兄、手紙を送る
隣のベッドでユウトとエルドワが眠る中、レオはポーチを手にこそりと部屋を抜け出して、階下に降りた。
今日のうちにしておきたいことがもうひとつあったからだ。
すでに食堂の明かりは消えてしまっているが、まあ平気だろう。
護るべきユウトが安らかな寝息をたてている間、周囲を警戒しないような気の抜けた者などこの場にいない。
エルドワはレオが部屋を出たことに気付いているだろうし、ラフィールだって気付かないわけがなかった。
「……このような時間にどうしたのだ?」
果たして、階段を降りきるとすぐにこちらの気配に気付いたラフィールが管理室から出てくる。
そして手持ちのランプを消し、部屋の明かりを灯してくれた。
「遅くに悪いが、ここのテーブルを借りる。部屋で明かりを点けるとユウトが起きてしまうからな」
「それは構わんが……このような夜中に何をしようというのだ?」
「書簡で急ぎの手紙を送る」
言いつつレオは、ポーチから書簡ボックスと紙とペンを取り出す。
そして椅子に座ると、テーブルに頬杖をつきながらガリガリと手紙を書き始めた。
その様子をちょっとだけ眺めたラフィールが、おもむろに髪を束ねてカウンターに向かう。
「何か飲み物を淹れてやろう。コーヒーとハーブティー、どちらが良い?」
「コーヒーで頼む」
簡潔なやりとりだけして、レオは時折考え込みながらペンを走らせた。内容に漏れがあるとタイムロスに繋がる。
この書簡ボックスは一瞬で手紙のやりとりができる優れものだが、一日一回しか送れないのだ。きちんと一度で必要事項をまとめる必要があった。
「……それはもしや、降魔術式の返術から逃れただろう内偵者への手紙か?」
淹れたコーヒーを持ってきたラフィールが、テーブルの向かいに座る。自分用のハーブティーも持ってきたところを見ると、こちらが終わるまでで付き合うつもりのようだ。
「いや、そいつとは直接連絡を取る手段はないんだ。だが、ちょうど今ジラックを探っている男がいるから、そっちに接触を試みるように言おうと思っている」
そう、今ならジラックにはネイがいる。
主たる目的はキイとクウを迎えに行くことだけれど、あの男はついでにその内情も探ってくると言っていた。
秘密の地下に行く手段も手に入れているし、おそらくはウィルがいそうなところも見当を付けているだろう。
こういう仕事には一番適任なのだ。
「では、そやつに言って魔研から内偵者を引き上げさせるのだな? 降魔術式の発動がなくなるなら、今後いくらかは落ち着ける」
「……引き上げるかどうかは分からん。あいつが魔研側に行ったのは独断だからな。何か目的があるのなら、まだしばらくあっちにいる可能性もある」
「独断で魔研側に……? 待て、それは本当に内偵なのか?」
「俺たちはそう判断した。……まあ、今回接触できればその辺も判明するだろ」
ウィルが魔研に行った理由については、未だに判然としない。
それでも彼が消えた状況やその性格から、あちら側に与したとは思えないのだ。ウィルには何か、思惑があるはず。
まずはそれを知りたい。
そしてウィルと接触できれば、同時に魔研の思惑も見えてくる。
ジラックに魔尖塔を模した塔を作っている理由。
偽のアレオンの居場所と正体。
世界を滅ぼしてどうしたいのか。
できる限りの情報を引っ張り出して来てもらわないといけない。
「向こうと意思の疎通ができるようになれば、タイミングを合わせて魔研にどんでん返しを食らわせることも可能になる。……今度こそ、奴らの息の根を止めてやる」
そう、今度こそだ。
五年前は対価の宝箱のせいで生き延びられてしまったが、今度は確実に倒す。何よりも、ユウトのために。
レオはラフィールと話しながらも手紙を書き上げ、雑に畳んで封筒に入れると、それを書簡ボックスに突っ込んだ。
そこでようやくコーヒーを啜る。
「ところで、魔妖花の実の方はどうなってる? 明日の朝にはそれを受け取って王都に戻りたいところなんだが」
「最低限の加工は終わっている。今日一晩、月光のもとにさらしておけば明日にはユウト様にお渡しできるだろう。……もう少し時間の余裕があるなら、可愛らしい加工もして差し上げたかったのだが」
「ユウトに可愛いものを着けさせたいのは分かるが、今は時間がないからな。背に腹は替えられん」
レオだって本来ならユウトが可愛くなることを優先させたいけれど、Xデーたる建国祭はまもなくだ。
悠長なことはしていられない。
「おそらく今回はエルダール王国になってから最大の内戦になる。ガントの方にも何か影響が来るかも知れない。一応覚悟しておいてくれ」
「それは問題ない。どうせ私ひとりしかいないし、火の粉が飛んできたところでどうとでも対応できる。……それよりも、そんな危険なところにユウト様が関わる方が心配だ」
「大丈夫だ、ユウトは俺が護る。……それに、ジラックの敵はほぼ死兵だ。俺よりもユウトの方が戦力になるかも知れん」
おそらく今ジラックで戦力的に一番厄介なのはリーデンだ。ルウドルトを負かした実力はダテじゃない。
しかしそれ以外はほとんど雇われのならず者と、死んだ冒険者や私兵を使ったアンデッドばかりだった。
リーデンはほぼ間違いなくジラック領主の側付きの護衛をするだろうし、だとすれば相対するのはイムカになる。
レオたちが相手にするとすれば、それ以外の雑魚になるはずだ。
そんな雑魚に、自分たちが後れを取るわけがない。
しかしそう告げたレオに、ラフィールは眉を顰めた。
「寄せ集めの兵と戦うことは心配しておらぬ。……問題は魔尖塔を模した塔から出てくるものだ。一体何が現れるか分からぬが、それが強力で魔的なものであるほど、ユウト様が相対するしかなくなるかもしれぬ」
「……ジラックにある塔は模倣品だぞ?」
「不完全なものであるゆえに、本来より歪なものが生まれる可能性もある。……まあ、言ったところでユウト様が戦地に赴かないという選択肢はないのだろう。レオ殿、くれぐれもユウト様をしっかりお護りするのだぞ」
「……無論だ」
ラフィールに念を押されて、当然のように頷く。
が、彼に告げられた内容は、漠然としていたレオの不安をかき立てるものだった。
魔尖塔を模した、ジラックの塔。
元々気掛かりなものではあったけれど、そもそもあれは一体何を目的として、何のために作られたものなのか。
(その答えを、狐がウィルから聞き出して来れるといいんだが……くそ、待ってる時間が歯痒いな)
つい今し方手紙を送ったばかりだというのに、すでに気が逸る。
かの敵を万全の態勢で迎え撃つには、まだピースが足りないのだ。
レオは苛立たしげにバリバリと頭を掻くと、残ったコーヒーを飲み干した。




