破壊された小さな世界
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「敵対する間柄の者なら、『聖なる犠牲』なんて言いませんよね。もっと悪意のある呼称になるはずです。……だとすると、その呼び名を付けたのは『聖なる犠牲』が何をしていたのか知っている者、その結末を知っている者……。もしかして、『聖なる犠牲』の仲間とか?」
「私もそう考えた。仲間と言うほど親密でなくても、目的を同じくする者がいたのではないかと」
ユウトの答えにジードが同意する。
確かに『聖なる犠牲』の最期まで逃げずにその傍らにいて、その呼称を残した者がいるとすれば、同行者だった可能性は高い。
そしてそれは、魔界に属する者だったに違いない。
しかしそこまで考えて、やはりまだ不可解な部分が気になった。
「……『おぞましきもの』もその時付けられた呼称でしょうか?」
クリスが横から質問を差し込むと、ジードが頷く。
「それ以前の歴史書に同様の存在は見当たらないし、先ほど言った通り『おぞましきもの』を認知した時点で世界は滅ぶのだから、呼称などありえなかったはずだ」
「ふむ、認知をしながら危機を回避できた最終戦争の時が特異だったということですね」
「何で『おぞましきもの』なんでしょうね。こちらは嫌な響きだから、敵対する者で間違いないでしょうけど」
「まあおそらく、『聖なる犠牲』の同行者の主観によるものだろう」
おぞましい……つまり、ぞっとするような恐ろしいもの。
その名前を付けた者は、一体何を見たのだろう。
そこでまた、次の疑問が浮かび上がる。
「『聖なる犠牲』と『おぞましきもの』を名付けた者は、生き残って魔界にその呼称を伝えたわけですよね。だとしたら、なぜ彼らのことや戦いの詳細を、後世のためにデータとして残していないんでしょう?」
「それは当人でないと分からないが、考えられるのは『残せなかった』か『残す気がなかった』かどちらかだ。前者なら世界の成り立ちに抵触するから、後者なら必要ないと考えたから、だろうな」
どちらの選択肢も、下手に記録を残して悪用されないようにという配慮なのかもしれない。
それでも人間界に攻め込む愚行を繰り返さないための教訓として、『聖なる犠牲』と『おぞましきもの』の寓話的な話だけは伝えたのだろう。
そう結論付けたクリスの隣で、ユウトが再び首を傾げた。
「記録がないってことは、『聖なる犠牲』がアンブロシアを使って『おぞましきもの』とどこかに転移した後、どうやってそれを消滅させたのかまでは分からないんですか?」
「いや。ルガルたちはそれについても考察している。以前、その時の転移先だったと思われる場所が見つかったからな」
「そこに戦った痕跡があったとか?」
ユウトは『聖なる犠牲』が『おぞましきもの』を命がけの魔法か何かで撃退したと思っているようだ。
しかしクリスは世界の外からもたらされる『おぞましきもの』が、一個人の力でどうにかなるものではないと考えている。
これはクリスが悲観的なわけではなく、覆し得ない存在格差があることを知っているからだった。
……『聖なる犠牲』の転移とは、おそらく破壊を受け入れられる場所への移動にすぎない。その後は世界の崩壊に巻き込まれたはずだ。
クリスがそう考えた通り、ジードはユウトの言葉に首を振った。
「『おぞましきもの』と戦うことなどできはしない。……『聖なる犠牲』は人間界とも魔界とも違う空間に転移して破壊されたのだ。そこに新たな世界が生まれた」
「人間界とも魔界とも違う……って、もしかしてキメラみたいな魔物がたくさんいたあの世界!? 僕、一度飛ばされたことがあります……!」
「ああ、その世界か。私は話で聞いただけだけど、まだ成熟していない世界ですよね? 最終戦争時に作り直されたなら、世界としては確かに若いですね」
どうやら『聖なる犠牲』が転移したのは、今は魔研が拠点を置いている別の世界の、生まれ変わる前の世界のことらしい。
ということは、人間界の代わりにその世界が『犠牲』になってしまったのだろう。
……別の世界が『犠牲』になった?
そこまで考えて、はたとジードの言葉を反芻する。
彼は今『聖なる犠牲』が転移した先を、『世界』ではなく『空間』と言わなかったか。
「……ジードさん、今あるその別の世界って、それ以前はどんな世界だったんでしょう? ……というか、そこには元々世界は存在していたのでしょうか?」
「……いや、そこにはそもそも世界は存在しなかった。あったのは空間だ。……どうやらおぬしは、その意味が分かっているようだな」
やはり、ジードの言葉はそのままの意味だった。
そこから導き出された推論に、クリスは愕然とし、言葉を失う。つまりその時破壊されたのは、ひとという『小さな世界』だったのだ。
『もしかしたらユウトくんは、ひとりでひとつの世界として成り立ってしまうのかもね』
ユウトが闇属性を発現した時に、クリスがレオに言った言葉だ。
聖と闇、相反する属性を持ち、身体に大きな魔力とマナを蓄えた存在は、完璧なバランスを持つ小宇宙。その個体だけで世界を構成する要素に成り得ると。
もしもこれが真理なのだとしたら、ただの空間に投げ出された半魔……ユウトと同様に聖と闇を持ち魔力とマナを蓄えた『聖なる犠牲』は、『おぞましきもの』に『世界』と認識された可能性がある。
その前段階として『まだ神ではないもの』と戦い魔力とマナを使い切っていたならば、『マナの枯渇した世界』と判断される。
つまり『聖なる犠牲』は、まさしく我らの世界の代わりに『犠牲』になったのだ。




