兄、幸運に恵まれる
「もうひとつ、魔法を同時発動した応用だ。最後の2つの魔石に残った魔力を使う」
「うん」
レオたちは少し歩いて、遠くの木に吸血コウモリがぶら下がっているのを見つけた。見通しが良い草原の側で、これ以上近付くと警戒されそうだ。
「ちょっと距離がありすぎない? 見晴らし良いし、魔法が避けられそう」
「普通に撃った魔法だと避けられるな。魔法は属性を持たせるとどうしても空気抵抗が出る。火力が大きくなればその分抵抗も大きくなるから、単体魔法ではある程度までしかスピードが上がらないんだ。距離があればあるほど避けられる可能性は高くなる」
「空気抵抗か。魔力の形を流線型にすれば少しはマシかな」
「そうだな。そして、それを2つ目の魔法で弾き飛ばす」
レオは両手の拳を魔力の形に準えて、こんなふうに、と片方の手で逆の手を押し出すように弾いて見せた。
「要はピストルで弾を撃ち出すようなものだな。1つ目の魔法の後ろで、2つ目の魔法を火薬代わりに炸裂させて弾き飛ばす。爆発による推進力を上手く魔法に乗せることができれば、かなりのスピードが出るぞ。普通の魔法しか知らない魔物なんかでは到底避けられない」
「なるほど。……ってことは当てる方の魔力も適当じゃ駄目だね。横や後ろに力が逃げたら意味がないし、真っ直ぐ当てないとちゃんと飛ばないし」
ユウトが口元に手を当てて考え始める。ここからは彼自身の魔力コントロールとセンスにお任せだ。レオは弟の隣で答えが出るまで待った。
「ん~……インパクト時のぶれとか、衝突面から横に逃げちゃう力とか、そういうのを防ごうと考えると銃みたいに魔力の筒が欲しいかも。空気抵抗による軌道のずれを少しでも解消するなら横回転も必要かな……」
言いながら、ユウトが筒を作るように手元を動かす。レオには見えないが、どうやら魔力で銃身のようなものを作っているようだ。
撃ち出す魔力がすでに指輪に充填されているからできること。これも指輪の効能と言える。
「……こんな感じかな? ちょっと撃ってみるね」
「ああ、やってみろ」
手を前に差し出して構えたユウトの前方に、風の魔法をまとった流線型の魔力の塊が現れる。そのすぐ後ろに凝縮された魔力が込められた。
「ええと、狙いはこうで……よし。……ん? これはエア・カッターじゃないし、なんて呼べば……。ま、いいか『食らえ!(仮)』」
都合のいい逃げ文句ができたようで何よりだ。いつまで(仮)を付けるつもりか知らないが。
そうして満を持して放たれた魔法。
パァン、という炸裂音と共に撃ち出されたそれは、一瞬で遠くのコウモリを撃ち抜いた。黒いシルエットがいくつかに散れて木から落ちる。
「一発で命中か。さすがだな」
「……でもちょっと失敗。後ろを塞がなかったから、推進力が少し逃げちゃった。後ろに壁を作っておけば、そこからの反発力も推進力に変えて、もっとスピード出たかも」
レオは初めてでここまで魔力をコントロールしきる弟に感心をしたが、当のユウトはちょっと不満らしい。すぐに改善点を考えるあたり、本当に勉強熱心だ。ユウトはまだまだ強くなる。
「まあ、それでも今回は十分だ。……とりあえず指輪の使い道はこんなところだから、後は色々試行錯誤して応用してみるといい」
「うん。分かった」
もうひとつ、指輪があるとユウトが道具なしで魔法を使ってもバレにくいという重要なファクトがあるのだが、それは告げる必要はないだろう。
「杖の方は?」
「そっちはこのレベルでは必要ない。治癒と補助魔法専用だからな。……でもまあ、少しだけ使ってみるか。基本的にこれらの魔法は『神の力』と言われる僧侶系のものでな。この杖は魔力をその『神の力』に変換するんだ」
「魔力と神の力って別物なの?」
「魔力は精霊への代償で、神の力は天使への供物と言われている。俺個人的には両方同じ魔力という括りで、精霊と天使のどちらの好みに合う魔力の質かという違いだけだと思っているが」
精霊も天使も結局世界に漂う霊体の存在で、同位体だというのがレオの持論だ。それぞれ、取引する相手と報酬が違うというだけの話。
おそらく魔工爺様も同じ意見で、だからこそその理論からこの杖を作ったのだろう。
「この魔石に魔力を通すことで、供物となる『神の力』に変換し、魔法を発動することができる。この魔石が回復、この魔石が治癒、この魔石がステータス上昇」
「3種類もあるの?」
「それぞれの魔法を司る天使が違うらしい。好みの供物に変換しないと力を貸してくれないんだよ。……そうだな、試しにステータス上昇で、俺に幸運アップを付与してみろ」
「ん。ええと、この魔石に魔力を通して……」
ユウトが杖を掲げると、変換された魔力がその先端で光の玉になった。攻撃魔法とはやはり質が違う。
「そしたら、その魔法を俺に当てればいい」
「幸運アップって判別されるの?」
「魔力を変換する時にそう念じてれば、勝手にその属性になる」
「ふうん、不思議」
弟が兄に向かって杖を振る。
ふわりと飛んだ魔法は、レオに当たると一瞬光ってすぐに消えた。
「……効いた?」
「そのはずだが。少し歩くか。幸運のおかげですぐに吸血コウモリが見つかったりするかもしれない。効果は3分程度だから、切れる前にな」
「うん」
幸運は目に見えての効果は分かりづらい。
レオはその効果を確かめようとユウトを連れ立って歩き出した。まあ、最初は四つ葉のクローバーが見つかる程度でもいい。
しかし、幸運を探して10歩も歩かないうちに、何故だかユウトがその場で固まってしまった。
それに気付いたレオが振り返る。
「どうした?」
「……今、足下を恐ろしいものが……」
地面を見る弟は酷く怯えた様子だ。怪訝に思ってその側まで戻ると、レオの足下でも何か黒いものが動いた。
「……ん? これはゴk……」
「駄目、言わないで! うわあ、そこにもいる!」
自分のすぐ後ろに黒いGの存在を見つけたユウトは、助けを求めるようにレオに飛びついた。それを抱き留める。
「えええ、こいつらってこっちの世界にもいるの!? 今まで見たことなかったのに! やだ、黒光りしてキモチワルイ! ひゃあ、飛んだ!」
兄の首にしがみついて涙目で喚く弟を、レオはとりあえず抱え上げた。
ユウトは日本にいる時も、Gが大の苦手だったのだ。レオに会う前、施設で恐ろしい目に遭ったと聞いている。詳細は知らないが。
Gは特に何をするでもなくレオの足下をうろうろしているだけなのだが、ユウトはそれだけでもビビりまくり、兄の首根にぎゅうぎゅうとしがみついた。
うん、可愛い。これは思わぬ役得だ。
(しかし、エルダールでGなんか見たことなかったんだが……)
そう考えて、はたと気付く。
……もしかして、これ幸運効果?
だとしたら、3分で消えるはずだ。
レオはしがみついてくる半泣きユウトを堪能しつつ、足下のGを観察した。
それにしてもこいつらって、何で逃げる時こっちに向かって飛ぶんだろう。
3分後、果たしてGはすうっと草陰に消えていった。
これは間違いない。ユウトの掛けた幸運効果だ。この世界にいないはずのGまで召喚するなんてすごい。供物として差し出した魔力が余程良い質だったのだろう。
「い、いなくなった……?」
足下から消えたGに、恐る恐るユウトが周囲を見回す。
「ああ、もういない」
少しもったいないが、これ以上怯えさせるのも忍びないので正直に告げる。
その言葉に安堵した弟の足を地面に下ろした。
「ご、ごめんね、レオ兄さん。魔物捜しにいくとこだったのに……幸運切れちゃったよね?」
「いや、全然大丈夫だ。むしろありがとうございます」
「……? 何が?」
レオの謝辞にきょとんと見上げたユウトの頭を、「何でもない」と撫でる。幸運最高。今度また機会があったら掛けてもらおう。
その後、普通に歩き回って見つけた吸血コウモリは、レオが試し切りであっという間に片付けた。
剣の切れ味もさすがに上乗で、今日の兄はすこぶるご機嫌なまま一日を終わらせたのだった。




