兄、古竜グラドニと再会する
ジードの部屋から水神の滝に戻ったユウトは、すぐに魔法のステッキで犬耳のローブに装備を戻してしまった。
こんな近くで解除してジードに見つかったら厄介だと思ったけれど、まあ彼はあの扉からすぐにジラックに飛ぶと言っていたし、大丈夫だろう。
そもそもユウト本人もレオに言われているからもゆるに扮しているだけで、バレたところで別に構わないと考えていそうだった。
クリスとしても、ユウトを男だと知ったジードがどんな反応をするのか興味深くはある。しかし、とりあえず今は要らぬ波風を立てるところではないだろうと心得て、まずはここから移動しようとユウトに声を掛けた。
「じゃあユウトくん、さっそくラダに飛ぼうか。転移魔石を無駄に使うのはもったいないし、また私が君を抱えてもいいかな?」
「あ、はい。お願いします。……と、その前にちょっといいですか?」
「ん? ……もしかして、グラドニに会いに行く件?」
「はい」
ラダに転移する前に呼び止めるということは、これしかないだろうと見当がつく。
訊ね返せば、ユウトはすぐに頷いた。
「さっきもお願いしたように、僕がグラドニさんに会いに行っている間、レオ兄さんと話をしていて欲しいんです。レオ兄さんはクリスさんとの話に僕を同席させないから、その間の僕の行動は把握できないはず。その時間で会ってきたいんです」
「それはもちろん構わないよ。どうせ報告自体はレオくんにしなくちゃいけないことだしね」
やはり最近のユウトは、兄が自分を外して物事を進めているのを逆手にとって、その間に兄に内緒の行動をしているらしい。
拠点でウィルが言っていたように、自分から席を外して半魔同士で話し合いをしていたのだ。
グラドニに会う計画もそこで出たというのなら、そちらの話も後で報告をもらわないといけないかもしれない。
「……それにしても、グラドニに会うのか……。彼が半魔ならユウトくんが会っても全然問題ないんだけど、真性の魔の者だから心配だなあ。本当は私もついて行ければいいんだけど、どう考えても適任じゃないし」
「……適任じゃない? クリスさんって和み系だし、誰の懐にでも入って行けそうですけど」
「いや、買いかぶりすぎだよ。特に私は虫唾が走るほど魔族が嫌いだからね。多分一歩間違うと戦闘が始まっちゃうし、実際間違っちゃいそうなんだ」
そう。本来は、グラドニの話を聞けるなら直接聞きについて行ってみたいのだ。だが難しい。
こうしてただ話題にしているだけなら平気なのだけれど、いざ魔族を前にすると、クリスの脳内は敵意と殺意でいっぱいなってしまうからだ。
おそらく、祖父と懇意にしていたらしいルガル辺りが相手でも同じだろう。
この原因は、リインデルが魔族の魔法で壊滅させられたためだと思う。……思う、というのは、実際はどうなのか分からないからだ。
すでに記憶はおぼろげだが、その時よりもずっと前から、クリスは魔族をひどく敵視していた気もする。でも、やはり分からない。
まあ今この時点では、その原因などどうでもいいことだけれど。
「グラドニさん……古竜って、魔族なんですか?」
「んー、どちらかというと魔物系ではあるんだけど、人型になれることで魔族の素養もあるんだよ。何にしろ良い結果にはならないから、私は会わないのが得策だね」
何につけ、グラドニのところにクリスが行くのは、リスクの方が大きい。
それに自分が行かなくても、エルドワとキイクウがついて行くなら大丈夫だ。
クリスはそれなりに場数を踏んでいるから応用力はあるが、純粋な力だけなら彼ら半魔の方が上。特に半魔にはユウトの匂いや幸運の加護によって、姫ブーストも掛かるのだから強い。護衛としては申し分ないだろう。
「さて、もうラダに向かおう。きっとエルドワたちもやきもきしているよ。レオくんは……まだグラドニと話してる最中かな?」
「そうみたいです。レオ兄さんの現在地、バラン鉱山になってますから」
ユウトはクリスの言葉に、通信機をポケットから取り出す。
そしてその画面で即座に兄の居場所を確認した。
この機械があればレオがどこにいても分かるとは、何とも優れものだ。
……あれ、ということは。これって、逆もしかりってことでは?
「これ、ユウトくんがグラドニと会っている時にレオくんが見たら、一発でバレるよね?」
「はい。なのでレオ兄さんと話してる時、通信機いじらせないようにお願いします」
「あはは……とりあえず、善処するよ」
ものすごくあっさりと無茶ぶりしてくるユウトに、ひとまずは苦笑交じりに応じる。
まあ、報告に集中している間は大丈夫だろう。エルドワたちと一緒にラダの村の中にいると考えていれば、レオがわざわざ無事を確認する必要も無い。下手を打たなければどうとでもなる。
クリスはそう納得して、今度こそ転移魔石を取り出して、ユウトを抱え上げた。
ユウトたちがラダに飛ぶよりも、時間は少しさかのぼる。
レオはたった一人でグラドニの前にいた。
一応キイとクウに取り次ぎだけはしてもらったが、二人はすぐにラダに帰したのだ。ここでする話を他の者に聞かせる気はなかった。
バラン鉱山の頂上――以前魔尖塔が立った場所だ――に魔法を使って建てたらしいドーム状の石造りの家は、住宅というよりは竜の巣穴といった様相だった。
そこに質の良い絨毯を敷いて、大きめのクッションをいくつも置いている。見た目は少しガイナの家に近いかもしれない。
その奥の上座にどっかりと腰を下ろしているのは、紛れもなく五年前に自分たちを日本に飛ばしてくれたグラドニだった。
こうしてみると、見た目の印象はほとんど変わらない。
ただ、存在感がすごい。復活したての当時に比べて、とても圧が強くなっている気がした。レオでも気圧されそうになるほどだ。
射貫くような眼光も、醸す気配も、にじみ出る魔力も。その立派な体躯に充ち満ちている。
(これは、気合いを入れないと)
レオはぐっと丹田に力を入れた。
それに気付いたのだろうか。彼は不敵な笑みを浮かべて、部屋に入ってきたレオを手招きした。
「よくぞ来た、世界の愛し子を庇護する者。うぬらの帰還を歓迎しよう」




