弟、キイとクウに指摘される
レオはネイから書類を受け取ると、三人にも見えるようにテーブルの上に乗せて、そのまま書類を繰った。
クリスたちも軽く身を乗り出して書類を覗き込む。
そこにはまず、持ち出された禁書に関する詳細が載っていた。
「親父が持ち出したのは特級・厳重管理指定書籍か……」
「魔法研究機関が細心の注意を払うべきと指定した危険書籍だね。これを皇太子とはいえ、一介の学生に渡したなんてにわかには信じがたいけど」
「まあ、十中八九脅されたんでしょ。……えーっと、とある情報通に聞いた話だと、かなり昔から王宮回りのお偉方は暗殺者に依頼したりして、邪魔者は一族ごと消す、なんてことをしてたらしいし」
ネイの話は又聞きを装っているが、もちろん出所は本人の情報だ。
つまり、これは事実だということ。
当然だが貴族の間では暗殺者の存在は暗黙のうちに知られていて、それを皇太子に臭わされれば、そうそう逆らえる者はいなかっただろう。
「……ま、今さら所長が前国王に禁書を渡した理由を探っても、意味のないことだよね。それよりレオくん、その禁書の内容は?」
「内容は……ん? ガラシュの名前がないな……。召喚の書で間違いないようだが……」
「やはり通常召喚ではないということでしょうか。冒険者ギルドにも時折特殊召喚の書が戦利品として稀に持ち込まれることはありますが……しかし、対象魔族や魔物の名前の記載がないというのは見たことがありませんね」
「レオさん、下に補足が付いてるみたいですよ」
ネイに言われて、レオは欄外に書かれた補足を見る。
するとそこには、召喚に付随する効果が記載されていた。
「術式の自動展開、魔法の代替詠唱、召喚魔の30分の隷属化……!?」
「あれ、それって……」
覚えのある内容にレオが目を瞠ると、横からクリスも覗き込んで目を丸くする。
そう、二人はつい先日、この話をしたばかりだった。
その内容は、レオが過去にグラドニを召喚したものと同じだったのだ。
唯一違うのは、詠唱する魔法だけ。
この極稀な効果の一致が偶然とは思えない。
つまり、二人は即座にこの持ち出された禁書が『対価の宝箱』から出たものだろうと理解した。
それを口に出す気にはなれなかったが。
「召喚で魔法の代替詠唱とは何でしょう? あまり聞き馴染みませんが」
「……自分の唱えられない特定の魔法を発動するために、代わりに魔物を呼び出して唱えさせることだ。その条件にさえ合えば、自分の魔力に拘わらずどんなレベルの魔物も召喚できる」
「条件、とは?」
「該当魔法を唱えることができて、一番近くに居る者という条件だ」
近くにどんな魔物がいるか、知った上で使うのでなければ結構博打的な禁書だ。
とはいえ、書類の詳細を見たところやはり代替詠唱される魔法は『煉獄の浄火』。この魔法を唱えられる魔物に、雑魚など居はしないけれど。
「それに引っ掛かったのがガラシュ・バイパーだったということですね」
「そういうことだろうな。……何で魔界の貴族であるガラシュがこっちに居たのかは知らないが」
「ふむ……どこまでが仕組まれているのだろうね」
クリスはレオの前にある書類を勝手に一枚ぺらりとめくった。
「……この禁書自体は、数代前からあったみたいだね。護身用に手に入れたはいいけど使わなかったとかかな?」
「……その古い禁書の存在を、親父はどこで知ったのか……。全てが悪い方向にできすぎてて胸糞悪いな」
「あれ、レオさん、これ見て。持ち出された書物がもう一冊あるみたい」
「何だと……?」
ネイに指差された場所を見ると、確かに2冊目の本がある。これは禁書ではなく、厳重保管書籍のようだ。危険というよりは稀少の色が強いものらしい。
「契約提携……定期確定術書……?」
「ああ、それも珍しい術書ですね。魔物と人間が契約をするための本です。一度契約を結んでしまうと、一定期間が過ぎるまで解除できない術式が入っています」
「……それはつまり、禁書で呼び出した魔物を隷属中に自分と契約させることで、以後もこき使おうとしてたってことか」
「有り体に言えばそうです。しかし、契約は隷属と違って取引が必要ですので、その対価がなければなかなか思い通りに動いてはもらえませんが」
「契約が解除されるまでの一定期間って、どのくらいなんだろうね?」
「それは術書によります。まあ、研究機関で厳重保管するレベルなので、この術書は期間がかなり長いと思われますが」
「あー、この書類に書いてあるよ。ええと、約30年だって。……長っ!」
ネイが自分で読み上げて自分で驚いている。
しかし、確かに長い。
「30年か……ん?」
「ええ? ちょっと待って。ガラシュを呼び出して契約したのが、リインデルを襲撃した30年前だとしたら……もういつ契約が切れてもおかしくないんじゃないの?」
クリスの指摘に、全員が顔を見合わせた。
「……こんな時に契約が切れて、ガラシュが野放しになったら……どうなるんだ?」
一方その頃。
厨房ではユウトたちがお茶の準備をしていた。
アシュレイがカップや茶菓子を取り出して、ユウトは人化したエルドワとコーヒーを淹れる。キイとクウがその横で簡単につまめるものを作っていた。
「キイさんとクウさんまで手伝いに来て頂いて、すみません」
手際よくクラッカーにトッピングをする二人に向かい、ユウトは軽く謝罪する。
ジラックから移動してきたばかりだというのに、ちょっと申し訳ない気分になるからだ。
しかし当のキイクウは、穏やかににこりと笑った。
「キイたちがユウト様に付いてきたかっただけです。お気になさらず」
「クウたちがここに来たのは、ユウト様とお話をしたかったからでもありますし」
「僕と?」
ユウトに対して報告があるわけでもないだろうに、どういうことだろう。
そう思って首を傾げると、彼らは手を止めてこちらに向き直った。
「キイたちは、ユウト様の覚悟を共有させて頂きたいと思っているのです。同じ半魔として」
「覚悟って……僕は別に何も……」
「ご安心下さい、ユウト様。クウたちはレオ様の召喚魔ではありますが、同様にユウト様に救われ恩義を感じる身。貴方様の秘密を漏らしたりはいたしません」
二人はユウトに向かい、恭しく頭を下げる。
そして再び視線を上げると、確信めいた微笑みを向けられた。
「その香りで分かります、ユウト様。……過去の記憶と魔力が、徐々に戻ってきておられますね?」




