弟、決断する
過去の記憶と魔力が戻ってきている。
そうキイとクウに指摘されて、ユウトは一瞬戸惑った。
この二人からレオに秘密が漏れることを恐れたわけではなく、肯定するには少々実感が足りなかったからだ。
結局ユウトは頷くことをせず、軽く首を傾げた。
「……香りで分かるって、どういうことですか?」
質問に質問で返してしまったけれど、もちろんキイとクウが機嫌を損ねることはない。微笑んだまま答えをくれる。
「独立して存在していた香りが溶け合って、ユウト様の魔力が完成形に近付いています。それはつまり、ユウト様の記憶も解放されつつあるいうこと」
「アイテムによって香りを抑えているようですが、クウたちには分かります」
そんな二人の言葉を聞いたエルドワが、隣からユウトを見上げた。
「ユウト、記憶が戻ってる?」
「ん……戻ってると言えるほどじゃないんだけど。時折断片的に思い出すだけで……。キイさんとクウさんに会って、以前一緒にゲートに潜ったことはさっき思い出したかな」
ユウトの記憶は、こんな感じでふんわりと戻ってきている。
もっと雷に打たれたみたいに覚醒するのかと思っていたけれど、そういうわけでもないらしい。芋づる式にあれもこれもと浮かんでくることもない。
記憶をひとつずつ、大事に釣り上げているような感覚。
この緩やかな解放は、ユウトの記憶を封じた者が仕組んだことなのだろうか。
そんなことを考えていると、キイが探るような視線で訊ねてきた。
「……レオ様のことは?」
「レオ兄さん? ええと、今より愛想なかったけど、すごく僕のことを大事にしてくれてた覚えはあります。……でも、レオ兄さんに関してはまだはっきりと思い出せない事が多くて……」
「……そうですか。ユウト様の記憶を封じたのは、やはり敵ではなさそうですね……。さては、あの方が言っていたのは……」
未だレオとの出会いすら思い出せないユウトの言葉に、キイはクウと目配せをし、確認するように頷く。
しかしそれ以上ユウトの記憶に言及することはなく、あっさりと話を変えた。
「ところでユウト様。これからレオ様がたの間で重要な報告がなされますのに、ご自分からこちらに来られましたよね。よろしかったのですか?」
「え? えーと……」
「ユウトは俺を気遣って手伝いに来てくれただけだが」
「もちろん、それは分かっております」
キイの質問に、ユウトに代わってアシュレイが返すと、クウが軽く苦笑する。
「しかし、急いで支度してお戻りになろうとする意思も感じられません。……まるで、最初からあちらの話に加わる気がなかったかのようです」
……どうやらキイとクウには、ユウトが意図的に席を外したことが分かっていたようだ。
アシュレイの手伝いをするつもりだったのは本当だけれど、席を立つ丁度良い口実だったのも確か。それを指摘されたことに、ユウトは困ったように笑った。
「……レオ兄さんって過保護で、未だに僕の前で重要な話はしないんです。そのせいで、僕があの場にいると本題に入れないんですよね。そんな理由で大事な話が進まないなんて、時間の無駄でしょう?」
「だからご自分から席を外したと?」
「そうです。……まあ、最低限必要な情報はさすがにレオ兄さんも教えてくれますし、それ以外の僕が知っていた方が良さそうな情報はクリスさんがこっそり教えてくれるので、この方が良いかなって」
もう建国祭まではあまり時間がない。
だったら無駄な時間は極力減らすべきだ。
そう言ったユウトに、キイはとりあえず納得したように頷いた。
「なるほど……。ですが、理由はそれだけではありませんよね?」
「え……」
しかしさらに指摘を受けて、ユウトはどきりと緊張する。
それにクウがまた苦笑をした。
「ユウト様は素直で分かりやすいです」
「……ユウト、緊張すると顔に出るし、すぐに匂いが変わるからバレバレ」
隣のエルドワにも呆れた顔をされている。
自分の顔はそれほど分かりやすいだろうか。匂いに至っては、魔妖花の実が中和してくれているはずなのに。
そんな、納得がいかなくて複雑な顔をしているユウトに、おもむろにキイが両手を広げて見せた。
「ユウト様、我々相手に遠慮する必要はございません。……こうして重要な話をするレオ様のところから離れたユウト様が、逆にレオ様に隠したい話をここでなさるつもりだったとしても驚きませんから」
うわ、バレている。
レオが向こうでユウトに聞かれたくない話をしている間は、逆を言えばここに絶対来ないということで、その間にユウトがここでレオに聞かれたくない話をしようとしていたこと。
しかし、この話にキイとクウを巻き込むつもりはないのだ。
何とかこの場をごまかそうと、ユウトは下手な芝居でうそぶいた。
「……な、何の話でしょう? 意味が分からないですけど」
「最初にも言いましたが、キイたちはユウト様の覚悟を共有したいのです。レオ様にはバラしませんのでご心配なく」
「覚悟なんて、何も……。ここで話すような、レオ兄さんに隠してることもないし……っ」
「そうですか? ここでお茶の支度をしている間も、ユウト様は少々そわそわして、クウたちが先に向こうに戻るのを待っていたようですが」
「だ、だってほら、キイさんとクウさんはジラックの重要な報告があるから、早く向こうに戻らないとだし……」
そうしてしどろもどろでかわしていると(かわせてないけど)、やがて笑顔のままのキイにぴしゃりと宣言された。
「ユウト様。キイたちは戻りません。このような問答こそ時間の無駄では? ……我々は、貴方様のお役に立ちたいのです」
「でも……」
それでも尚も躊躇う。
すると見かねたエルドワが、横からユウトを見上げた。
「ユウト、キイとクウの力も借りるべき。……このことに関しては、半魔の仲間は信用して良い。半魔はみんな、ユウトの力になりたいと思っている」
「エルドワ……」
ユウトの一番近くでずっと状況を見てきたエルドワの言葉は強い。
そんなやりとりを聞いていたアシュレイも、事情を知らないながら頷いた。
「ユウトに何かあるのか? ならば、俺だって力になりたい。話を聞かせて欲しい」
「……アシュレイ」
「ユウト様、巻き込みたくないとか、迷惑を掛けたくないとか、そのような事で省かれるのは我々にとって屈辱的なことです」
「ユウト様のお力になることは、ひいてはレオ様のためでもあります。……レオ様のためにも、ご決断を」
「キイさん、クウさん」
レオまで引き合いに出されては、ユウトも観念するしかない。
そう、ユウトは兄のためにも、決断しなくてはいけなかった。
ここで話すべきこと……このことに関しても、おそらく残された時間は少ないのだから。
「……分かりました。みんな、僕に力を貸して下さい。……『聖なる犠牲』で僕が死ぬ未来についてから、お話しします」




