【一方その頃】ネイ、ウィルを見付ける
果たして、ネイが燭台を操作してすぐに目の前の壁が消え、入り口が現れた。
そこを通過すると術式によって再び壁は元に戻る。
こちらからの開け方が分からないが、それはまあいいだろう。どうせ帰りは転移魔石で戻るつもりだった。
ネイは気にせず周囲を見回す。
(さて、と……さすがに納骨堂内よりは明るいな)
魔研の拠点は広い洞窟のような趣で、いくつかに通路が分岐していた。
そのどの通路にもかがり火が焚かれていて、ネイはどこから進むべきか、その場で考え込む。
(ここからはもう罠はない……と思うけど、何か空気が淀んでるし、変なとこは触らないにこしたことはないよな。まずはウィルに会うのが先決だ。……右と左の通路には主に一人分の足跡しかないからそれぞれの個室か? となると真ん中の通路か)
真ん中の通路は明らかに複数人の足跡がある。ここが主通路と考えていいだろう。
次の分岐では右と真ん中の二つが個室らしく、左の通路が奥に繋がっていた。そこを、気配を探りながら慎重に進む。
そうして歩いているうちに、ネイはだんだん嫌な予感がしてきていた。
(……この通路、俺の方向感覚が間違ってなければ、あそこに向かってるよな……)
ジラックの地表の地図は、当然ネイの頭の中に入っている。そして、ネイはこうして地下を探っていても、大体自分の向いている方向や距離感覚を把握している。
それを合致させると、自分がどこに向かっているのか何となく見当が付いてしまった。
(……奴ら、もしやあの偽魔尖塔の真下で降魔術式を唱えてるんじゃないのか……?)
そう、この方向は間違いなく墓地。そして塔の立つ場所。
そこに近付くにつれ、対して魔力のないネイでも、ぞわぞわとした怖気に襲われる。
(……これはもしかすると、ユウトくんが降魔術式を返術してくれたおかげで大惨事を免れたのかも)
もしもここで降魔術式が成功していたとしたら、一体何が起こっていたのだろうか。
ウィルに会ったら問いただしたいところだ。
が。
(しかし、ここまで来ても人の動いてる気配がしない……。レオさんはウィルが降魔術式から一人だけ逃げられてるかもって言ってたけど、これは……)
ウィルが返術に巻き込まれていれば、今回ネイがここに来た意味がない。……いや、ここが拠点だと分かっただけでも収穫ではあるが、レオは納得してくれないだろう。
本当にユウト以外には心の狭い男なのだ。そんなぶれないところが気に入って自らの主としているのだから、今さらだけれど。
(考えてみればウィルは一般人だもんなあ。突然返術食らって、即座に動けるとは考えにくい。特にこういう予測不能の事態の時って、人間は状況を見定めるために一旦動きが止まって、逃げ遅れちゃうんだよね)
もちろん、ネイたちのように訓練された隠密や、レオやクリスのようにずば抜けた危機回避能力があれば別だ。しかし、ウィルにそれを求めるのは酷だろう。
もはやネイの予感では十中八九、ウィルも降魔術式の返術に巻き込まれている。
この先はそれを確認する作業と言えた。
通路は途中から完全な一本道となり、件の場所に近付いていく。
明らかにそこを目指して掘られた横穴は、一際奥まったところでいきなり開けた。
(うっわあ……)
大きな広いフロア。そこに、天井から床に突き抜けるように八本の黒い柱が円を描くように立っている。
おそらくあれは真上にある偽魔尖塔の柱。
そしてその柱で囲われた円の中央に、降魔術式の魔方陣と、無数のうごめく魔手が見えた。なかなかに気色が悪い。
さらに少しだけ近付いて確認すると、ジアレイスたちを押さえつけて拘束しているのだろう、魔手が重なり合って盛り上がった黒い山が四つ見える。レオからの報告が合っていれば、あの一つだけ他と少し離れた山がウィルか。
(あー……やっぱり逃げ切れずに巻き込まれてる。……あれ、でも何か、他の奴らと比べて……)
これは駄目かと諦めかけて、しかしふとその様子がおかしいことに気付く。
黒いローブを着ている上に暗がりで分かりづらいが、明らかにウィルを襲っている魔手の数が少ないのだ。
ジアレイスたちはその身体が魔手に覆われて全く見えない状態だが、ウィルだけはその姿が視認できる。
(何でか分かんないけど、これならどうにかなるかも……?)
ネイは足音を立てずにウィルのところに近付いた。
まあ、足音を立てたところで今のジアレイスたちにはバレそうもないが、魔手がどう動くかも分からない。
このうごめく無数の黒い手が、いつ自分に向かってくるかも分からないのだ。慎重に動くに越したことはないだろう。
(聖水とか効くのかなあ。さすがに禁忌術式レベルになると難しいか……)
ウィルを方陣から引っ張り出す手段を考えながら、ネイは近付けるぎりぎりのラインを探した。
数センチずつ、じわじわと距離を詰めていく。
すると、何故だか魔手が妙な動きをした。
近付くネイから、距離を取るように後退したのだ。
(……え? 何で? ……あ、もしかしてこれのせいかな?)
闇属性に対抗しうるのは当然聖属性。
それを持つのはネイが知る限りではユウトと、さっき会った大精霊しかいない。
そしてついさっき、ネイは大精霊から魔除けの果実を一つだけもらっていた。それを思いだし、ポーチを探って魔妖花の実を取り出す。
(これ……ポーチに入れたままでも影響があったってことなのかな。とりあえず、聖水より断然効果が高いのは確かか)
ネイは効果を確認するように、果実を持ったままさらに一歩踏み出した。
すると思った通り、魔手がネイを遠巻きにするように後退する。
これは覿面だ。
あまり奥まで行くと魔研の人間の魔手まで解いてしまう。そうならないように注意をしながら、ネイは方陣の縁に屈み込み、手を伸ばしてウィルの腕を掴んだ。
そのまま引っ張り出そうとして、しかし難儀する。
ウィルの足に数本の魔手が絡みついたままなのだ。
(……うーん、あの魔手をどうやって外すか……さすがに魔方陣の中に踏み込んだら、ジアレイスたちを捕まえてる魔手にも聖属性の影響が出るかもしれないしなあ……)
魔研の奴らまで解放してしまったら、ここまでの苦労が全てがおじゃんになってしまう。
そのままどうしたものかと考えていると、不意に横たわっていたウィルの目がゆるりと開いた。
「……ネイさん……?」
かすれた小さな声で名前を呼ばれる。
こんな場所で名前を呼ぶとは思慮深い彼にしては不用意だが、おそらく意識が朦朧としているのだろう。その声がジアレイスたちに届くわけもないから、まあ問題ない。
何にせよ、これは僥倖だ。
ネイはウィルに向かってにこりと微笑んだ。
「こんばんは、おはようウィルくん。目を覚ましたならちょうどいい。寝覚めのフルーツはいかが?」
彼の腕を掴んでいるのと逆の手で、魔妖花の実を差し出す。
大精霊の言葉通りなら、おそらくこれを食せば、ウィルの身体に魔除けの効果が現れるはずだ。何しろ持っているだけで後退させるくらいなのだし、足元に絡んでいる魔手も外れるだろう。
「フルーツ……」
そんな狙いを秘めたネイの唐突な誘い文句を多少疑うかと思ったけれど、ここで囚われてからのウィルは水分も食物もとっていない。甘い香りに誘われて、彼はほぼ無意識にそれを受け取って、躊躇いなく口にした。
ウィルが緩慢な動きで果実を咀嚼して嚥下する。
すると思惑通りその途端に足元の魔手が外れ、ネイはここぞとばかりにウィルを魔方陣から引っ張り出した。
「よっし、やった!」
「わわ……あ、あれ?」
ウィルが状況を把握できずにぱちくりと目を瞬く。
無表情かハイテンションのどちらかが常の彼にしては、珍しい表情だ。
その視線が一度だけ周囲を巡り、それからネイとぶつかって、すぐに彼は居住まいを正した。
「……助けて頂いて、ありがとうございます」
その瞳から動揺が一瞬で消える。今の一瞥で状況を推察し、もういつもの彼に戻ったのだ。早い。
それにとりあえず、瘴気中毒の様子もない。このあたりは予測した通りで、ネイは一安心した。
「まずはその果実全部食べちゃいなよ。悪い効果は浄化されるはずだから」
「はい。頂きます」
まあとにかく、これでウィルの話を聞くことができる。
ネイは一応周囲を警戒しながら、彼が魔妖花の実を食べきるのを待った。




