弟、アシュレイたちと席を外す
レオたちが荷台で話をしているうちに、馬車はクリスの拠点に到着した。
「クリスさんのお家に着いたよ」
まだ停車する前からユウトが御者席から顔を出す。
すっかりアシュレイの自動運転・自動車庫入れにおまかせだから、前を気にしておく必要がないのだろう。
「ユウトくん、御者代わってくれてありがとうね。助かったよ」
「僕はここに座ってただけですよ」
「いやいや。ユウトくんが御者席にいるだけでアシュレイのやる気も走りの丁寧さも違うもん。ユウトくんがいてくれて良かった」
ネイがそう言って立ち上がる。同時に馬車も止まり、レオとウィルも立ち上がった。
「ウィル、一応建物に入るまではマントを被れ。狐、貴様はウィルと一緒に先にクリスのところへ」
「はい」
「了解でーす。レオさんは?」
「俺には御者席から降りるユウトを抱き留めるという大役がある」
「……ユウトくんが荷台側から降りてくれば良くないですか?」
「ああ? アシュレイのハーネスを外しに行くのに遠回りになるだろうが」
「遠回りねえ……」
まあもちろん、レオがユウトを抱き留めたいだけだ。
それが分かっているネイは口端にぬるい笑みを浮かべている。
妙な温度差のある二人のそんなやりとりを見ていたユウトが、ぱちりと目を瞬いた。
「レオ兄さん、御者席に昇降用のはしごがあるから、僕ひとりでも平気だけど」
「ん? 今度壊しとくか?」
「えええ、何で!?」
「ユウトくん、あのはしご高くて危ないから、レオさんに受け止めてもらって。そうでないとこの後が怖い」
「はあ……? ん、じゃあレオ兄さん、お願い」
「うむ」
レオはネイたちを放って先に荷台を降りる。
そして御者席側に回り、エルドワを抱えたユウトの元に駆けつけた。
「よし、来い」
「うん」
兄が両手を広げると、ためらいなく飛び込んでくる弟。この信頼と情愛を感じる瞬間がこの上なく嬉しい。
エルドワごと腕に抱えたユウトを、一度ぎゅっと抱き締めてから解放する。
とは言えいつものことだから、ユウトも特に気にしなかった。
そのまま兄にエルドワを預けて、弟はアシュレイのハーネスを外しに行く。そこで改めて周囲を見回した。
「ここ、初めて来た時と比べるとずいぶん綺麗になったね。この馬車小屋もよく整えられてるし」
「アシュレイが修繕頑張ったんだろ。クリスが不在の間、ずいぶん作業してたみたいだからな。庭造りもできるし、図体はデカいが器用な男のようだ」
「そっか。すごいね、アシュレイ」
褒めるようにユウトに身体を撫でられて、馬はヒヒンと嬉しげに鳴いた。
それからユウトがハーネスの留め金を外し始めると、その手が届くように大きな身体を屈めてみせる。何とも従順だ。
これがレオだとアシュレイは途端に萎縮してしまう。最初に脅しすぎてしまったのが原因だろうが、まあ仕方がない。
おかげで彼のハーネスを外すのは、主にユウトの仕事になってしまっていた。
「はい、外れたよアシュレイ。もう人化していいよ」
「……ありがとう、ユウト」
「こちらこそ、ここまで馬車を引いてきてくれてありがとうね」
「ええと……、どういたしまして」
褐色の肌を持つ大男は、微笑むユウトに礼を言われただけで幸せそうな顔をする。
この弟相手に卑屈な返しは禁物なのだ。おかげでその礼をきちんと受けることを覚えたアシュレイは、だいぶ自分に自信がついてきたようだった。
「俺はユウトのためならどんなところでも馬車を引いていく。いつでも言って欲しい」
「うん、ありがとう。頼りにしてる」
「ああ」
大好きな主に頼りにされれば、アシュレイの志気は上がる。
今後もまだまだ馬車には活躍してもらわなくてはいけないのだから、好ましい変化だ。
彼は少し誇らしげな様子でユウトとレオを先導した。
「では、こっちへ。ネイたちは正面扉から入って行ったが、この馬車小屋の奥にも中に通じる扉があるんだ」
「あ、ホントだ。……アシュレイ、この反対側の扉は?」
「そっちは納屋になっている。今は農作業用の道具や、調達してきた修繕用の資材なんかが入っている」
「納屋もあるんだ。ここだけでも結構広いね」
「ああ、家の中も広い。以前はクリスが仲間と五人で使っていた拠点だという話だし」
言いつつ、アシュレイは扉を開けて中に入っていく。
レオたちもそれに続いた。
入ってすぐは小さな物置みたいな場所だったが、そこから出ると廊下で、各部屋と繋がっている。確かに広い。
その部屋の一つの扉を、アシュレイはノックした。
以前レオが来た時にクリスと話をしたのと同じ部屋だ。
その扉が開くと、中には先に来ていたネイとウィル、それからクリスとキイクウがいた。
「いらっしゃい、レオくん、ユウトくん、エルドワも。キイくんとクウくんが君たちを待っていたよ」
「レオ様、ユウト様! お久しぶりです」
「クウたちはジラックから戻って参りました」
すぐに椅子から立ち上がったキイとクウが、レオたちの側にやってくる。問題なく帰って来れたようで何よりだ。
これまで敵地の悪環境で情報収集をしてくれていた二人を、レオは労った。
「お前たち、ご苦労だったな」
「こんにちは、キイさん、クウさん。ご無事で良かったです」
「皆様も、お元気そうで何よりです。さあレオ様、こちらの席に」
「ユウト様も」
キイとクウに促されて、レオたちはクリスたちが待つテーブルに着く。
全員座ると結構な人数だ。
だいぶ窮屈になったテーブルから、アシュレイが席を外した。
「俺はユウトに従うだけだから、話し合いに加わる必要はない。厨房で茶の準備をしてくる」
「あ、だったら僕も行くよ。アシュレイだけじゃ大変だし」
「アン!」
「ではキイもお手伝いに参ります」
「そうですね。レオ様、クウたちの報告は後で。狐たちとのお話を先になさっていて下さい」
思いがけず、芋づる式にユウトたちが席を立つ。
いっぱいだったテーブルは一気に空いてしまった。
「ユウト、やけどに気を付けろよ」
「うん、分かってる。ちょっと行ってくるね」
この家には独立した厨房が存在するようで、アシュレイを先頭にして、ユウトたちは部屋を出て行った。
レオたちはそれを見送って、扉が閉まるのを見届ける。
結局ここに残ったのは、レオとクリス、そしてネイとウィルだ。
ユウトたちの足音が去ると、クリスが小さく笑った。
「ふふ、ユウトくんは優しいね。アシュレイが一人だけ外れちゃうのを放っておきたくなかったんだろうね」
「しかしエルドワは当然としても、キイとクウまでついていくとはねえ。まあ一度に報告なんてできないし、俺たちに気を遣ったのかもしれないけど」
「ユウトを向こうにしばらく止め置いてくれるんだろう。今のうちにユウトに聞かれたくない報告を済ませるぞ」
アシュレイのおかげで自発的にユウトが席を外してくれたのは僥倖だ。レオはすぐに本題に入ろうとする。
しかし、ウィルだけがユウトたちの消えた扉を見つめたまま、何か思案している様子だった。
「……どうした、ウィル?」
「……ユウトさん今、わざと出て行きましたよね?」
「ん?」
ウィルの言った意味がよく分からずに訊き返す。
すると彼は扉に向けていた視線をレオに向けた。
「さっきの馬車でもそうでしたけど、ユウトさんは意図的に席を外しています」
「意図的に……?」
「……それって、自分がいるとレオくんが込み入った話をできないと知ってるってこと?」
「あー、でもレオさん、元々ユウトくんには余計なことを知る必要はないってスタンスだったもんね。そういえば彼、最近は自分にも情報教えてって言わなくなりましたね」
そういえば、以前はよく話し合いに混ぜろと言っていたが、今はめっきり言わなくなった。
「ということは、ユウトは俺たちの話がスムーズに進むように、わざと席を外しているのか……?」
「そこまでは私にも分かりかねますが」
「まあ、ユウトくんが分かってて席を外してくれてるなら、レオさんとしては問題ないんじゃない?」
「……まあな」
「問題ないかもしれませんが……しかし、少し違和感がありますね……」
ウィルはそう言って、また何かを思案した。




