兄、すごく嫌がる
「クリス、普通魔族と人間の契約が終わった場合ってどういう状況になるんだ?」
「んー、契約内容によるけど……この手の契約はおおかたどちらかが消されて終わるね。余程Winwinの良い関係にならない限り、円満では済まないから」
クリスはそう言って軽く肩を竦めた。
「もちろん人間が魔族と契約するには代償が必要なんだけど、それは契約者の命だったり、聖人の魂だったり、特別なアイテムだったりと様々だ。そのほとんどが事前約束の事後報酬で、大体人間側がそれを用意できなかったり、出し渋ったりすることで殺されることが多い」
「……それを見越した人間側が、契約が切れる直前に魔族の方を殺そうとするのもあるあるなのか」
「うん、そうだね。まあ、契約自体がきちんとそこで完了しても、自由になった途端にそれまでの鬱憤を晴らそうと契約者を殺す魔族も多いから」
なるほど、それが今まさしくガラシュとジアレイスたちの状況なのだろう。
そもそも互いに高慢な者同士、相容れるわけがないのだ。
今辛うじてガラシュを縛っているのは契約とそれに付随する代償だけ。それが切れれば魔研にとって脅威でしかない。
それにおそらくジアレイスがガラシュに代償として渡す予定だったのは、以前闘技場の地下からチャラ男が持ち出した、公爵の能力を封じ込めた魔書。
それは今王都の魔法研究施設に厳重保管してあるから、奴らの契約自体が不成立になるのは確実。
だとすれば、ウィルを連れ去ってでも、降魔術式をガラシュにかけようとしていたのも頷ける。
「……もしも契約が切れるなら、魔書を餌にガラシュをこっち側に引き込めないだろうか」
「それは無理だね。私が我慢ならないから」
レオの呟きに、即座にクリスが反応した。
そういえば、この男は大の魔族嫌いだった。その上、ガラシュはリインデルの村を焼き払った張本人だ。
クリスの瞳が、普段の彼らしからぬ剣呑な光を宿す。
「そもそも高慢な魔族が人間の言葉に耳を貸すわけがないよ。本来は契約だって、爵位の付いた魔族はそう簡単に応じないんだ。交渉しようとしたところで、攻撃されるのが落ちだろう。……つまり率直に言えば、ムカつくし存在が許しがたいし危険だから、殺すべきだと思うんだよね。ていうか殺す」
「私的な殺意がダダ漏れてるんだが……」
「エルドワもガラシュを仲間にするの反対」
クリスの殺意溢れる反論に、思いがけずエルドワも横から加勢してきた。
「エルドワ……。お前もガラシュについて何か知っているのか?」
「ガラシュはヴァルドの父親と公爵だったお爺に手をかけた悪い奴。エルドワ、あいつ嫌い」
「そっか……。ヴァルドさんもきっとガラシュを仲間にするのは嫌だよね」
確かに、ヴァルドはジードなど比べものにならないほど、ガラシュを憎んでいるだろう。
そんな男を仲間に引き入れたら、一体どうなるだろうか。
「……そういえばエルドワは、以前からヴァルドと知り合いだよな。ガラシュとも面識があるのか?」
「あいつ自体と相対したことはない。でも、昔ヴァルドを魔界から追放したのもガラシュだし、魔界にあったガイナたちの半魔の村を焼いたのもあいつだって言ってた。あいつは半魔の敵だ。だから嫌い」
「え、ガイナさんたちも、ガラシュに村を焼かれてこっちに来たんだ」
「半魔の敵……」
そう聞いてしまえば、もうレオがガラシュを引き入れる気持ちはなくなる。
だって半魔の敵ということは、すなわちユウトの敵だということ。
それはつまり、レオにとって排除対象だということだ。
話を聞けば聞くほど高慢で利己主義、純血主義のようだし、どう考えてもレオたちと相容れる部分はなかった。
「……分かった。では、ガラシュは危険因子として排除することにしよう。……となると、奴が契約で縛られているうちに倒すべきだよな」
「そうだね。先に魔研の連中を潰すと、契約から解放されたガラシュに、自由に暴れる機会を与えてしまうからね」
「どちらにしろ、ガラシュの掛けた封印結界を解かないことにはジラックの中に攻め込めません。お二人が言うように、まずガラシュを倒す算段をするのが先決かと」
「結界を解くには術者を倒すか、術式を直接解除するか、か……」
そう考えると、その両方に対応できるのは一人しかいない。
ヴァルドだ。
彼の持つ吸血鬼殺しとしての能力と、術式を読み解く魔眼。ここは大いに頼りにさせてもらおう。
その能力差がどれくらいで、どちらが強いのかは未知数だけれど。
「ヴァルドに吸血鬼特効があるのは有利だが、ガラシュと一対一だとどんな感じだろうな。俺たちも少し加勢できればいいが」
「あ、じゃあせっかくだから、ジードさんにも力を貸してもらうのはどうかな」
「……ジード?」
クリスの出した名前に、レオは顔を顰めた。
いや、分かっている。あの男は研究熱心で、ガラシュともやり合う気満々だった。ヴァルドとは不仲であるが、ユウトさえいれば変なことは考えないだろうし、大きな戦力になる。
それは分かるのだが、いかんせん、兄の感情として嫌なのだ。
正直その存在は忘れていたかった。
あんな嫌な奴にもうユウトを会わせたくない。
のだが。
「ジードさんならガラシュのこと色々知っているだろうし、頼りになりそうですね!」
クリスの提案に、そのユウトが乗ってしまった。
レオはさらに苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……ユウト。あいつがいる間は魔女っ子姿でいなくちゃいけないんだぞ? 嫌じゃないか? 嫌だろ? 嫌に違いない」
「今さら別に……。ていうかさ、もう僕が男だってバラしてもいいと思うんだけど」
「駄目だ!」
全てが終わってジードと係わる必要がなくなったら、もうもゆるに会わせる気はないのだ。
なのにユウトの真の姿をバラしてしまうと、向こうから見付けて会いに来ることが可能になってしまう。
「レオくんは嫌がるけど、ヴァルドさんと別方向からの攻撃手段を手に入れるなら、ジードさんに相談するのは有りだと思うよ?」
「理屈は分かるが俺の感情があいつを受け入れない」
「別にレオ兄さんが受け入れなくても、会いに行くの僕とクリスさんなんだからいいじゃない」
「俺はお前とあいつが会うのを受け入れられないんだよ!」
「レオ、わがまま言わない。大人になれ」
子犬に諭された。
「まあまあ、レオくん。……私的には、ガラシュのことだけじゃなく、さっき話したことなんかもジードさんに聞いてみたいんだよね。ただユウトくんを連れて行かないと会ってもらえないし、今回は我慢してよ」
さっき話したこと、と言われて、レオは反論できなくなる。
おそらくクリスは、新世界の神を作るというジアレイスたちの目的を、一度は向こうに与したジードに訊ねるつもりなのだ。
ジードは新世界にも拠点を構えていたし、何かを知っている可能性があった。
確かにその情報を仕入れるのは有効だ。これを個人的な感情だけで突っぱねるほど、レオは馬鹿ではない。
「くっそ、仕方ねえな……」
レオは心底嫌そうな顔をしながらも、了承するよりほかなかった。




