそらく突入して1フロア攻略できる冒険者はほぼ皆無に違いない。
「王都近くのゲートができたのが、最終戦争時……。それと、ここの上空にあるあのゲートの発生要因は同じなのか? 全く状況に共通点を感じないのだが」
「よく考えよ。原因は同じじゃ」
そう断定されて、レオは自分の記憶を探る。
以前バラン鉱山に来た時はユウトが罠で別の世界に飛ばされて、レオはこの世界に弟がいなくなったことを知って絶望したのだった。そこで取り乱したレオはネイと一戦交えて……。
そこまで考えて、レオは今さらのようにユウトが世界から消えたと知る根拠となった、傍らにそびえ立っていた塔のことを思い出した。
「もしかして、魔尖塔か……!」
確か、最終戦争の時にも現れたと聞いている。
魔尖塔からは『まだ神ではないもの』以外にも世界を滅ぼす数多の魔物が出てきたと言うし、その際にゲートが生成されていたと考えれば不思議ではない。
つまり最終戦争ではあの場所に魔尖塔があったということだ。
「うむ。うぬらもここで魔尖塔の出現を見たと聞いている。それこそが、ランクSSSゲートの出現条件だったということじゃ」
「魔尖塔を消してもゲートだけ残るのかよ……。ランクSSSゲートって、SS以下のゲートと何か特別な違いがあるのか?」
「分からん。わしの知る限り、SSSゲートに入って戻ってきた者がおらぬからな」
「……あんたそれだけ強えんだから、入ってみて、何ならボスまで倒してくれりゃあいいのに……」
未知の難関ゲートとはいえこの強さ、そして不老不死なのだから、昔からあるゲートくらい潰しておいてくれれば良かったのに。
そんな思いでグラドニをじとりと見ると、彼はひらひらと手を振った。
「残念じゃが、ゲートは純粋な魔族や魔物は入れないんじゃ。ゲートは対ヒト用の空間転移装置じゃからの。ヒトか半魔でなければ進入できぬ」
「純魔族や純魔物は入れない……? 何でだよ?」
「万が一ボスより強い魔物が進入すると、ゲートを形成するヒエラルキーが崩れるからじゃの。ボスが交代を望んで自ら招き入れる場合は別じゃが」
「……となると、いずれは俺たちで潰すしかないのか……そうしない限り、ゲートは残り続けるしな……」
レオはバリバリと頭を掻いて、天井を仰いだ。
王都近くのゲートはまだいい。封印をすればどうにかなるから。
しかし、ここの上空のゲートはそうはいかない。この古竜がいつまでここに留まって、魔物を食らってくれるのかも分からないのだから。
……全くあのゲート、普通に地上にできていればどうとでも対処しようがあったものを。
レオは不機嫌に寄ったままの眉間をもみながら、グラドニに質問を投げ掛けた。
「……ここの上空に浮かんでるゲートって、そもそも何であんな場所にできたんだ?」
「それは、祠の解放と魔尖塔の崩壊、ゲートの生成が同時に起こったからじゃの。祠が解放され、うぬの愛し子が帰還し、魔尖塔は消え去った。これはマナが溢れ、世界のバランスが戻り、瘴気を醸すものが付近に存在できなくなったからじゃ」
「それは分かる」
「じゃがゲートは一度生成されてしまうと攻略するまで消えない。ただ生成途中に土台となる魔尖塔が消え去ってしまったために、祠の影響でここから上空に弾き飛ばされ、あの場所で安定してしまったのじゃ」
「……つまり生成場所が固定される前に、上に向かって祠の守護範囲外まで飛ばされたってことだな。チッ、面倒臭え……」
早い話、精霊の祠の付近にはゲートができにくいという仕様が、マイナスに作用してしまったということだ。レオはそれに舌打ちする。
しかしまあ、結局どういう経緯であれ、あのゲートが存在する限りここはグラドニに頼るしかないのだ。
「……あんたはまだしばらく、ここで魔物を食らっていられるのか?」
「そうじゃな、とりあえず今は。おかげで他に何もできぬがな」
「それで構わん」
もはやグラドニがここにいることを嫌がっている場合ではない。
レオは観念した。
中空を仰いでひとつ息を吐き、意を決して再び古竜に目を向ける。
「あんたがここにいなくちゃならないのは理解した。……だが、ひとつ頼みがある」
「ふむ、大体想像がつくが言うてみよ」
レオの真剣な言葉に、グラドニはニヤと笑った。
その笑みはどういう意味だ、クソ。
「万が一ユウト……俺の弟と会っても、俺があんたに頼んであの子の記憶を消したことは、絶対言わないで欲しい」




