【一方その頃】ジラック・ネイの活動1
時間はほんの少しさかのぼり、レオたちがリインデルに行った夜。
「うわあ」
ネイは主からの手紙を見て小さく呻いた。
深夜はネイにとって、メインの活動時間帯。当然起きていたし、ジラックの街の中を探って歩き回ってもいたが。
書簡ボックスに届いた手紙の内容は、そんなネイでもすぐに対応できる事案かというと、かなり難しそうだった。
(いきなりウィルと接触しろって……相変わらず無茶なこと言うなあ)
レオの話によれば、ユウトが降魔術式を強制返術したことでジアレイスたちは術に囚われたはずだが、ウィルは無事「かもしれない」ということだ。
その隙に彼と接触しろ、ということらしい。
彼らは「おそらく」ジラックにいて、ウィルは「たぶん」操られたわけじゃなく自分の意思で従い、内情を探りに潜り込んだのではないかと「思われる」。
そのどれかの予想が覆されただけでも、ネイが任務を遂行するのは厳しいのだが。
(……まあ、あの人に言われたからにはやるしかないんだけど)
レオはネイに対してかなり辛辣ではあるけれど、その働きを認めてくれているのは間違いない。
もし役に立たないのならユウトを任せてくれないし、そもそも何の仕事も命じないだろう。
つまりこの難題をごっつり押しつけてきたということは、ネイに対する信頼の表れでもあるわけだ。これを拒むという選択肢は自身の中には存在しない。
まあ、もしもレオが近くにいたら、愚痴くらいはこぼすけれど。
畢竟するに、敵陣に侵入するしかないのだ。ごちゃごちゃ文句を言っても始まらない。
ネイはすぐに思考の舵をそちらに切った。
(降魔術式を唱えてそうな怪しい場所と言えば、例の偽魔尖塔だが……ずっと街にいて調査してくれてたキイとクウの話では、あの塔は人間が入れる場所じゃないと言っていた。あそこにいることはないだろうな)
魔尖塔を模した塔は、今も結界が張られて厳重に警備されている。
キイとクウが言うには、あの中から瘴気を感じるらしい。
以前一緒に調査をしていたチャラ男が侵入を拒んだのも、おそらくそのあたりを感じ取っての事に違いない。
一応レオから素材をもらって瘴気無効のアイテムをパーム工房に依頼しているが、それができるのはもう少し先だ。
一度調べてはみたいものの、今はあそこに行く術はないし、さすがにウィルもいないはず。
塔は候補から外していいだろう。
(……となれば、貴族の居住区の地下か、領主の館か……)
……いや、領主の館もないか。
そもそも領主はジアレイスたちにとっては捨て駒だ。
元々双方が莫逆の仲であれば、闘技場を失った魔研が次に拠点を構えるのは、街で一番セキュリティの高い領主の館であったはず。
それをわざわざ貴族居住区の地下に場所を作ってまで離したということは、ジアレイスたちは事が起こった時に領主が攻め込まれても、手を貸す気はさらさらないということだ。
そんなところに重要な術式方陣を置くまい。
(だが、あの地下も潜入して見回った限り、降魔術式を執り行うスペースなどなさそうだったんだよなあ。レオさんたちの推察通り、もし魔研がガラシュを降魔術式で捕らえようとしていたとしたら、こんな間近で術式の準備をしていたとは思えないし……)
降魔術式を仕掛けるなら、捕まえた相手を閉じ込めておく檻も必要だ。もちろんただの檻ではなく、強固な術式の掛かった檻。
そんな気配が近くですれば、高位魔族であるガラシュが気付かないわけがない。
どうやら、貴族居住区の地下も候補から外れそうだ。となると。
(もっと別の、術式の気配を感じ取れないどこか……? 方陣を描く場所と、ガラシュを閉じ込められる檻のあるところ……)
街中の行けるところは全てキイとクウが調査してくれている。ネイもオネエたちと一通りは回っているし、そこは除外していいだろう。
だとすれば、場所はさらにぐっと絞られる。
警備が厳重でキイとクウが侵入できない場所。
彼らでも術式の気配を感じ取れないか、……もしくは別の術式の気配でごまかされている場所。
そして、ガラシュを閉じ込めておける……。
そこまで考えて、ネイははたとひとつの建物に思い当たった。
(地下納骨堂……!)
地下納骨堂は、以前半死半生になっていたイムカが棺に入れて閉じ込められていたところだ。
ネイたちが彼を救い出した後から、厳重に警備されるようになってしまっていた。
以来、死体が出るとすぐにそこに運び込まれ、スペースを作るためか時折土が運び出されていたらしい。
どうやら今は死兵を作るための術式とそれを閉じ込めておく場所があるようだとキイとクウが言っていたが。
(もちろんそれもあるだろうが、一緒に降魔術式の方陣と魔法の檻があるとしたら……)
ガラシュはこんなところに用もなく来ないだろうし、領主だってできることは何もないのだから見に来ることもないだろう。
ある意味貴族地区の地下よりもずっと楽に動ける場所だ。
ネイは確信した。
ウィルがいるのは地下納骨堂だ。となれば。
(事前準備何もなしだけど、まあ、行ってみますか)
秘密主義で他人を信用しないジアレイスたちは、おそらく中に警備の人間などは置いていないはず。侵入してしまえばどうにかなる。
問題は、警備の代わりに置かれた侵入者対策用の術式や罠。
コレコレあたりがいてくれると助かるのだが、さすがに今から呼び出すのは難しかった。こればかりは仕方がない。
ネイは首元に掛けていた黒いスカーフを鼻の上まで引き上げて顔を隠すと、地下納骨堂へ足を向けた。
警邏隊に見つからぬよう、屋根や塀を伝って暗がりを進む。
今回の仕事は何者にも覚られないことも重要なのだ。警備を殺して敵の警戒心を高めるなんて以ての外。
暗殺よりもよっぽど神経を使う仕事だった。
(まずは入り口の警備員をどうするかだな)
納骨堂近くの曲がり角に差し掛かり、ネイはその陰に隠れながら入り口を見る。
そこには三人の警備がいて、それぞれ正面と右、左を向いていた。
(分担されて、一人の気を引いても他二人は動かない態勢だな。面倒くさい……。眠りの粉で眠らせるにも、三人いっぺんだとさすがに怪しまれるし)
それでもまあ、現状のジラックならばやりようはあるか。
満足な食事は取れていないのだろう痩せた警備員の姿を見ながら、ネイは算段する。
ただ、自分だけだと少々無理が出る感じだ。
「……一人くらい手伝いがいてくれると確実なんだが……キイかクウを呼んでくるかな……」
色々と頭の中でシミュレーションして小さく独りごちる。
すると。
『ならば私が手を貸してやろうか』
「んん? え!?」
気配など何も感じないのにすぐ近くで声がして、ネイは慌てて振り返った。
しかしそこには誰もおらず、また声がする。
『上だ、上』
「ちょ、ま、この声……!」
言われて見上げ、唖然とする。
そこには、ぼんやりとした光りを纏った男が宙に浮いていたのだ。
その顔は見たことのないものだったけれど、ネイは声に聞き覚えがあった。
「え、もしかして、この声……。まさか、あんた大精霊……!?」
その声は、ユグルダ救出の際に同行した、大精霊のものだったのだ。




