兄、魔研が塔に呼び出そうとした魔物の名前に驚く
「聞きたいことは色々あるが、まずは奴らが魔尖塔もどきで何をしようとしていたかだな。その真下に配置した降魔術式でガラシュを呼び出し、捕らえてどうする気だったんだ?」
あのまま放置していたら事態は建国祭より前に動き出し、当日には手遅れになっていたかもしれない。ウィルがわざと失敗してしまえば不成立とはなるが、その場合は彼が犠牲になっていた。
考えてみれば、かなりまずい状況だったと思う。
とりあえず、ウィルが外れたことでその危険は一旦取り除けた。が、だからと言ってまだ安心はできない。
レオはまずその目的と詳細を訊ねた。
「ガラシュの魔力を呼び水にして、あの塔のてっぺんに『おぞましきもの』とかいうのを呼び出すつもりじゃないかとキイとクウが言っていたが、どうなんだ?」
「……残念ながら私は新参者な上に、彼らに目下の者として扱われていましたので、仲間として話の輪に入っていたわけではないのですが……」
引っ張って行かれたものの、どうやら彼は、ジアレイスたちと目的を共有していたわけではないようだ。まあ、奴らの選民主義は今に始まったことではない。
しかし、その頼りなさげな科白とはうらはらに、ウィルの視線と声は確信に満ちていた。
「それでも、私が逆らえないと考えているからこそ、私の前で不用意に交わされた会話と、ジアレイスの鍵付きの書棚にあった書物から大体の推考はできたつもりです。それを踏まえてお聞き下さい」
「それで構わん。続けろ」
ならばいい。レオはウィルの観察眼と考察力を買っている。
その彼が自信を持って口にする事柄は、当然信用に値するだろう。万が一間違っていたとしても、そこは信用した自分の責任だ。その覚悟がなければ他人の意見など取り入れられない。
レオは改めてウィルに訊ねた。
「魔研の奴らは、あの塔に『おぞましきもの』を呼ぶつもりなのか?」
「いいえ」
明瞭な否定の言葉が返ってくる。しかし、すぐに補足が入った。
「とはいえ、あながち間違いでもありません。『おぞましきもの』を呼び寄せることは彼らの最終的な目的らしいので。……ただ、あの塔に呼び出すのは別のものです」
「魔研の最終目的が『おぞましきもの』を呼び寄せること……。奴ら、本当にこのエルダールを滅ぼすつもりなのか……。元々予想はしてたが、とんでもない狂者どもだな」
「ウィルくん、じゃあ彼らがあの塔に呼び出そうとしてたのは何なんだい?」
クリスが訊ねると、ウィルは心得ているとばかりに一つ頷いた。
「それは、その実力が大精霊に匹敵するほどの、強大な存在です。……彼らが呼び出そうとしていたのは不老不死の竜グラドニ」
「……グラドニだと!?」
思いも掛けない名前。
それが出たことに、レオは驚愕した。
グラドニは5年前、レオが持っていたドラゴンオーブを使って肉片からの復活を遂げた古の竜族だ。
レオとユウトを日本に送ってくれた恩人であり、今は竜の谷にいるはずだった。
「グラドニは確かに強大な存在だが……あいつを呼び出して何をする気だったんだ……?」
「新たな世界で『神』を作るための土台にするつもりだったようです」
「新たな世界って……もしかしてユグルダが消された時に、俺が取り戻しに飛んで行ったとこ? あそこの『神』……? つうか、神様って作れるもんなの?」
怪訝な顔をするネイに、横からクリスが答える。
「魔界の文献で読んだことがあるけど、数多ある別世界の中には、実体を持つ創造主というものはいるらしいよ。元々の創造主が自ら実体を持つ者と融合することもあれば、実体を持つ者が創造主を廃して成り代わるということもあるみたいだね」
「えええ? 他のやつが創造主に成り代わるなんて可能なの?」
「相応の魔力があればね。とはいえ、そういう世界は総じて長続きしないみたいだけど。……それでも、『神』になりたい者っているんだよね」
グラドニを土台として作る『神』。『神』になりたい者。
それを聞いて、レオは不意に5年前のことを思い出した。
魔研に囚われたユウトを救い出しに行った時に見た、祭壇のような部屋のことをだ。
ジアレイスたちは当時、グラドニの肉片とユウトを使って何かをしようとしていた。ユウトのことを『依り代』と言っていたのも覚えている。
もしもあれが、グラドニの『不老不死』とユウトの『強大な魔力』を利用しようとしていたものだとしたら。
(ジアレイスは当時から『神』を作ろうとしていた……?)
もちろんまだ状況からの推察の域だが、その可能性は拭えない。
だが、当時からその『新たな世界』があったとも思えない。……では、この世界に新たな『神』を作ろうとしたのだろうか?
……答えを出すには、まだ情報が足りなすぎる。
レオが悶々と考えていると、今度はネイが疑問を投げ掛けた。
「グラドニの逸話って聞いたことあるけど、魔耐性がものすごく高いんじゃなかったっけ? 呼び出したところで使役状態はすぐに切れて、反抗されそうじゃない?」
「そうだね。古竜って創世紀に設定されたぶっ壊れチートステータスだから。混沌とした世界を治めるための上位種だったらしいからね」
「はい。そのぶっ壊れチートを押さえつけるための、あの『魔尖塔』もどきです」
そう答えたウィルは、視線をクリスに向けた。




