不老不死のドラゴン
そう。グラドニだ。
創世の時代から生きる、一個体でありながら大精霊や魔王に匹敵するチートな能力の持ち主。
そして世界の破壊でも死ねない、不変で稀有な命の持ち主。
彼ならば『聖なる犠牲』の最期を見届け、『おぞましきもの』の脅威をその身に受けた上でなお、存在を魔界に伝えることができる。
書物になど残さなくても、絶対消えない『グラドニ』という存在の中に最終戦争の記録は残しておける。
こうして推察してみれば、『聖なる犠牲』の同行者だったのは、グラドニ以外考えられないだろう。
その確証を本人に取れれば良かったのだろうが、あいにく彼は何かあってその後に肉片になっていたため、確認ができなかったわけだ。
……しかし。
「そこまで話を聞くと『聖なる犠牲』の同行者は、もゆるちゃんの言ったようにグラドニしか当てはまりませんよね? 状況から考えて、そう確定しても問題ないように思いますが」
「あ、待って下さい。でも、確定ではないのかも」
クリスがもはや疑う余地なしだと考えたところへ、グラドニの名前を出したはずのユウトが待ったを掛けた。
見れば何かを思い出そうとするように、目を閉じて額に指を押し当てている。彼は小さく唸ると、やがてぱっと目を開けた。
「もしかすると、不老不死ってグラドニさん以外にもいるかもしれません」
「……グラドニ以外にも不老不死が?」
「はい。ずっと以前、レオ兄さんと一緒に、キイさんとクウさんを連れてドラゴンのゲートに入ったことがあるんですけど、そこで『不老不死のドラゴンの肉を食らったドラゴンは、不老不死になる』って聞いた覚えがあるんです。だから、もしもグラドニさんの肉を食べたドラゴンがいたとしたら、別で不老不死がいるのかも」
そう言えばレオが7年前の話をしている時に、そんなことを聞いた覚えがある。ずいぶんあっさりと口にしているが、ユウトにはすでにその頃の詳細な記憶が戻っているのだ。
確かレオは魔研に命じられて、キイとクウにドラゴン肉を食わせろと言われていたはず。その中に不老不死が混じっていることを期待して。
……ということは、グラドニの他に不老不死の竜がいることは大いにあり得るわけだ。
あの古竜にレオが遭遇した当時、すでに肉片だったことも考えると、他の部位は不老不死を求める者に喰われた可能性があった。
「……なるほど。やはり、グラドニに確認してみないと事実は分からないということだね。……しかし、他にも不老不死のドラゴンがいるとしたら、その存在が知られないのはなぜだろう。不老不死のドラゴン肉を食べることでねずみ算式に増えていくと考えれば、死なない竜が大量にいてもおかしくなさそうだけど」
「その辺りは魔界でも考察されているが、正確なところは分からん。実際不老不死のドラゴンと言われて出るのはグラドニの名前だけだ。時々他の不死竜も現れることがあるものの、やがてその存在はいつの間にか消える」
クリスの疑問に、ジードが答える。
それを聞いたクリスは、確かにそうだと頷いた。
これまで魔界の本を読んできても、こと『不老不死のドラゴン』として名前が出てくるのはグラドニだけだった。他の者は歴史から消えるのだ。
それは何故か。
気になるものの、ここでどうやっても答えは出ないし、何より喫緊で話すべき事でもない。それを調べるのは後でいいだろうと自分を納得させて、クリスは話を戻すことにした。
「とりあえず、まずは別の世界のことや最終戦争のことをグラドニに確認してみるしかなさそうですね。もしも彼が『聖なる犠牲』の同行者だったとしたら、そこから色々な話を聞くことで、もゆるちゃんが犠牲になるルートを回避できるかもしれない」
そう、とにかく今は、色んな情報を仕入れることで時流を変えるのが一番重要だ。
そのための算段をしようとすると、目の前のジードが眉を顰めた。
「……だが話を聞くと言っても、グラドニはかなりの気分屋らしい。気持ちよく応じてくれればいいが、機嫌が悪ければ攻撃すらされかねんぞ」
グラドニは気分屋である。その話はよく目にする。
ジードも実際に会ったことはないようだが、不老不死の竜の噂を知っているのだろう。
けれど、そんなことで怯んではいられないのだ。
「何とかなるでしょう。居場所は分かっていますし、顔なじみもいますし、今はおそらくレオくんと会っているはず……。少々難しいですがその後にでも、話を聞きにいければいいと思っています」
本来なら顔見知りらしいレオがグラドニにこの話を持って行ってくれればいいのだけれど、『聖なる犠牲』の逸話を彼に知られるのは色々マズい。
クリスとしては、リスクを背負ってでもどうにか秘密裏にグラドニと接触したいところだった。
ではどうやって、と考えたところで。
「クリスさん、僕がグラドニさんに会いに行く予定がありますから、そこで聞いてきますよ」
「「は?」」
ユウトから唐突にでた予想外の予定に、クリスとジードは思わずハモってしまった。
このちんまりとしてHPの低いユウトが、反応の未知数なグラドニに会いに行く? ものすごく心配なんですけど。
レオだって、5年前のことがあるからユウトとグラドニを会わせたくないはずだ。そんなことを許すはずがない。
と、いうことは。
「……もゆるちゃん、グラドニに会いに行くって、もしかしてレオくんに内緒で?」
「はい。だからクリスさんにも、グラドニさんと僕が話をしている間、レオ兄さんをごまかすのに協力して欲しいです」
「えええ……もしかして一人で行く気だったり?」
「一応そのつもりです、けど……でも、キイさんとクウさんやエルドワはついてきちゃうかも」
「その三人は連れて行って、是非とも」
本来ならユウトを止めて自分が行くべきなのかもしれないが、クリスはあらゆる意味で自分が適任ではないことを知っている。リスクを冒して行ったところで、良い成果を得るのは難しいと考えていた。
しかし、ユウトなら話は別だ。彼にはクリスと違い、祝福がある。
とりあえずグラドニの性格を把握しているキイクウと、ユウトの騎士であるエルドワがいれば、どうにかなるだろう。
グラドニは気分屋ではあるものの、理不尽な殺戮や無駄な争いを好むような噂はない。持つ力が強大すぎるのは気になるけれど、その点で言えばユウトも同じ。
それに皮肉なことだが、グルムの予知から考えれば、ユウトがこんなところで死ぬことはないと断言できるのだ。
そう考えれば何の問題もない、のだが。
それでも心配なのは、ひとえに親心に近い庇護欲のせいである。
「……もゆるはまあ、可愛いから手を上げるような輩はおらぬだろうが……心配だ」
ジードもまたこんなところでユウトが死ぬわけがないと分かっているが、心配は拭えないらしい。うん、分かる。
結局クリスもジードも、ユウトに対しては過保護であった。




