ジードの知識の使い道
ジードが虚空の記録にアクセスしたい理由。
それを問うユウトに、彼は特に躊躇うことなく、ふむと頷いた。
「私は創世の原理を知りたいのだ。世界がどう生まれ、形作られていったのか。世界が成り立つにはどのような理が必要なのか」
「……それは知的好奇心、みたいなものですか?」
「そうだ。……今はな」
今は、ということは、以前は違ったということだ。
その言葉を聞いたクリスは、ユウトにならって他意を含ませないように気を付けながら、便乗してもうひとつの懸念を問い掛けた。
「ジードさんは、虚空の記録の中身を書き換えたりしたいと思わないんですか?」
「それは思わん」
クリスの質問に、ジードは間髪入れずに否定する。
本当に興味がなさそうな、つまらなそうな顔だ。彼はその表情のまま、否定の理由を説明した。
「これは魔界図書館の話だが、過去に数度書き換えがなされたことがあるらしい。だがその全てで、良い結果にはならなかったという記録があった。……邪魔者を消しても別の邪魔者が現れるし、誰かを生き返らせると別の思いがけない者が死ぬ。何につけ、許容できない『想定外』というのが起こり、現状が改善されることは皆無なのだ」
……書き換えられたはずの過去の記録データなんて、おそらく超極秘のはずだが……どうやってアクセスしたかは聞かない方がいいのだろう。クリスは純粋に話の内容だけに焦点を当てる。
「現状が改善されることがない……世界がバランスを取って、歪みを修整しようとするからかな? 未来の記述を変えるのはどうですか?」
「未来は平行して無限にパターンが存在する。そのうちの現時点で実現可能性が高い未来を書き換えたとしても、その未来の距離が遠退き、元の未来と大差ない別の未来が選択されるだけだ。未来を変えるなら、自力で世界の向かう方向を変更する方が確実だろう」
「なるほど……」
強制的に歴史を変えるということは、世界に大きな力を不自然な形で加えること。大きな力には反発する力が働き、せめぎ合いながら力を殺し合い、やがて修正前と同じような結果に収束する。
つまり、ジードとしては現状がほぼ変わらないなら、わざわざ『想定外』を作り出すような愚かなまねはしないということだ。
彼が虚空の記録を書き換える危険はないと考えて良いだろう。
(しかし、だとすると賢者の石を手に入れたところで、ユウトくんが死ぬ未来を書き換えることは無意味ということか……)
可能性が薄いとはいえ一応これも選択肢には入れていたけれど、その未来を選択できなければ意味はない。それに、万が一その書き換えが通ったとしても、反発でレオあたりが死ぬ未来にもなりえるのだ。
(……ユウトくんが死んだらレオくんが世界を潰す未来になりそうだけど、逆にレオくんが死んでユウトくんが生き残っても、おそらく世界は滅ぶ)
強制的に歴史を変えても現状が改善されないというのは、こういうバランスが取られるからだろう。
これを回避するためには、やはり自分たちで世界の時流を変えていくしかない。彼ら兄弟が共に生き残る未来をつかみ取るしか。
そう結論付けたクリスの隣で、ユウトがメモを取りながら感心したように口を開いた。
「ジードさんって、すごく知識欲が旺盛ですよね。色々なことたくさん知っていて、尊敬します。ガラシュを倒した後、この知識で何かするつもりはないんですか?」
そういえば、今はジードの理想の世界を模索している最中だった。
クリスとの会話が終わるのを待って、やんわりと話を戻すユウトはさすがだ。
少し顰められていたジードの表情は、すぐに柔らかくなった。
「この知識を使って、か。少し前までは目的もあったが……今となっては、何も考えつかんな。もゆる、お前は私が何をすれば良いと思う? 参考までに聞かせろ」
「えっ?」
質問に質問で返されて、ユウトは目を丸くする。それを聞いていたクリスも、意外に思って目を瞬いた。
まさかジードが、この善良を絵に描いたような子に自分の先行きを考えさせるとは。
当然ユウトの口から出るのは平和な考えに決まっている。なのに、それを参考にさせろと言っているのだ。
ヴァルドあたりが聞いたら、自分の耳がおかしくなったと思うのではなかろうか。
それに対して、思いがけず自分が思案する側になったユウトは、小さくうなりながらも真面目に考えているようだった。
その様子をジードは悪意なく、ただ面白そうに眺めている。
自分にこれほど興味を持って真剣に考えてくれる存在が、珍しくも嬉しいのかもしれない。
「んー……ジードさんは、今後ずっとこの空間にいるつもりですか? それとも、魔界かエルダールに居を構えます?」
不意にユウトに訊ねられて、ジードはふむ、と顎に手を当てた。
「魔界に戻るつもりはない。魔界図書館はルガルに牛耳られているし、何よりあそこは半魔が住むには色々不愉快なことが多いからな。……もゆるにも会いづらくなるし……」
ユウトに聞こえないように付け足された最後の言葉だが、クリスはしっかり聞いている。それにほっこりと笑顔になりつつ、もちろん指摘はしなかった。
一方で聞かれたことに気付いたジードは、少しバツが悪そうに視線を逸らしたが。
「……この空間も安定と維持を長期間続けるには魔力を消耗する。先のことを考えると、エルダールに居る方が良いのかもしれん」
「そっか、じゃあジードさんはエルダールの住人になるんですね! 嬉しいです!」
「ま、まあ、虚空の記録と賢者の石を探すにもこっちの方がいいしな。もゆるが私の知識を借りたい時に、居場所が分からなくても困るだろう」
ユウトに想像以上の歓迎の意を示され、ジードは戸惑いつつも照れているようだ。
いらぬ言い訳をする彼に吹き出しそうになるのを我慢する。
これがユウトの前で限定の態度だとしても、その根底が変わってきているのは確か。
他人を煩わしがって眷属のみとこもっていた彼ならもうひとつ、新世界というおあつらえ向きの選択肢があるはずなのに、そちらには最初から行く気がないのだ。
そういえば、ここには眷属を置いている様子もない。
もしかすると彼は、自身の意のままに動く者だけと過ごす虚しさを覚えてしまったのかもしれなかった。
「ジードさんがエルダールに住むなら、これが良いんじゃないかなっていう考えがひとつあるんです」
「……ほう、それは何だ?」
にこにこと言うユウトに、ジードは興味深げに身を乗り出す。
クリスもそちらに意識を向けると、なぜかユウトの視線がこちらに飛んできた。
「えっと、クリスさんの意見も聞いた上で、ですけど」
「私のかい?」
「はい。……僕、ジードさんとクリスさんでリインデルを復興したらどうかなと思うんです」




