弟、死ぬ未来を回避するために
これまで、予知能力を持つグルムから聞いた話を知っているのは、エルドワとヴァルド、それからクリスとディアだけだった。
もちろんこの話が、それだけ慎重になるべき内容だったからだ。
エルダールを救うためにユウトは『聖なる犠牲』として死ぬ、という予言。
そんな未来に対し、共に抗ってくれる仲間が必要だと考え、元々アシュレイにはここで話そうと思っていたのだけれど。
まさかレオの召喚魔たるキイとクウまで加わることになるとは思わなかった。
「ユウト様が大精霊と魔王のご子息……なるほど、道理でその聖と闇を融合したお力……」
「おぞましきものに抗する兵器としての『聖なる犠牲』……一方で『世界の希望』でもあると。そのための闇属性……」
「ユウトが世界のためとはいえ死ぬなんて駄目だ! 俺は何をすればいい!?」
ユウトの話を聞いたキイとクウが思考を巡らす中、アシュレイが焦燥に駆られた様子で右往左往する。
彼としては主を失うことを考えただけで居ても立ってもいられないのだろう。ユウトはそんなアシュレイを苦笑しつつ宥めた。
「落ち着いて、アシュレイ。この未来は確定じゃないから。ていうか、これを覆すために、みんなに力を貸して欲しいと思ってるんだ」
「もちろんだ。俺はユウトのためなら何でもする」
即座にそう返す大男。その真っ直ぐさが好もしい。
こんなふうに懐かれ、大事にされているからこそ容易く死ぬわけにはいかないのだ。ユウトはアシュレイを安心させるようににこりと笑った。
「大丈夫、僕はそう簡単に死なない。アシュレイも、僕のために無茶はしないで。……エルドワも、キイさんとクウさんも」
「心配ない。エルドワは最後までユウトを護りきるから死なない」
「キイたちもレオ様とユウト様をお護りするのが役目。それを果たさずに途中で離脱するつもりはありません」
「クウたちはレオ様とユウト様に救われた恩を返したいのです。死んでしまってはそれも叶いませんから」
とりあえず、この場で安易に命をかける者はいないようだ。ユウトはそれに一応の安堵をする。
もしも世界を救ったとしても、誰かが欠けていては意味がない。
みんなに生き延びてもらうことは、ユウトにとって第一優先事項だった。
「ところでユウト様、その予言を覆すために何か策は?」
「……今のところ、具体的な策はないです。向こうで話が進んで、クリスさんから多少の情報が流れてくるのを待つしかありませんので。……だから、今回は策を練るというより、知恵を貸して欲しいと思ってました」
「知恵を貸すというのは、たとえばどんなことを?」
キイとクウに重ねて訊ねられる。
それに対し、ユウトは軽く頷いた。
「時流を変える手段についてです」
そう、世界には見えない流れがある。その流れに乗ってしまったら、抜け出すのは至難の業だとディアが言っていた。
ユウトが死ぬ未来は現状その流れの到達点であり、それを回避するには世界の流れを変えるしかないのだ。そのために出来ることを探りたかった。
「時流を変える……。予言通りの未来を呼び込まないためにできることを考えるということですね」
「直接的なアプローチとしては、虚空の記録のデータを置き換えることですが……」
「虚空の記録……この世界の未来まで全部記されているという異次元のデータベースか? 以前クリスから聞いたことがある」
竜人の言葉に、アシュレイが反応した。
どうやらここで一緒に生活している間に、色々とクリスからディープな話を聞いていたらしい。
クリスは他人に話すことで自身の知識を整理していたようで、そういう下地の知識のないアシュレイを恰好の話し相手にしていたのだ。
「虚空の記録にはアクセスする手段がないと聞いているが」
「エルドワも知ってる。キーとなる賢者の石が失われてるって」
「ええ。このエルダールには魔界図書館を管理するルガルのように、長期にわたってアクセスキーを管理できる者がいないために、賢者の石は失われてしまいました」
「クリスも長年探しているらしかったが、その行方はようとして知れないと言っていた。最後に文献に存在が残っているのは、魔界との最終戦争の記録だったようだ」
「最終戦争……ずいぶん昔の話だね。賢者の石の行方を追いかけるのは難しいな」
つまり現段階では、自分たちで虚空の記録をいじってどうにかするという手は使えないということだ。
キイとクウも手段のひとつの例として取り上げただけだろう。
「そうなるとやっぱり、世界の流れ自体を変えなくちゃいけないんだよね」
「世界の流れが変わるには、大なり小なり節目の出来事があります。まずはそれを注意深く見付け、自分から流れを作るのが肝心です」
「節目の出来事……。ジラックで起こってる色んなこととかですか?」
「目立つところはそうですが、もっと小さなこともです」
もっと小さなこと、と言われて、ユウトは首を傾げる。
大きな世界の流れを変えるのに、それほど小さな出来事が影響するのだろうか。
それに対して、エルドワが先に反応した。
「キイ、クウ、もしかして今もそう?」
「そうです。キイたちがここにいて、この話をしているのは事件とも言えます」
「ユウト様が記憶を取り戻しつつあるのも事件です」
「ああ、なるほどそういうことか。……そもそも、ユウトがグルムという奴に予言をされた時から、事件は始まっているのだな」
アシュレイも理解したようで、ふむと頷いた。
「自分が死ぬという予言をユウトが聞いた段階で、すでに流れは変わり始めているんだ」
「えっ? グルムにはこのままでは何も知らずに『聖なる犠牲』となって死ぬって言われたけど」
「ユウト、あの時『何も知らない』状態じゃなくなれば流れを変えられるかもって言ってた」
「うん。でもまだ全然知らないことだらけで、流れなんて変えられてない……」
「変わっています。少しずつですが」
クウに食い気味に確信を持った声音で告げられて、目を瞬く。
そんなユウトに、キイが言葉を続けた。
「ユウト様が自分が死ぬことを知らなければ、確かにそのままの未来になっていたでしょう。しかし、ユウト様はそれを知って、回避しようとし始めました。クリスさんたちにその話をしたこと、ガントでハーフエルフの方に記憶を解放してもらったこと、ここでキイたちにこの話をしたこと……これらは一つ一つは小さな出来事ですが、世界の流れを変える節目になっていました。変化は起こります」
「……僕はみんなに相談しただけで何もできていないのに、ですか?」
「ユウト様が我々に相談してくれるのが、何より良い行動だったということです。小さいと思っていた流れの変化は、やがて大きくなる。……では試しにひとつ、大きく動かしましょうか」
クウがそう言って、ユウトに向かい微笑んだ。
「ユウト様。よろしければ不老不死の古竜、グラドニにお会いになりませんか?」




