兄、賢王の資質か、愚王の資質か
リインデルの書庫に放り込まれていた、魔法研究機関所長だったキイとクウの父親の書物。
レオはその中から該当の書類を探すため、ポーチからごっそりと紙束を取り出した。
数十部に及ぶ、簡易なひもで綴じられただけの報告書類。それをテーブルの上に乗せる。
「禁書の持ち出しと紛失に関する書類があるとすれば、この中だ」
「ジアレイスたちが処分をせずにリインデルの書庫に放置していたということは、証拠隠滅を防ぐために不壊属性を付与しているのかもしれないね。当時の所長の国王糾弾に対する強い意志を感じるよ」
「よほど正義感の強い人間だったんだろうな。兄貴が政務に携わり始めた後だったら、おそらく死なずに済んだんだが……」
今さら言っても詮無いことだが、時期が悪かったとしか言い様がない。
しかし、その行動は無駄ではなかった。
彼が国王糾弾のためにまとめた書類がこうしてレオたちに渡り、ジアレイスたちを討伐する一助となるのだから。
レオたちはその書類の束を四人で適当に分割して、そこから禁書に関する報告書を探し始めた。
「……魔法工学についての書類が多いね。キイくんとクウくんの父親は、魔法機械工学の研究者だったのかな? レオくん、この書類後で借りていい?」
「ああ。どうせこの書類はキイとクウの記憶の糸口になるかもしれないから、ここに置いていくつもりだ。後で勝手に見ろ」
「魔法工学……。興味深いですね。私もここでしばらく厄介になっている間、書類や文献を読ませて頂きます」
魔法工学はアイテムクリエイトをするなら必須の知識だ。
制作者に限らず、依頼者にもその知識があれば、オリジナルの強力なアイテムを作ることも可能。
魔法を使えないクリスが知識を入れたがるのは、それ狙いだろう。
一方のウィルは、これを純粋に知識としてストックしようとしているようだ。
後々、幼なじみのミワとタイチにその知識を伝授するつもりなのかもしれない。
なるほど、キイとクウの家が魔法工学研究をしていた一族だと考えると、彼らが以前のパーム工房とロジー鍛冶工房に潜入して働けていたのも、その素地があってのことに違いなかった。
そうして少しだけ主旨から逸れた話をしながら書類に目を通していると、不意に用紙を繰っていたネイから「おっ」と声が上がる。
どうやら目当てのものを見付けたようだ。
「『××年、王族による禁書の持ち出しとリインデル消失の因果、その責任の所在について』……レオさん、これでしょ。添付書類として前々所長の禁書未返却による始末書も付いてます」
「ああ、それだな。……タイトルがまさに親父の神経を逆撫でする感じだ。あいつ、責任という言葉が大っ嫌いだったからな。権利は大好きだったが。兄貴が国政に携わるようになってからは、責任は全部兄貴に押しつけてたし」
「はあ……何というか、失礼な話だけど……そんな父親からよくレオくんやライネル陛下みたいな子どもが生まれたよね」
レオの言葉を聞いたクリスがひどく呆れたように言う。
それに対して、ウィルが横から口を挟んできた。
「そういえば、エルダール王家の兄弟がこの歳まで共にご存命なのは、とても珍しいことなんですよ。なぜかいつもそのどちらかが賢王の資質、もう片方が愚王の資質を持ち、兄弟仲がとても悪く、多くは賢王の資質を持つ方が成人する前に落命しているんです」
「へえ。じゃあ両方存命なのもだけど、レオさんと陛下みたいに両方賢王の資質なのも珍しいんだ」
「……俺は賢王の資質じゃねえ。俺が王になったら間違いなく愚王になるぞ。ユウトのことしか大事にしないからな」
「あー……、それは一理ある。愚王ってほどではないだろうけど、レオさんは国のこと放ってユウトくんの世話だけしてそう」
レオが王になったことを想像してみたのか、ネイが肩を竦めて苦笑する。
しかしその隣で、クリスが不可解そうに首を傾げた。
「……ライネル陛下が賢王なのは、今は疑いようもないけど……。でもさ、レオくんたち兄弟の中で昔死にそうになってたのって、確かレオくんの方だよね?」
「まあ、俺は子どもの頃は身体が弱かったからな。だが、死にそうな方が必ず賢王ってわけじゃないだろ」
「それはそうなんだけどさ。……エルダール王家の裏に例の『呪い』の存在があると考えると、偶然や確率の問題では片付けられないような気がするんだよね……」
どうやらクリスは、そのエルダールの兄弟のありようが、『呪いの主』の意図によるものだと考えているようだ。
「裏で操るには、おそらく愚王の方が都合がいいんだ。となると、これまでの賢王の死には『呪い』の意図が絡んでいるはず。だとすれば、元々レオくんが賢王の資質で、ライネル陛下は愚王の資質を持っていた……?」
「兄貴が愚王の資質はねえだろ。んなことルウドルトに聞かれたら問答無用で切りつけられるぞ」
「いや、だから、あくまで昔の話だよ」
そういえばクリスは、レオが全く魔力を持っていないことや、当時唐突に死の淵から蘇ったことに疑問を持っている。
だから余計に、レオとライネルの昔の出来事が気になるのかもしれない。
「以前から不思議に思ってはいたんだ。前国王にとって出来た息子は比較される対象であり、本来なら煙たい存在なのではないかと。……だが、当初は自分と同じ愚王の資質を持つ子どもだったとしたら? そして当時のライネル殿下が、父王が愚かだと信じ込むに足る、同志であると判断されるような愚行を冒していたとしたら……?」
クリスは独り言のように呟く。
「……おそらくどこかで大きな転換点があったんだ。多分、レオくんも知らない……。とすれば、やはりライネル陛下か……」
妙にレオとライネルの過去を気にしているが、今は兄弟二人、何の問題もないのだからどうでもいい。
レオはそのまま長考に入ってしまいそうなクリスを遮った。
「俺と兄貴の昔のことなんてどうでもいいだろ。本題に戻るぞ」
「んー……これこそがかなり根幹の問題の気がするんだけど……ま、確かに今は考えても無駄かな。ごめん、禁書の話に戻ろう」
そう、今必要なのはジアレイスに対抗しうる情報だ。
魔研とガラシュの結びつきがどんなものなのか、詳らかにする必要があった。




