ジードの理想の世界とは
「僕にとっての仲間は、信頼し合い、助け合い、一緒に頑張れる人たちのことかな。後は取り戻した平和な世界で、幸せに暮らして欲しいと思う人たち。だからジードさんも僕の仲間です」
そう言って底意のない無垢な笑顔を浮かべるユウトに、ジードは少々後込みをしたようだった。まあ、こういうプラスの感情を向けられることに、まだまだ慣れていないのだから仕方がない。
クリスは微笑ましく思いつつ、口に出さずに見守った。
これはユウトの本当の仲間になるために、ジードが経ないといけないプロセスなのだ。
さて、どう返すのか。クリスは困惑した様子のジードの次の言葉を待った。
「……私が、もゆるの仲間の定義に入っているとは思えん。お前のことは信頼して……いないわけではないが、私はお前の仲間ではないと思うぞ」
私はお前の仲間ではない。
ジードのその言葉に、クリスは黙って笑みを深めた。
狡猾で性格が最悪というこの男ならば、ここは『お前は私の仲間ではない』と言うところか、逆にあっさりと受け入れて利用しようとするところだろう。
なのに今ジードは、自分がユウトにとって仲間に見合う者ではないと言っている。
彼の考えの主体が、ユウトになっているのだ。
清い者への畏敬、その近くに自身がいることの躊躇い。
ジードにとってユウトが、穢したくない、幻滅させたくない、傷つけたくない相手なのだとうかがい知れる。
そんなジードの微妙なニュアンスのこもった言葉を受け取ったユウトは、その内心に気付く様子もなくぱちりと目を瞬くと、ツインテールを揺らしてこてんと首を傾げた。
「なぜですか? 僕からしたら、ジードさんは仲間ですよ? 信頼してますし、この間は助けてもらったし、今だって一緒に敵を倒す術式の相談してますし。それに、平和になった世界でジードさんが幸せに暮らせたらいいなって思ってます」
「わ、私はそういう世界で生きるような者ではない。もゆるがそんな世界を作りたいのなら、手を貸すのはやぶさかではないが……」
平和な世界というのは、おそらくジードにとって未知の世界だ。
彼が一族の何番目の息子かは知らないが、生まれた時からずっと公爵家の跡目争いに巻き込まれていただろうし、虐げられた敵愾心から常に周囲と敵対していただろう。
争い、謀略、罠、敵意にまみれた世界に身を浸して生きてきて、それ以外の世界を知らないのだ。
それでもユウトが望むなら、平和な世界を手に入れる手伝いをするという。
彼は自分で気付いていないのだろうか。
他人のために動こうというそれこそが、ユウトが仲間だと認める理由だということに。
そしてユウトも、そんなジードを置いてけぼりにはしない。
平和な世界に馴染まないという彼に、確認するように問いかけた。
「平和な世界でなければ、ジードさんの理想の世界ってどんなものなんですか?」
「……私の理想の世界?」
純粋に、ジードの望む世界も反映させたいというのだろうユウトの問いかけに、彼は面食らったようだった。
やがて視線が泳ぎ始めたのは、ジードにとって確固とした理想の世界というものがないからだ。
恨みや敵意が原動力で動いていると、その相手を排除することしか考えられなくなる。
おそらくはジードも、邪魔者を排除した後の世界のことなんて考えてもいなかったはず。
では改めて邪魔者のいなくなった世界を想像してみれば、彼の頭には何も浮かばないようだった。
「……私に理想の世界などない。だから、もゆるの望む世界で構わん」
「ないってことはないでしょう? 僕の希望を叶えようとしてくれるのは嬉しいですけど、僕はジードさんも幸せでないと、平和になった意味がないんですよ」
「私はそもそも、幸せというものの意味が分からん。幸せというのは何なんだ」
「……もしかしてジードさんって、今まで幸せだなあって思ったことないんですか?」
「ないな」
即答で返したジードに、ユウトは哀れむというよりも納得したように頷いた。
「そっか、じゃあ理想とか思いつかないですね。だったらジードさん、僕と一緒に理想の世界を考えていきましょう。……クリスさん、ちょっと時間取っていいですか?」
「うん、構わないよ」
「え、おい、ちょっと待て。私の理想など別に……」
「……僕が知りたいんですけど、迷惑ですか?」
「い、いや、そういうわけじゃない、が……。わ、分かった」
上目遣いで小首を傾げるユウトに、ジードは容易く折れる。特に狙ってやっているわけではないのだろうが、ユウトはいつも兄相手に発揮している可愛さを存分に武器にしていた。
クリスはそれを笑顔で見守る。
これはユウトにしかできないことだ。そしてとても重要なこと。
それをあっさりと成し遂げようというユウトに安堵した。
クリスとしてはこれまで、もしもガラシュと魔研を倒したとして、その後のジードの行動が懸念材料だったのだ。
レオはユウトを彼に会わせる気がないようだし、もしも世界からもゆるが消えた場合、ジードにとって平和な世界は退屈なだけの場所になるからだ。
ではその後、彼がどういう行動に出るかを考えると、正直不安しかなかった。
常に誰かと敵対し、排除することしか知らないジードは、すぐに次の敵を作るだろう。それが普通であり、日常だからだ。
その相手はエルダールかもしれないし、魔界かもしれない。
どちらにしろ、世界のバランスを崩しかねない事態は必至だ。彼はひとりでそれだけのことをなす知識と、行動力を持っているのだから。
そして、安寧や満足、幸福を知らない彼は、ただ敵と対峙することだけを生きるしるべとして、同じことを繰り返していくだろう。
……そうなったら、おそらく世界は滅ぶ。
だが今、ユウトはそのジードの思考を、さらりと根本から変えようとしていた。
全てが上手に治まった世界で、彼が生きるべき幸福な道を共に探ろうとしている。これがユウトの持つ慈愛、包容力であり、だからこそ半魔たちは彼を護り、かしずく。
(ほんと、すごいお姫様だよね)
クリスは二人を眺めながら、そのやりとりに耳を澄ませた。




