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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、駄々を捏ねて弟に宥められる

「……不本意だ!」


 ジードと別れガントに戻ったレオは、宿のベッドの縁に座って、ユウトをぎゅうぎゅうと抱き締めたまま不満を口にした。

 結局弟に押し切られる形で、ジードとの今後の接触を認めることになってしまったからだ。


 ……まあ、ジードのあの様子を見る限り、ユウトに悪さをはたらくことなんてできそうにもないが、とにかく気にくわない。

 レオは弟の肩口にぐりぐりと頭を押しつける。


「そんなに嫌がらなくても……」


 おとなしく兄の腕の中でぎゅうぎゅうされながらも、ユウトはその背中を宥めるようにぽんぽんと叩いた。

 レオはそれだけで怒りが抜けてしまいそうになるのを、必死につなぎ止める。そう簡単に許すわけにはいかないのだ。


「あんな男に『何でもする』なんて言うから、俺もヴァルドも同行不可とか言いつけられて逆らうこともできず……! 良いか、ユウト! もう決して誰にも『何でもする』なんて言うんじゃないぞ!」

「兄さんにも?」

「俺にだけ言って良し!」


 ちゃっかりと自分だけ除外するレオを、向かいのベッドに乗っているエルドワが冷めた目で見ているがどうでもいい。


 ちなみにクリスはホクホク顔で書類をポーチに詰め、まっすぐ王都の拠点に戻っていた。おそらく今頃食事も忘れて本を読みふけっているだろう。

 考えてみればこの展開は彼の思惑通りに進んだ結果。


 全く、クリスも余計なことをしてくれたものだ。

 レオはいらだたしげに舌打ちする。

 それを聞いたユウトが、また背中をぽんぽんと叩いた。


「はいはい、落ち着いて。……レオ兄さんは何でそんなにジードさんのことが嫌いなの?」

「……それは……」


 もちろん、以前我々の邪魔をしていた相手だからだ。

 けれど、それをユウトに告げて罪をあげつらうべきかというと微妙だ。

 事実とはいえ、弟が信頼を置いた相手をこき下ろせば、少なからずユウトをも傷つける。


 それに罪をバラすことでユウトがジードと距離を取ってくれるならいいが、きっとそうはならない。すでに弟はあの男を味方と把握していて、見捨てることなどないからだ。おそらく優しいユウトはジードのために一層心を砕く。


 レオとしてはそっちの方が、ずっとずっと不愉快で面倒臭い。


「……あの男は性格が悪いからだ」


 結局告げるか告げないか考えたあげく、何の当たり障りもない答えを出す。

 それに対してユウトが首を傾げた。


「性格、悪いかなあ? 少し疑り深い感じはするけど、いいひとだよ?」

「少なくともいいひとじゃない。あの男にとっちゃ、ユウト以外全部敵みたいな態度だろ」

「あれは多分、拒絶をされる前に自分の方から拒絶をしているだけだと思う。今まで周りには、あんまりジードさんのことを思ってくれるひとがいなかったんじゃないかな。……うーん、年上のひとの内心をこういうふうに推察するとちょっと生意気かもだけど、ジードさんの敵は『孤独』なんじゃないかと思うんだよね」

「孤独……」


 ジードの敵が『孤独』。

 その言葉が妙に腑に落ちてしまったことに、レオは苦虫を噛み潰したような顔をした。


(……だから一際不愉快なんだ……)


 アイクとはまた別の苛つきを感じるのは、あの男がユウトと会う前の昔の自分に似ているからだと改めて自覚する。


 当時のレオにはまだ、ライネルとルウドルトという味方がいたからマシだったけれど。

 それでも彼らではレオの虚無にも似た孤独は拭えなかった。

 まるで世界のどこにも、自分の居場所がないような感覚。剣聖の能力ではなく、レオ個人を必要としてくれるひとなどいない感覚。


 確かにあの頃のレオはジードと同じように周囲を拒絶し、全てを敵視していたものだったが。

 当時の自分は一体、何と戦っていたのだろう。レオの自問に、明確な答えは出なかった。


(……考えてみれば当時の俺の敵も周囲にいたわけじゃなく、心の中に巣くった『孤独』だったのかもしれん)


 自分を閉じ込めていた父王はただの愚か者だったし、魔研だってどうでもいい狂人の集団という認識だった。

 ゲートの敵はただそういうカテゴリだっただけで、レオにとっての本当の敵ではない。


 もちろんユウトと出会ってからはその『孤独』は取り払われ、魔研が明確な敵になったわけだが。

 弟がいなければ、きっと自分も未だにジードのように、周囲を仮想敵に仕立て上げたまま生きていたに違いない。


(……俺を『孤独』から救ったのと同じように、ユウトはジードの『孤独』を取り払おうというのか……)


 そう考えたレオは、一層不満げに顔を歪めて、さらにユウトをぎゅうぎゅうと抱き締めた。


「……不本意だ!!」

「え? 何? どうしたの?」


 レオのここまでの思考展開なんて知らない弟が、兄の腕の中で不思議そうにはてなを飛ばす。

 がっちり抱き締められているせいで、もはや首を傾げる隙間もないようだ。それでも息苦しさを訴えたり抜け出そうとしたりしないよう、レオは細心の注意を払う。


(こいつは、こんなに細いのに……)


 ……この小さくて細い身体の双肩には、すでにいろんな重荷が乗せられているのだ。

 もうこれ以上余計なものを負わせたくないし、関わらせたくない。


(……ユウトの特別は俺だけでいい。エゴだと言われようと知ったことか)


 再びユウトの肩口に顔を埋めると、また宥めるように背中をぽんぽんと叩かれた。


「何をそんなに心配してるのか知らないけど、僕はジードさんとクリスさんが仲良くなるまでの橋渡しをするだけだよ?」

「……だがジードが心を許しているのはお前だ」

「それってさ、僕が魔力の匂いをさせてたからでしょ? ラフィールさんが作ってくれてる魔妖花の実のお守りでそれが消えれば、僕なんてどうでも良くなると思うんだけど」


 いや、切っ掛けはその匂いだが、おそらくユウトの気質や性格を知った今では匂いなんて些末事だ。匂いだけの問題なら、エルドワたちがここまで付き従うはずもない。

 ヴァルドのような発作的な興奮状態が起きないだけで、ユウト好きは変わらないだろう。


(……だが、待てよ……)


 そこまで考えて、ふとジードのクリスに対する態度を思い出す。


(ユウトは当然としても、ジードは少なくともクリスも気質や性格に触れた上で、敵意を表すことなく取引に応じていた。そもそも間にユウトを挟んだとしても、元魔族の男が人間と等価の取引をするなんて稀有なことだ。もしかすると……)


 もしかすると弟の言うように、あの二人は親しくなれるかもしれない。程度の差はあれど、その可能性はゼロではないだろう。

 そう思い当たったレオは、抱き締めていたユウトの身体を少し離して、間近にあるその顔を見下ろした。


「ユウト」

「なあに?」


 名を呼ばれた弟がきょとんとこちらを見上げる。

 レオはそんなユウトに、たった今思いついた解決案を告げた。


「ジードとクリスの取引にお前が同行するのは我慢する。その代わり、全力であの二人を仲良しにさせてこい」


 そうだ、ジードの『孤独』を解消するのは、何もユウトでなくてもいい。

 クリスがあの男と仲良くなってくれれば、ユウトの同行も必要なくなるかもしれないし、全てが解決するのだ。


 そう思って告げた言葉はほぼ弟の思惑に沿ったもの。純粋にあの二人を仲良くさせたいユウトは、ぱあっと顔を明るくした。


「うん、もちろん! 良かった、レオ兄さんが分かってくれて」

「どうせあの男との約束が覆せないなら、これ以上駄々を捏ねても仕方がないだろう」


 とは言っても、この解決策が浮かばなかったらもうしばらく駄々を捏ねていたに違いないが。


「言っておくが、お前があの男と仲良くなる必要はないからな」

「ええ? 別に僕だってジードさんと仲良くできるなら、したっていいじゃない」

「駄目だ。俺がヤキモチ焼くぞ」

「何それ」


 真顔のレオの発言に、ユウトが呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑う。

 この兄の独占欲を疎まずに受け入れてくれる、そんな弟の反応が何よりもありがたく、やはり手放せないと思う。


 他に何も要らない。

 レオの世界に必要なのは、ユウトだけなのだ。

 本当は、ヤキモチなんて軽い言葉では全然足りない。


(……頼むから、他の奴らの手の届くところに行かないでくれ)


 望むらくはこの尋常ならざる執着が、この生と共に尽きるまで。


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