ジードの特殊能力『消滅』
これはもちろん、本当の答えを引き出すための軽い探りだ。
思惑通り、ジードは機嫌を損ねることなく否定する。
「一族随一の我が研究手腕にそう思うのも無理はないが、違う。私の能力は、消滅だ」
「消滅……? その場から消え失せるということですか?」
固有能力だけあって、あまり聞いたことがない能力だ。
ただ言葉のニュアンスからそう考えて訊き返すと、彼は頷いて腕を組んだ。
「まあ、そうだ。具体的に言うとだな、この世界から一時的に自身の存在を消す能力だ」
「え、それっていつでも完璧に身を隠せるってことですよね? すごい便利そう」
「いや、そうでもない」
感心するユウトに、ジードはちょっとバツが悪そうに肩を竦める。
「消滅している間は移動ができないし、その間に周囲で起こっている事象も把握できんのだ。それに、消滅していられるのは3秒と決まっている」
「なるほど、発動に制約があるタイプの能力ですね」
その話を聞いて、クリスはあることに得心が行った。
レオから聞いていた、精霊の祠を解放するべくジードを倒しに向かった魔界での出来事についてだ。
ジードはその時究極の破滅という全てを破壊する禁忌魔法を使ったらしい。
魔法無効も絶対防御も完全無視の爆裂魔法だ。
発動時、レオはルガルの鈴のおかげで体よく逃げ果せたが、ジードはそれに巻き込まれたはずだった。それがどうして生き残っていたのか。
その理由が、この彼の特殊能力があったからなのだ。
おそらく爆裂の瞬間、ジードは自身を『消滅』させていた。全てを破壊する魔法だが、存在しなければそもそも破壊はできない。
ジードの『消滅』があってこそ使える究極の破壊。
それを分かった上で、彼は魔界図書館からこの禁忌術式を狙って手に入れていたのだ。
(そう考えると、やはり当時のジードはわざとレオくんの前で無能を装った可能性が高い。全部計算ずくで動いていたんだ)
その無能の演技は、レオを油断させるためのものではない。
ジアレイスたちに自分を死んだと思わせるためのものだ。
多分だが、彼の居城は魔研に監視をされているか、盗聴をされていたのだろう。それを逆手に取った。
(当然、魔研に自分の固有能力のことを明かすなんて馬鹿なことをしているわけはないから、万が一にも生きてるとは思わないよね。……きっとジードは何か目的があって魔研に与し、その目的が果たされたからとっとと退場したんだ)
では、ジードの目的とは何だったのだろう?
彼は公爵の能力には全く興味がないという話だったけれど。
そう考えて思い当たった推察に、クリスは自分で目を丸くした。
(……もしかして、ジードは半魔になるために魔研に手を貸していた……?)
思い浮かべておきながら、そんな馬鹿な、と自分で突っ込む。
しかし、他に理由が見当たらない。
(まさか、当時のレオくんに言ったように、魔力を感情で増幅させるためだけってことはないだろう……。おそらくもっと別の、隠された理由があるはずだ)
それを今聞き出すのは難しい。
クリスがジードと魔研の過去の繋がりを知っているというだけでも怪しまれるし、何よりレオと彼が過去に魔界で戦っていたことをユウトに知られるのは、絶対に避けねばならないのだ。
ジードとユウトの間に亀裂を入れることは完全なる悪手。
(自身の特殊能力のことまで明かしてくれているんだ。ユウトくんの影響が大きいとはいえ、ジードは私たちをだいぶ信用してくれている。そこを裏切ってはならない)
クリスはそう心得ると、そこまでの思考を横に置いた。
「消滅の能力は、ジードさんなら有効に使えそうですね」
「……まあ、3秒消えるだけとはいえ、上手く立ち回ればいくらか活用法はあるな」
「おそらく消滅の能力を発動して一番危険なのは、3秒経って再び現れる時かな。それを先回りして全てのお膳立てを先にしておいてやれば、かなり有用な能力ですよね」
周囲の状態が把握できない3秒というのは、思いの外危険が伴う。
剣を一振り、爆弾を投擲、距離を縮める、などなどそのどれもが3秒あれば十分にできてしまうからだ。
その3秒先を予想し、事前に備え、敵の動きを計算しておく。
それが可能で、実際に使いこなせる者がどれほどいるだろうか。
(自分の能力を過信せず、誇示せず、使いどころを知っていて、乱用もしない。プライドの高い魔族ならこうは行かないだろう)
いや、彼だってプライドがないわけじゃない。ただ、その置き所が高貴な血や爵位ではなく、総じて自分の能力にあるのだ。それも、自身の努力の上に成り立った能力の。
「ジードさんのその固有能力って、発動コストはどのくらいなんですか? 一日一回とか? もしくは魔力消費?」
「一日三回だ。使用回数を使い切ったためしはないがな。お前が言ったように、この能力は安易に使うにはリスクが大きい」
「詠唱無しで一日三回姿を消すことが出来る……。戻った時のリスクさえ抑えればだいぶ使えそうですね」
クリスがそう言うと、隣で話を聞いていたユウトが突然はたとジードを見た。
「あ、じゃあその能力を使う時は僕たちと一緒に行動すればいいんじゃないですか? 3秒後、僕たちがジードさんの周囲を護っていれば安心です」
「ああ、それがいいかもね。さすがユウトくん」
共闘に誘うのは難しいと思っていたけれど、能力を使う時くらいはレオたちも目を瞑ってくれるのではなかろうか。弟の方から誘ったとなれば、兄もそこまで邪険にすまい。
正直そのリスクさえ解消できれば、『消滅』はかなり有用なのだ。
これにジードが頷いてくれればいいのだけれど。
そう思いつつその顔を見ると、彼は何だか衝撃を受けているようだった。
「……一緒に行動? 私を護る……?」
「そうですよ。ジードさんは仲間ですもん。当然です」
「仲間……」
おそらくジードの人間(?)関係には、これまで登場したことのなかった単語なのだろう。未だに理解できないという表情だ。
そもそも彼の中に、その定義がないのかもしれない。
「……仲間とは何だ?」
「え? えーと」
問い返されて、ユウトが軽く首を傾げた。
もちろん単語の意味ではなく、その定義を訊かれていることは、ユウトにも分かっている。どうやら表現するのにちょうどいい言葉を探しているようだ。
しかし考えていたのはほんの僅かな時間で、すぐにユウトはジードににこりと微笑んだ。




