クリス、本題を切り出す
リインデルの村を復興する。
その思いも掛けない提案に、クリスとジードは目を丸くした。
しかし、考えてみれば今のリインデルは瘴気が漂い、半魔が潜むにはおあつらえ向きの場所だ。
ラダの村のように、何の特色もなく人も訪れない閉鎖的な村として立て直してみてもいいかもしれない、と、クリスも思い至った。
「もゆるちゃんの話、面白いね。私は良い考えだと思うし、ジードさんを歓迎するよ」
「リインデルはクリスさんもクリスさんのお爺さんも、それこそ村の人だって、魔界語を読めたり術式を研究したりしていたんですよね? だったら、そこに秘密裏の研究村をもう一度作ってみたらどうかと思ったんです」
「……リインデルか」
その提案を聞いたジードは、然程難色は示していないようだ。
そもそも他人との付き合いが苦手な彼にとっては、王都などに行くよりもずっとマシだろう。
ジードと語れるレベルの研究者をメインに村民として受け入れる形にすれば、かなり高度な学術村になるはずだ。
これはクリスとしても願ったり叶ったり。
やはり故郷の村には愛着があるし、同じ術式について多人数でディスカッションを出来る環境はとても魅力的だった。
「リインデルを復興すると言ったら、きっとライネル兄さ……陛下も、喜んで支援をしてくれます。僕も気軽に遊びに来れるようになりますし」
「そうだね、もゆるちゃんが遊びに来れるようになるし」
「む、うむ、ちょっと考えてやってもいいかもしれん。一応、候補に入れておこう」
クリスがユウトの言葉を復唱すると、ジードは分かりやすく釣られてくれる。
まあ正直、ユウトの提案はこれ以上ない最適解だ。
本来彼の知識を生かすなら王都の魔法研究機関あたりがベストだが、どう考えたってジードが研究所長の指示に従って動くなんて無理だった。
爵位などには一切こだわらない彼だが、こと知識のことになると人間より自分の方が遙かに賢いというプライドが前面に出てくるのだ。
そんな男が、自分より劣ると考える相手から指定された研究を、おとなしくこなすわけがない。
ジードの持つ知識を上手く世界に還元させようと考えれば、自由に研究をさせ、ユウトとクリスで様子を見、人付き合いのストレスを与えない状態で、本当に必要な時だけユウトを使って指定の研究をさせるのが最善だ。
レオは心底嫌がるだろうが、きっとライネルは諸手を挙げて歓迎するだろう。
「じゃあ次は、ジードさんの理想の世界に置きたいひとって、どんなひとですか?」
「ひと……? む、む……」
続けてジードの理想の世界を模索するユウトは、彼にとってだいぶ答えづらい問いを口にした。
ペンを持って興味深げに男の顔をじっと見るユウトに、彼は分かりやすく口ごもる。
それを眺めながらクリスは(まあそうなるよね)と苦笑した。
素直でないジードは、どうしたって目の前のユウトに向かって『理想の世界に置きたいのはもゆるだ』とは言えないに違いない。
さて、彼はどれだけ婉曲に伝えきることができるだろうか。
「メインとしてリインデルを復興するなら、やっぱり研究者がいいんでしょうか。こっちで果樹を育てられるとすれば、桃農家さんとかもいいですね」
「そういうのは、まあ、ひとが云々というよりは技術や知識の話だから、変に絡んでこなければどうでもいい」
「ん-、じゃあ、ジードさんはどういうひとを自分の周りに置きたいんですか?」
「む、むう……」
きょとんとした瞳で訊ねられて、ジードが中空に視線を泳がせた。
「そ、そうだな。穏やかで、一緒にいて癒やされるタイプとか……」
「ああ、研究続きだと疲れもたまりますものね。そういうひとがいるとありがたいですよね」
ふむふむとメモをするユウトは全く自分のことだと思っていない。
クリスがそれを見ながら苦笑した。
それにしても、ジードから穏やかとか癒やしとかいう言葉が出るのも、ミスマッチで面白い。
元々はそんなものを顧みない、絶対実利主義か合理主義だったに違いないだろうに。
「……それから、話していて楽な相手だな。……良い匂いがすると尚良い」
「あれ、この特徴って……」
そこまでメモを書いて、ユウトはふと何かに気付いたように手を止めた。どうやらその人物に思い当たったらしい。
それにジードがびくりと肩を揺らし、クリスは興味津々と次の言葉を待った。のだが。
「……分かった! クリスさんですね!」
ユウトがひらめいたとばかりに声を上げた途端、ジードがごっつい顔で眉を顰め、クリスは思わず吹き出した。
そんな二人に構わず、ユウトはうんうんと納得している。
「じゃあリインデル復興はお二人がいれば問題ないですね!」
「……もゆるちゃん、私は別に良い匂いしないんだけど」
「ん? クリスさんいつも良い匂いしてますよ。何か、お花の匂い」
「……お前、魔物除けの花のサシェを持ってるだろう。紛らわしい……」
「あ、これか」
クリスは腰のベルトに下げてある小さな香り袋のことを思い出した。これはお守り代わりみたいなものだが、人間の嗅覚にはほとんど刺激を与えないものなので失念していた。
どうやら半魔のユウトやジードには反応が出るようだ。
そのせいで誤解を受けたことに不愉快そうなジードに、失敗したなあと苦笑して肩を竦める。
まあ、だからと言って強く否定するでもないし、他の特徴について反論もしないのだから、何が何でも嫌というほどではないのだろう。
おそらくはここで「今の内容はもゆるのことだ」などと訂正する素直さのない彼は、その話をうやむやにすべく一旦話を棚上げした。
「……何につけリインデルを復興するなら、あそこを徘徊するガラシュを倒さないと始まらん。何となく筋道は立ったし、私の理想世界の話はもう置いておけ」
「え、もういいんですか?」
「いい。……考える切っ掛けがあっただけでも十分だ。後は自分で考える」
「そうですか……。じゃあ、その理想世界の構想が完成したら、僕にも教えて下さいね」
「……ああ」
「楽しみにしてます」
ユウトににこりと微笑まれて、ジードもつられたように穏やかに笑む。
(……この男も、こんな顔できるんだなあ)
隣でそれを見ながら、クリスもほのぼのと笑った。
さて、彼の理想の世界はどんなものになるのか。少々気にはなるけれど、最後にユウトのチェックが入るなら、まあ問題はないだろう。
「じゃあ、そろそろ話を戻していいかな? ガラシュを倒す術式は完成まで待つとして……。実はジードさんに、もうひとつ聞きたいことがあるんです」
「うむ、何だ」
そう促されて、クリスは一瞬だけちらりとユウトを見る。
この内容はレオがこの子に隠したい事柄かもしれない。それに少し躊躇したのだ。
しかし目が合ったユウトは何を察したのか、まるで覚悟を決めているとでもいうように小さく頷く。
それを見たクリスは、意を決したように口を開いた。
「……ジアレイスたちの真の目的と、その後ろに付いている者についてです」




