兄、リインデル焼き討ちに関与した魔族と禁書を探る
30年前のリインデルの焼き討ちが、ジアレイスたちの仕業だったかもしれない。
その推論に、ウィルも同意した。
「可能性は高いと思います。そもそも当時、リインデルが魔界と繋がりを持ち、世界に関する重要な書物を保有しているなどと、知っていたのは王宮の上部の者だけです。前国王がその伝手から、リインデルに大精霊に係わる重要書物の引き渡しを依頼していたというのはあり得る話かと」
「……だけど、リインデルの知識は完全機密事項だ。当然、その情報の私的流用を認めていなかったし、開示もしない。もちろん、相手が皇太子でもだ。間違った使い方をすれば大きく世界を揺るがすからね」
「つまり、リインデルは前国王の依頼を蹴ったってことだよね。……それに怒って、ジアレイスの出番かあ」
「……まあ、親父の親友で居るためには、ジアレイス自体もその情報は何が何でも手に入れたかっただろうからな」
リインデルの知識を手に入れ、自分より上の存在をどうしても消したかった父王と、どんな手段を使ってでもその望みを叶えることで、王の親友という座を守りたかったジアレイス。
傲慢な二人の思惑がリインデルの焼き討ちに繋がったのか。
それを聞いていたネイが、怪訝そうに首を傾げた。
「でも、当時まだ学生だった前国王とジアレイスで……多少の取り巻きを連れてきたとしても、奴らだけで一つの村を住民もろとも完全に焼き払うなんて難しいよね? 火が回るまでに、絶対何人かに逃げられるもん」
「そうだね。あの状況を人の手で作り出すとしたら、かなりの人海戦術でないと無理だ。それに、学生の時分でその大量虐殺を平気で自ら執行できる人間なんてそういない。……私が思うに、実際手を下したのは魔族だ。それもかなり高位の」
そう言ったクリスの瞳に剣呑な光が宿る。
やはり彼はリインデルの村を襲った仇として、魔族を強く敵視し、嫌悪していたのだ。
「村一つを一瞬で丸々火の海にするには、強大な魔力が必要だ。当然、魔法自体も強力でなければならない。……おそらく使われたのは闇魔法で最大火力を誇る、煉獄の浄火。使える者が限られた大魔法だよ」
「煉獄の浄火……」
暗黒児と呼ばれていた頃のユウトも使っていたから、レオはその威力を知っている。
点ではなく面から炎が吹き上がる、問答無用の全体殲滅攻撃だ。
もしもリインデルを襲った魔族がその魔法を唱えたのだとしたら、誰も逃げ果せる者がいなかったのも頷ける。
「……クリスさんの言う通りだとすると、じゃあジアレイスたちは魔族を召喚してリインデルを襲わせたってこと? 学生だった奴らがそんなすごい魔族と、どうやって召喚契約したのかね」
「それは分からない。でも、正式な段階を踏んだ通常召喚ではないと思う。降魔術式に近い、禁書を使った契約なのかもしれないな」
「禁書を使った契約か……。まあ、魔法研究機関にはその類いが結構あるからな。親父がそれを持ち出した可能性はある」
王宮と同じ敷地にある魔法研究機関は、当時から各地で発見された禁書や魔書を所蔵し、管理・解読していた。
もちろん危険なものも多いため、それらは厳重保管されていたはずだけれど、そこをどうにでも出来るのが皇太子の権力だ。
奴は私憤と私欲によってそれを使い、リインデルを壊滅させた。
自国の民を自分の意思で大量虐殺した父王は、その時何を思っただろう。そして、共にその悪行を成したジアレイスは。
どうあれそれが前国王にとっての転機だったことは間違いなく、その昏い秘密を共有する間柄となったジアレイスもまた、歪な繋がりを強くすることとなったのだろう。
「奴らが契約してリインデルを焼き払わせた魔族は、ガラシュ・バイパーか? おそらく実力的には相当するよな。他の祠を護らせてた魔族と違って、ジアレイスたちとの付き合いも長そうだし」
「確かではないけど、私もその可能性は高いと思う。……魔法研究機関に禁書持ち出しの記録が残っていれば、その相手と契約内容が分かるかもしれないね」
「魔法研究機関か……。持ち出しの記録……あ、もしかして……!」
クリスの言葉を聞いたネイがはたとレオを見た。
「レオさん、以前キイとクウの父親は魔法研究機関の所長で、国王に対する反逆罪で討伐されたと報告しましたよね」
「ああ。おそらく親父にとって何か都合の悪い情報の報告か讒言をしたんじゃないかと……ん? 待て、もしや、その所長が手に入れた情報って……」
「過去の、前国王による禁書の持ち出し記録だったのかも」
ネイが言うと、ずっと話を聞いていたウィルがふむ、と頷いた。
「魔法研究機関から禁書を持ち出す場合、間違いなく所長の許可が要りますよね。当然その持ち出し記録は取っているでしょうし、その直後にリインデルの焼き討ちがあれば、当時の所長はその犯人にすぐに気が付いたはず……。もちろん保身のために口外はしないでしょうが、秘密裏に報告書を作っていたとしてもおかしくありません」
それにクリスも同意して頷く。
「そうだね。私も魔法研究機関に出入りしてるから分かるけど、魔書や禁書を部屋から持ち出す場合は必ず記録を取るし、戻した時も記録をするんだ。その禁書はおそらく戻ってこなかっただろうし、だとすれば所長が始末書なりなんなりで持ち出しの後始末をしないといけなかったはずだから、書類が残っていた可能性は高い」
「その所長から代替わりして、キイとクウの父親が隠された秘密の書類を見付けちゃったんじゃないかな」
「それを問いただしに行ったところ、発覚を恐れた親父に家ごと潰されたってことか……」
一晩で村を一つ焼いた経験があれば、一族を一つ潰すぐらいもう何とも思わないのかもしれない。
父王もジアレイスも、おそらく30年前のあの日、人間として大事なものが壊れてしまったのだ。
もちろんそれはどこまでも傲慢な二人の自業自得で、何の憐憫も浮かびはしない。
それよりも、キイとクウの父親が残してくれたかもしれない貴重な情報を掘り起こす方が、ずっと重要だった。
「……もしもキイとクウの父親が、親父の持ち出した禁書について直談判に行ったとしたなら、事前に事情を詳らかにするためにどんな種類のものなのか調べていたはず……。それについてまとめた書類が、ここにあるかもしれん」
そう、彼の作った書類はジアレイスたちによってリインデルの書庫に隠されてしまっていたが、今はレオのポーチの中にあった。




