兄、ディアと父王の関わりを聞く
「親父が神を作って、何の得があるっていうんだ……?」
エルダールにはすでに神にあたる創造主、大精霊がいる。
なのに父がなぜ新たな神を作るというのか。
首を捻ったレオに、ウィルが話を続けた。
「その前に、前国王について少しお話ししておきます。レオさんは分かっていると思いますが、前王はジアレイスと違って、全ての者の頂点に立ちたい性質でした。下の者は全て己を敬うものだと思っているし、逆らうことなどありえないという傲慢な思い込みの持ち主です」
「確かに前国王って、全ての民は自分のために働く駒って考えだったね。下の者は王に尽くすのが当然だって。それに反発した住民はすぐに騎士団に排除されていたよ」
「レオさんのことは強すぎて排除できなかったですけどね」
「俺は反発した覚えはねえ。親父のことなんて興味もなかったのに、あっちが勝手に被害妄想でびびってただけだ」
「まあ、レオさんは特殊な事情なので除外するとして」
逸れかけた話題を、すぐにウィルが修正する。
「そんな国王にも唯一、さらに上の存在がいました」
「……大精霊のことだね?」
「そうです。この世界における神にあたる方です」
「まあ、世界の創造主と建国者の子孫じゃ、さすがに格が違うよね~。存在からして比べるべくもないでしょ」
「……だが親父には大精霊なんて見えていなかったはずだし、その声が聞こえるわけでもない。あいつがわざわざ気に掛けることなんてなかったんじゃないのか?」
「本来ならそうだったでしょう。……しかし前国王の比較的近くに、大精霊の代弁者がいたのです」
大精霊の代弁者、と言われて、レオははたと思い当たる。
そもそも、見えないはずの精霊と話ができる人間は稀少だ。それも大精霊と直接会話できる者などほとんどいない。となると、該当する人間は自ずと限られる。
そこに前国王の比較的近くにいた者という条件を合わせれば、もはや疑いようもない。
大精霊の代弁者とは、父やジアレイスと同年代で、同じ魔法学校内にいた特別講師のあの女性だ。
「ディアか……!」
「はい」
レオの答えに、ウィルが首肯する。
どうやら彼はディアのことまで色々知っているようだ。
元々彼は、ジアレイスについての話をマルセンに聞きに行った時に、精霊使いディアの話を聞いていたらしい。
その後ディアがレオたちによって救出されたので、ウィルは彼女にも話を聞きに行っていたのだ。
「ディアさんはどちらかというと、ジアレイスよりも前国王との関わりが主だったようなのであまり注視していなかったのですが……。ジアレイスの行動原理に前国王が係わっているとなると、彼女とのやりとりも色々繋がってきますね」
「ウィルくん、ディアさんと前国王の関係っていうのは?」
一人、自分の思考展開に納得しているウィルに、クリスが訊ねる。
それに対し、彼は端的に答えた。
「講師と生徒です」
「……ん? それって、何の特別な関わりでもなくない?」
横からネイが突っ込む。確かに、その単語だけ聞くと何の変哲もない関係性だ。
しかし、ウィルは首を横に振った。
「当時、他の教師陣は皆『皇太子殿下とそれに仕える貴族』という関係だったそうです。前国王の機嫌を損ねないようにおもねり、特別扱いをするのが常で、ディアさんのように普通に『講師と生徒』という立場を取る人間はいませんでした」
「……それって、皇太子の間違いを指摘したり素行を注意したりする人間が、ディアさんしかいなかったってことかい?」
「そういうことです。だから前国王は、ディアさんのことをずっと煙たく思っていたようです」
慢心する自分を叱ってくれる唯一の相手だというのに、前国王はディアに対する感謝は皆無だったようだ。
……まあ、そんな殊勝な心を持っていたら、そもそも5年前のようなことにはなっていなかっただろうけれど。
「……ディアは親父のことが怖くなかったのか? おそらく機嫌を損ねたら、すぐに難癖を付けて牢に放り込もうとしただろ」
「それに関しては彼女は当時から『大精霊の代弁者』、精霊使いとしても働いていたので、さすがに前国王の一存で消せる相手ではなかったんです。神たる大精霊に仕えるディアは、一部の市井の者からは国王よりも上の存在として認識されていましたので」
「確かに、やりたい放題の前国王も、後ろに神がいるんじゃ中々手は出せないよな~」
大精霊の代弁者を消すなどということは、神に逆らうも同然だ。
ディアの方が地位が低かったとしても、その存在価値としては彼女の方が王よりもずっと上。
……なるほど、何者よりも上にいたい父王がディアを煙たがっていた一番の理由はそこか。
「しかしそれでも、彼はある時ディアさんを上から蹴落とそうと、行動に移しました」
「……それってもしかして、ジアレイスに命じて大精霊を祠に封印させたことかい……? そうか、私は今までジアレイスの行動の時系列がおかしいと思っていたけど、前国王の指示でやっていたことならつじつまが合うね」
ふむ、とクリスが考えながら顎をさする。
一方でレオは、彼の出した回答に目を丸くした。
「待て、つまり当初の大精霊の封印は、エルダールの破壊とは無関係になされたことだったというのか……!?」
「多分そういうことだよね。……ディアさんが大精霊の一部を救いにゲートに入って罠に掛かったのが20年前。大精霊が封印されたのはその少し前だろう。ここ5年なら分かるけど、なぜその頃にジアレイスが大精霊を封じる必要があったのかと思っていたんだよね」
クリスは得心が行ったと頷く。
同じようにレオもここで幾らかの疑問が解けた。
大精霊の解放をしに祠を回っている時も、思いの外魔研からの妨害がなかったのは、この封印が死守するほどではないただの過去の副産物だったからなのだ。
バラン鉱山で魔尖塔が出た時も魔研が何も行動を起こさなかったのは、元々自然発生的な魔尖塔の出現を狙っていなかったから。
前国王がいない今となっては、大精霊の復活とディアの復帰はジアレイスにとってはそれほど問題ではなかったということだ。何とも忌々しい。
「……無茶を望む愚かな王と、その親友の地位を護るためにどんな手を使っても望みを叶えるジアレイス……。こっちも、ある意味『最悪に相性の良い相手』だな」
「どんな手を使っても、か……」
レオの呟きに反応したクリスの表情が、何を思ったのか少々険しくなった。
「……手を尽くしたところで、非常識で無茶な願いを叶えるなんて、知識がなければ出来ないものは出来ない。ジアレイスが当時からその特異な知識を手に入れていたとするなら、どこからだろう?」
「当時……20年前か?」
「いいや、私は前国王がディアさんを失脚させたいと思っていた当時……30年前からだと考えるのだけど」
「は? 待て、30年前って……」
30年前、どんな手を使っても前国王の望みを叶えるために、ジアレイスがしたこと。
そこからの答えは、レオの脳裏には一つしか出てこなかった。
今までずっと、学生の時分でまさかジアレイスたちがそんなことを、と思っていたけれど。
「まさか奴らが本当に、リインデルの焼き討ちを……!?」




