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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【一方その頃】ネイ、地下納骨堂の探索

 ネイは暗がりから地下納骨堂カタコンベの裏に回り込むと、付近を見渡した。

 ここは街の端に位置するため、奥の道は墓地に繋がっているだけでその先に住宅の明かりはない。


 代わりに、林のような並木が続いている。


 木々はだいぶ栄養不足でひょろひょろだが、ネイはその中から一本の広葉樹を選ぶと、大精霊を振り返った。


「風向きや位置を考えるとこれが適当かな。大精霊さん、この木にとっても美味しくて香りの強い果実を生らせることってできます?」

『この木本来の種類でなくて構わないなら可能だ』

「それでいいっす。彼らもそんなモン気にしないだろうし」


 彼ら、とはもちろん警備員たちのことだ。


 貴族と違い、街から雇われているだけの彼らは満足な食料がない。この匂いにはおそらく抗えないだろう。

 最初様子を見に来るのはひとりだろうが、そのひとりが戻らないか、もしくは他のふたりを呼びに行くことで三人ともこの木に集まり、正面の警備は空くに違いないとネイは算段する。


 彼らに家族がいるなら、さらに確実だ。


「できるだけ多めに実をつけて下さい。ひとりじゃ持てない量で、ちょうど三人で分けられる程度がいいな。けんかになられても人目を引いて面倒だから」

『ふむ、承知した』


 一本の木にだけそんな実が生っているのは不自然だけれど、彼らがこれを上の人間に吹聴するわけはないから大丈夫。そんなことをすればまるごと奴らに取り上げられるだけだからだ。


 彼らはただ、持ち場を少し離れてくれるだけでいい。


「いやあ、大精霊さんが来る前はここで深夜の焼き肉パーティでもするしかないかと思ってたから、ちょうど良かった。上に報告はされないだろうけど、怪しさ満点だもんね」

『……まあ、果物より匂いの引きは強そうだがな』


 肩を竦めつつ、大精霊が木に触れる。

 すると途端に細くてカラカラだった枝に生気が宿り始めた。


 やがて葉が茂り、花が付き、その根元が膨らんでいく。


「うわ、すっごい勢いで成長してる……。すでに甘い香りがしてますね。何の果実ですか?」

『これは魔力を糧に育つ魔妖花という植物の実だ。本格的に育てれば種がかなりいいお守りになるが、今回は簡易なものだから多少美味くて浄化効果がある程度だな』

「浄化効果?」

『魔除けのようなものだ。まあ、ちゃんと加工しないとすぐに効果はなくなる』


 大精霊は大したことがないような口調で言うけれど、彼の魔力で育った魔妖花の実、その効果は何かの役に立ちそうだ。

 ネイはすでに桃くらいの大きさに育った実を見ながら、大精霊に訊ねる。


「その魔除けの効果って、どのくらいです?」

『果肉を食して一日、その後残った種を保持すると効果は半減するが二日といったところだ』

「総じて三日くらいかあ……。俺も一個だけもらっとこ。これ採っていいですか?」

『そっちはまだ熟していない。こっちのを持って行け』

「あざっす」


 大精霊に指示された実をもいで、ネイはそれをポーチに入れた。

 これで後は正面の警備員が動くのを待つだけだ。

 風の流れは確実に果実の香りを彼らに運んでいる。思惑通りに事が進むのは時間の問題だろう。


「じゃあ大精霊さん、ここはよろしく。俺は向こうに行くわ」

『うむ』


 大精霊に一声掛けて納骨堂の屋根に上る。

 彼にもついてきてもらった方がいいのかもしれないが、おそらく必要なら大精霊の方から勝手に来るだろう。


 そもそも壁なんて突っ切って行けるし、人間に姿を見られる心配もない存在なのだ。ただ自分で手を下すことができないから、ネイの様子を見ているだけ。

 きっと多少離れたところで、こちらの行動なんてすぐに把握できるに違いない。


 ネイは気にせず屋根の上から正面に回ると、身を潜めたまま警備員たちが動くのを待った。


「……おい、何か美味そうな匂いがしないか?」


 まもなく、警備員のひとりがきょろきょろと周囲を覗い始める。

 人通りもない深夜、突然に匂いだした果実の芳香は、すぐに彼らの食欲を呼び覚ました。

 静かな夜に、誰かの腹の音まで聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと辺りを見てくる。お前たちは警備を続けてくれ」


 甘い香りはとても魅惑的だ。

 そのうちのひとりが耐え切れない様子でその場を離れ、うろうろと匂いの出所を探し始めた。

 他のふたりも行きたそうにしてはいるが、その場に留まる。


 しかしすぐに納骨堂の裏にある木に気が付いた男が、他のふたりを呼んだ。


「お、お、おい! 裏の木に果物が生ってる! こっちだ!」

「ええ!? 本当か!?」

「そりゃすごい! 貴族にバレないうちに採っちまおう!」


 ネイの思惑通り、警備を忘れた三人が納骨堂の裏へと駆けていく。

 これで扉の前は無人だ。果実を見た二人が控えめに歓声を上げたのを確認して、ネイは屋根の上から音もなく飛び降りた。

 これならしばらくは戻ってこないだろう。


「これだけあれば、家族や近所の仲間にも分けてやれる!」

「採ったら見つからないうちに、ひとりずつ交代で家に持ち帰ろう」

「隣のじいさん、喜ぶだろうなあ」


 扉の鍵穴にピックを突っ込みながら彼らの会話を聞く。

 領主や取り巻きの貴族は最悪だが、領民は苦しい中でも団結力があるようだ。


(……ま、果実を多めに生らしてもらって正解だったかな)


 後は気付かれぬように仕事を済ませて出て行ってしまえば、彼らが咎められることもない。

 ネイは軽々と鍵を開けるとするりと中に滑り込んで、何事もなかったかのように扉を閉めた。






 入り込んだ納骨堂の中は、祭壇になっている。

 その横に地下に向かう階段と扉があり、そこに入ればたくさんの棺が置かれているのだ。


(まあ、入った途端に死兵が配置されていることはないだろ。昼間はスペースを広げるために作業員も入ってくるだろうし……。きっとここと別に、ジアレイスたちが拠点としている区画があるに違いない。まずはそこを探すか)


 ネイは慎重に階段を下り、扉に手を掛ける。

 罠の気配や手応えはないようだ。ネイは素早くハンドルを回し、真っ暗な納骨室のスペースに身を投じた。


 真っ暗と言っても、一応壁際にはいくつかの小さな燭台があり、ほんの僅かに物体の輪郭くらいは分かる。

 ネイは自身で明かりを灯すことはせずに、その燭台だけをたよりに納骨室を奥に向かって進み始めた。


(生きた人間の気配はしない……。やっぱり、中に警備は置いていないな。ただ、あちこちの棺に僅かに発光する印が見える……。この棺の一つ一つが死兵を閉じ込める檻になっているわけか。おそらく罠を踏み抜いた瞬間に封印が解けて、一斉に襲ってくる仕組みなんだろうな)


 罠と連動している印は、全部同じ形状で分かりやすい。特定の術式と紐付けされているからだ。

 つまりその罠にさえ掛からなければ問題ない。


 そしてその罠は間違いなく感知型。

 出入り口がひとつしかない以上、当然仲間もここを通る。即死や状態異常を掛けると仲間が誤爆した際に問題があるが、感知だけなら対処法さえ分かっていればどうにかなるからだ。


(出入りするのに転移魔石だけを使ってもいられないだろうし、そもそもこんなところに奴らの秘密の拠点があると気付く人間だって、そうそういない。この拠点自体建国祭までの間しか使わないつもりなら、これ以上の致命的な罠は掛けていないと考えていい)


 ネイはそう判断し、おもむろにその場にしゃがみ込んだ。

 地面についている足跡を探すためだ。


 今度はポーチから魔法のたいまつを取り出して、その芯になる部分に小さな魔石をはめ込む。するとたいまつにほんの小さな明かりが点った。

 うん、目的を果たすにはこれで十分だ。


 それを地面すれすれにかざせば、思った通り、凹凸が足形の陰影を形作る。いくつも重なる足跡の中から、ネイは比較的新しい凹凸を探し始めた。


(向こうにうっすら見える土の盛られている奥側は、これからさらにスペースを作っていく場所だから、あっちに拠点はない。あるとすれば、こっちの初期段階に作られたらしい場所。作業員はもう通ることがなく、魔研の連中だけが使う通路……)


 そう、ネイが探しているのは魔研の人間の足跡。そして奴らが日常使いしている通路だ。


 作業員の何度も修繕された不格好な靴底の跡と、魔研の人間の靴跡は明らかに違う。

 それを注意深く探っていけば、ネイは何本目かの区切られた通路で、入り口と拠点を往復したらしい魔研の人間の新しい足跡を見付けることができた。


(……ここだ。間違いない。ってことは、この先に隠し扉か何かが……)


 ネイはさらに慎重に足跡を辿っていく。

 この足跡が回避したところが罠の場所で、足跡が消えた場所が入り口だ。


 思った通りあからさまに通路を迂回する場所が三カ所くらいあって、ネイももちろん足跡の通りに進んだ。


(……で、ここで足跡が消えてる、と)


 やがて壁に突き当たったところで足跡が消える。

 ということはここにギミックがあるのだろう。


(ええと、ここに立って手の届く場所……。何度も触れていれば周囲と様子が違うはずだよな。こっちから術式らしきものは見当たらないから、内側から連動するはめ込みパネルか、ボタンかレバーか……)


 このあたりは経験に裏打ちされた勘がものを言う。

 ネイは右斜め上にある燭台の、その根元部分の真鍮のパイプだけが人の指の脂で妙にテカっていることに目をとめた。


(これか……。脂が付いているのはパイプの右側と上だけか。この角度なら右手で操作するだろうし、ここに指を引っかけて下に引くんだな)


 誤操作は命取りだが、左右に動かすなら親指を添える左側も脂が付くはずだし、上に上げるなら下にも付くはずだ。

 手前に引くならパイプを握り込むことでもっと幅広く全面に付く。

 そう考えれば、この選択は間違っていないだろう。


 こういう判断を外さないからこそ、ネイは一流なのだ。


(……よし、行くか)


 それでも他に様子の違うところがないか十分に確認してから、ネイは燭台の根元に指を引っ掛けて、それを下に引いた。


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