兄、大精霊の恩恵を受けたネイを保留する
余程レオに言いたくなかったのか、ネイは不承不承といった様子で口を開いた。
「俺が大精霊を視認できるのは、俺の中にあのひとの魔力が残っているかららしいです」
「……ん?」
大精霊の魔力がネイの中に残っているとはどういうことか。
それだけでは話が見えずに、レオは眉を顰めた。
「何で魔法使いでもない貴様が大精霊の魔力を受けてんだ」
「それなんですが……ほら、ユグルダ攻略の時ジードが妙な術式を発動しようとして、それを阻止するために大精霊に身体を貸したって話、したでしょ?」
「ああ、空間転移を強制的に解除されて、結局発動しなかったやつか」
その後、ネイは後遺症で丸一日身体が動かなくなり、雪の中に放置されているところをエルドワに見付けてもらって帰ってきた。
大精霊の姿もそれ以降見ていなかったわけだが。
「その時、俺の身体から大精霊が無理矢理引きはがされたんですよ。だから、そのせいで発動されなかった魔法の魔力が回収されずに、そのまま俺の中に残っちゃってるんですって」
「回収されずに……? ん、待て? もしかして大精霊の欠損している魔力ってのが、貴様の中にあるってことか……?」
「まあ、そういうことになります」
大精霊が、わざわざ自ら世界のルールに抵触してまで発動しようとした術式。そこにどれだけの魔力が注がれていたかは分からないが、並の量でないのは確かだ。
あの大精霊が『完全体ではない』と言うだけの割合の魔力量が、魔法も使えないこの男の体内に蓄えられているとは。
「何という無駄、宝の持ち腐れ! そんな膨大な魔力なんぞ貴様が持っていても意味がないだろう! この世界のステータスに関わるのだから返してこい!」
「俺も返すって言ったんだけど、何か簡単には戻せないんですって。しばらくこのままでいろって」
「そんなもん、貴様が死ねばいいだけの話じゃないのか?」
「あーほら、絶対そんな展開になると思ってた! だから言うの嫌だったんですよ~! 剣に手を掛けるのやめて下さいって!」
レオの性格が分かっているネイは、予想通りの展開に嘆く。
もちろん問答無用で殺すようなことはないが(ユウトに怒られるから)、必要ならやりかねないからだ。
「さっきユウトくんに俺のこと大事にしろって言われたばっかりなのに」
「俺はユウトしか大事にしない」
「ですよね~知ってた」
ネイがため息交じりに肩を竦める。
するとこの話を端で聞いていたウィルが、ネイに質問をした。
「ネイさん。大精霊の魔力があることで、貴方自体に何か変化はないんですか?」
「変化? ……自分じゃよく分かんないんだけど、大精霊は俺にとっては『メリットの方が大きい』と言ってたよ」
「ということは、何か明らかな恩恵があるんですね」
「恩恵ったって、魔力を受けたところでこいつは魔法が使えないんだぞ」
「もちろんそんなことは大精霊も分かった上で言っているのでは? 一体どんな恩恵なのか……その内容が何か分かれば、今後の戦略の幅が広がるかも知れません」
まあ確かに、恩恵の内容によっては使えるかもしれない。
たとえばネイが大精霊との中継地点になって、ユウトに精霊の加護を与えることができるとか。
もしくは主精霊から弟を護る力を借りることができるとか。
そう考えれば、世界よりユウトを護ることが最優先のレオとしては、その力を無理に返す必要性を感じない。
結果、レオはその手を剣の柄から離した。
「……まあ、どんな恩恵があるか分かるまでは保留にしとくか」
「そうして下さい。ネイさんの戦力は今後のことを考えても貴重ですから」
「うう、ウィルくんありがとう……。あーとっとと死ぬ以外での魔力の返し方見付けなくちゃなあ……。全くユグルダでジードと戦ったせいで、面倒なことになった……」
ネイがうんざりといった様子で独りごちる。
その言葉を聞いて、そういえばとレオは別の話題を口に乗せた。
「そのジードだが、つい昨晩こちら側の仲間……いや、知り合い? みたいなものになったんだった」
「……は?」
「ユウトがあの男に懐いてしまったから、貴様がジードと戦った話は内緒にしておけ。ユウトが気にしてしまう」
「え、ちょ、ちょっと待って。は? 何がどう展開すればそういう話になるんですか!?」
「……まあ、俺も未だにこの展開が解せない」
そう言いつつも、レオはガントとリインデルでのことをネイに話して聞かせた。
昨晩書簡ボックスで送った手紙には、ガントにいる時に降魔術式のサーチが回ってきたこと、リインデルにガラシュがいたこと、そのガラシュを狙ってジアレイスたちが降魔術式を仕掛けてきて、それをユウトが強制返術したことしか書いていない。
それ以外の、レオがあまり思い出したくないジードに関するあれこれを含む出来事を、全て伝えた。
その内容を聞いたネイが複雑そうな顔をする。
「ジードがユウトくん……いや、もゆるちゃんにツンデレ発揮とか笑えない……。歳の差いくつ? 見た目からして犯罪臭がぷんぷんするんですけど」
「さすがに恋愛対象として見てるわけじゃねえだろ。ラフィールもそうだが、どうもユウトは半魔からすると可愛くて何でもしてあげたくなる庇護対象になるようだ。まあ実際あいつは超可愛いから、気持ちは分かるが」
魔性が強いほど、ユウトへの傾倒は顕著になっている。
そこに何か意図を感じるけれど、とりあえず困る効果ではないから今は放っておいていいだろう。
「何にせよ、俺はジードには会わない方がいいでしょうね。完全に顔バレしてるし。……まあ、あいつと共闘なんてことにはならない限り、顔を合わせる必要もないですけど」
「そうだな。基本的に、ジードと会うのはクリスともゆるだけだ」
「そっか、エルドワもあの時子犬の姿でジードと会ってるから、付き添えないんですね。犬バレしちゃいますもんね」
面倒だからいっそ、ユウトの性別を含め全部バラしてしまいたい気もするが、そうしたらしたでその後が一層面倒だ。
そんなことになったら、主にユウトがものすごくジードを気に掛けることになる。元敵だからといって、一度仲間と認めた相手とあっさり手を切る弟ではないからだ。
性別を偽っていた負い目もあって、きっとジードを癒やしに奔走することになるだろう。
マジ無理。あんな男のために心を砕くユウトの姿など、レオは見ているだけで胃に穴が開きそうだ。
そう考えれば、黙っていた方がずっとマシだった。
「まあ、ジードに関しては、奴の持つ情報をクリスが引き出すまでの辛抱だ。戦力としては同族のヴァルドと比べても格段に落ちるから、アテにしていないしな」
「……あの男に関しては、ユグルダの民を使ってやってた怪しい研究なんかも気になるところですが」
「それもクリスに探らせる。とりあえずもゆるさえいれば、ジードがいきなりこの世界を揺るがすような何かをする危険はない」
「あー、ユウトくんが抑止力になってるんですね。……そう考えると、ほんとにユウトくんって世界にとって重要な存在なんですね」
「……そうだな」
認めたくはないが、もはや認めずに進むのは不可能。
レオはユウトの特異性に恐怖を覚えつつも頷いた。
弟が特別な存在だからこそ世界から護られているのも事実なのだ。ここに至っては是非もない。
このまま全てがユウトを最後まで護りぬいてくれることを祈りつつ、自分もまた最愛の弟を護っていくしかなかった。




