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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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ジードとガラシュと転移術式

「グラドニさんから色々お話が聞けたら、ジードさんにもまた報告に来ますね!」

「……む、うむ、そうだな。報告は是非もゆるの口から聞きたい。また来るといい」


 クリスとジードが心配したところで、グラドニに会う人選としてはユウトが最善だというのは二人の共通認識だ。

 結局そのまま話は決まり、ツインテールを揺らした魔女っ子はジードにそう告げると、やる気に目を輝かせて微笑んだ。


 そんなユウトに次の来訪を約束された男からは、平静を装いながらも嬉しそうな雰囲気が漏れている。ユウトの笑顔に感化されて、ツンが薄れてしまっているのだ。

 これは良い傾向だとクリスも微笑んだ。


 彼はきっと、ユウトを救う大きな力になってくれる。その基本能力自体は公爵家の中で低かったかもしれないが、ガラシュ以外で唯一生き残ったヴァルドの叔父だ。その機転や判断能力、そして魔研やレオを利用し欺くほどの大胆さは秀逸。

 ガラシュがリインデルの罠で、ジードを殺さずにわざわざ捕らえようとしていたらしいことからも、その有用性が窺える。


 正直リインデルで彼に会うまでのクリスはレオたちの話を聞いた上で、もしかするとガラシュと匹敵するか、それ以上に厄介な敵になると思っていたのだ。

 これは本当にありがたい誤算だった。


「では、そろそろレオくんたちと合流しにラダに向かおうか、もゆるちゃん」

「はい。……ジードさん、ガラシュを倒すための魔法の研究、大変だと思いますけどよろしくお願いします。きっと完成するって信じてますから」

「うむ、私に任せておけ」


 ユウトに信頼の眼差しを向けられたジードは、分かりやすく気合いが入る。

 クリスはそれに小さく笑うと、さてと椅子から立ち上がった。


「ジードさん、退出はどこから?」

「空間をつないであるから、奥の扉を通って行けば元の場所に戻れる。ラダの転移座標が分かれば、ここからも直接繋げてやれるのだが」

「……転移座標、ですか?」


 一緒に立ち上がったユウトが、ジードの言葉に首を傾げる。

 それに男は、彼にだけ発揮する丁寧さで説明をした。


「もゆるはここに来た時に『悪魔の水晶(デモン・クリスタル)』があるのを見たか? あの中にはとても複雑な構文で組み上げられた、空間をつなぐ術式が封入してあるのだ」

「あ、水晶の中に魔法があるのは見ました。前にも同じものを見たことがあって、触ったらいきなり別の場所に飛ばされてびっくりしたんですけど……もしかして、触るとつながった場所に転移しちゃうものなんですか?」

「いや、発動条件は設定された術式による。以前もゆるが見たというのは、おそらく接触発動型だ。私のこの空間に来る際は、水晶に触れなかっただろう?」

「あ、そういえばそうですね」


 言われてみれば、ユウトとクリスはジードに先導され、扉を潜ってきただけだ。


「私の設定したのは『ワンタイム・ドア』だ。私が許可した者が一度だけ通れる入り口だな。そしてこの部屋の奥にあるのは魔界の水晶と魔鉱石を組み合わせて私が作った、指定座標を入れることで空間をつなげられるようにしてある扉だ」

「そうなんですか、すごい! ジードさんって素晴らしい発明家ですね!」

「ふん、こんなの朝飯前だ」


 ユウトに手放しで褒められて、ジードはドヤってとても満足げだ。

 だが、確かにすごいことに間違いはない。

 クリスの記憶では、この手の術式は『魔施術士』という特定の知識を持った者しか使えないはずなのだ。

 それを自分なりのアレンジを加えて組み上げるというのは、並大抵の知識とセンスではない。


 そこまで考えて、クリスははたと思い出した。

 そう言えば、以前宿駅からジラックの貴族居住区地下に物資が運び込まれる調査をした時、転移に設定されていた術式が明らかに魔施術士の組んだものではなかったことを。


 とても特殊な構文で、本来必要な媒体を一切使わず、術式と転移座標だけで物質を転移させるという、今までにないものだった。


(……もしかして、あの術式を組み上げたのはジードだったのか)


 力業とも言えるあの術式は、それこそ知識と応用力がないと不可能だ。綺麗な構文を作る魔施術士では逆に作れない大胆さ。

 人を通せない粗い作りだったのはわざとなのかどうかは知らないが、やはりこの男は侮れない。


「……ジードさん、人間界で今この扉とつながれるのは、入ってきた時の水神の滝と、他には?」

「一応リインデルにも飛べるが、それだけだな」

「……でも、転移座標があれば飛べるんですよね?」

「うむ。だが、その地の座標を読めるのは相応の魔族だけだ。その地に走る地脈からの距離や方向を正確に読み取れないといかん」


 転移座標は、マナの感知に敏いタイプの魔族でないと正しく読むことは難しいのだ。

 それが読めるなら、ここからあちこちへの移動が大分楽になりそうだけれど。


「ジードさんは、座標が見えるんですか?」

「いいや。半魔は魔族に比べてマナを感知しづらくなるからな」

「そうですか……」


 半魔が駄目ということは、残念ながらジードだけでなく、仲間の中にも座標を読める者はいないということだ。


 まあ、これは仕方あるまい。

 彼にあちこちに移動されて、どこかでユウトとばったり鉢合わせられても困るし。


 クリスとしてはそれよりも、扉が水神の滝とリインデルにしかつながれないという方が引っ掛かった。


 宿駅の倉庫にあった術式を作ったのがジードだとしたら、そこに記入してあったジラック貴族居住区地下の転移座標……ガラシュの隠れ家の座標を、知っているはずだからだ。

 となるともしかして彼が作った術式ではないのかも、と一瞬考えたが、あのレベルの術式を組み上げる者がそういるとは思えない。


 ……ガラシュが自身のいる場所の座標をジードに教えるのを渋って、座標だけは後で書き入れたとか?

 その可能性は高いかもしれない。

 本来は一字一句間違えてはいけない、全ての文字が影響し合う術式構文。それでも座標だけはガラシュが書き込んで、それによって起こる術式のブレを抑えるためにガラシュが中身をいじっていたのだとしたら、あの粗い出来の術式も頷ける。

 確か最後にガラシュの署名があったし、崩れた構文を自分の魔力で補ったのに違いない。それほどに術式を扱うスキルに差があったということだ。


 なるほど、そう考えるとガラシュがジードを生きたまま自分に従わせようとしたのは、その類い希なる術式構築力が欲しいからだったのかもしれない。


 今はまだ知る由もないだろうが、そのジードがこちら側に付いたと知ったら、ガラシュは、ジアレイスたちは、どれだけ焦るだろう。


 クリスはそれを想像しながら、にこりとジードに微笑みかけた。


「……ジードさん。よろしければひとつ、私の知る転移座標を提供しますよ」


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