兄、ネイのことを訝しむ
「……大精霊!?」
「しーっ、レオさん声が大きい」
思わず素っ頓狂な声を出したレオを、ネイが口元に人差し指を当てて制する。
それを横で聞いていたウィルが、軽く首を傾げた。
「……大精霊とは、普通の人間には視認できない存在だったはずですが」
「うん、まあ、そうなんだけど。ちょっと色々あって、俺は見えるようになっちゃったんだよね。……でも今の主題はそこじゃなくて」
そこで言葉を止めて、ネイがレオに視線で伺いを立てる。
おそらくウィルがいるところで、どこまで話していいのか確認したいのだろう。
しかしそんなネイの思惑は、レオが反応を見せる前に即座にウィルに看破された。
「私が聞いてまずい話ですか? では耳を塞いでおきましょうか」
「うわっ、ウィルくん怖え~……俺の視線も読めちゃうの? 俺こういうの覚られない自信あったのに」
「視線だけでなく、言葉のちょっとした間や首の僅かな傾き、あごの稜線の変化で、ざっくりとした相手の思考は結構分かります」
「ウィルくん、ホントに素人?」
ウィルの類いまれなる観察眼と記憶力によって積み上げられたデータは侮れない。毎日のように冒険者ギルドの受付で幾多の人間と接してきた経験はダテじゃない。
そこから導き出された統計による彼の行動予測・思考推察を、レオはアテにしているのだ。
そこに魔研の残党たちのデータも入ったのだから、もはやウィルを戦略会議の中枢に組み込まないわけにはいくまい。
ならば、大精霊の話だって聞かせておくべきだろう。
「狐、構わんから子細を話せ。……ウィル、細かい補足や詳しい事柄は後で教える。とりあえず今はそこで聞いていろ」
「はい。分かりました」
「……子細ってことは、全部話して良いんですね? なら話しますけど。……まずは、これ言っといた方がいいかなあ」
子細の報告を指示すると、ネイは何故だか言いづらそうに頭を掻いた。
この後に及んで、何を言いよどむことがあるというのか。
レオはさらに言葉を急かした。
「何だ。さっさと言え」
「……はい。ええとね、大精霊なんですけども」
「ああ」
「まだ完全体に戻ってませんでした」
「……あ?」
大精霊が完全体に戻っていない?
すでに全部の精霊の祠は解放しているし、そうすれば完全に力が戻ると言っていたのは本人だったはず。なのに本来の力が戻っていないとは何の冗談だ。
「……ディアが『大精霊は復活して身体を取り戻した』と言っていたと、ユウトから聞いたが」
「確かに身体は人型になってました。でも、力の一部が戻ってないというか、取り戻せないというか……」
「力の一部? 何だそりゃ。今大精霊がひとりで勝手に動き回ってんのは、その力を取り戻すためなのか?」
「いえ、……それは取り戻すのが難しいとかで、しばらくそのままだそうです」
「はあ!? じゃあ、結局今は何をしてんだよ」
世界に対して直接干渉できないとはいえ、大精霊のステータスはそのままこの世界のステータスに反映される。
力の一部が戻っていないということは、つまり世界の魔力量の一部が欠損しているということだ。そんな状態だというのに、大精霊はそれを放ったまま何をしているというのか。
眉根を寄せて訊ねたレオに、ネイは若干声を潜めて答えた。
「大精霊は、『賢者の石』を探しているそうです」
「賢者の石……?」
賢者の石とは、たしか絵本などで見かける幻のアイテムだったはずだが。
「……実在するのか?」
「大精霊が探してるんだからあるんでしょうね」
「何に使うんだ、あんなもん」
絵本の内容は、賢者の石を手に入れてすごく賢くなった勇者が、知略によって国を救うような話だったと思う。
そんなものを大精霊が手に入れて何の意味があるというのか。
誰かに与えて、国を救わせる気だろうか。
そんなことを考えていると、黙って聞いていたウィルが横からその情報を付け足した。
「……賢者の石に関して、ジラックにいた間に読んだ書物の中に記述がありました。『賢者の石は、虚空の記録にアクセスし、操作するための鍵である』と」
「虚空の記録……魔界でいう『魔界図書館』の機密データか。この世界の全データベースと、過去から未来までの事象が書かれているという……」
「そうです。ただ、普通の人間が使うと脳内に流れ込む情報量に耐え切れずに精神が破壊され、自我が消えてしまうという話でした」
「うっわ、何それ怖い。それを大精霊が探してるってことは、どこかに封印されてるとか誰かが護ってるとかじゃないってことだよね」
賢者の石をどう使うつもりかは分からないが、どちらにしろネイのいう通り、その所在は大精霊にも分かっていないということ。
一体どうやって探しているのだろう。
もしもその辺の道ばたに放られていた場合、他の石ころと見分けがつくのだろうか。
「……まあ、ひとりで探してるってことは俺たちの手助けはいらないってことだろうからどうでもいいか。万が一賢者の石を手に入れた人間がいたところで、虚空の記録にアクセスする場所なんて誰も知らないだろうし」
魔界図書館の管理人ルガルも、データを操作する際には自ら図書館のアクセスポイントに赴いていた。虚空の記録にもそういう場所があるはずだ。
そして、その場所を知るものなどおそらく人間には皆無。ならばレオたちが気にすることではない。
……ただ、少し気になるのは、これをユウトに伝えるなという大精霊の真意だった。
「……大精霊は、賢者の石を探していることをユウトに告げるなと言ったのか?」
「ん-、どうなんでしょう。とりあえず、俺が大精霊と会ったこと自体を内緒にしてくれって言われたので」
「……内容的には告げたところで大したことない感じだが……。まあ、ユウトの気掛かりを増やす必要もないか」
「では、この話は大精霊の希望通り、内緒で?」
「ああ」
大精霊が自由に動いているにも関わらず自分に会いに来ないとなれば、ユウトは絶対気にする。
だったら最初から、ネイが大精霊に会ったこと自体を告げない方がいい。
現在大精霊がここにいないことで特に不都合はないのだし、問題はない。
が。
「しかし、何で大精霊はジラックにいたんだ? つうか、結局貴様は何で大精霊が見えたんだ?」
そもそも、のところに疑問が湧く。
普通に考えれば、大精霊がこちら側と話をするなら、精霊のペンダントを持つユウトかディアの元に行くのが当然だ。
それが、なぜかペンダントも持たないネイのところに行き、そしてネイには大精霊が見えていた。
つまり、この邂逅は必然だったということだ。
それを訝しんで問うと、ネイはあーあ、とでも言うように肩を竦めた。
「……あー、やっぱそのまま流してはくれませんよね……。俺のせいじゃないんだけどなあ」




