兄、クリスの『嫌な予感』を無視できない
扉を開けると、そこからはまっすぐ通路が繋がっていた。
暗くて見えないが、思いの外奥が深いようだ。
レオの後ろから覗き込んだユウトが目を瞬かせた。
「……えっ? これって、どこに繋がってるんだろ。この建物、外から見た感じじゃ民家くらいの大きさしかなかったよね? ……明らかにその範囲を超えてるんだけど。空間がねじ曲げられて、どこかと繋がってる……?」
普通ならその可能性もある。しかし、だとすれば術式が必須で、魔力の気配もするわけで、ガラシュに見つかっていないわけがない。
ならばこれはどこと繋がっているのかとレオたちが考えていると、再びエルドワが鼻をひくつかせた。
「……ここ、普通にリインデルの裏山の匂いがする。多分囲まれてた山肌の一角をくり抜いて作ってるんだと思う」
「あー、切り崩した山肌に沿って書庫を建てた上で、横穴に合わせて扉を付けてるのか! ……だが、さっき建物がない時には、山肌にこんな横穴があるのに気付かなかったが……」
「これ見て。今レオが開けた扉で、上から覆っていたツル草が左右に押し退けられてる。多分何もない時は、見えないようにツル草で隠されてた」
「なるほど。この草で目隠ししてあったのか……」
最初はてっきり小さな部屋があるくらいかと考えていたけれど、これは思ったよりも大掛かりだ。
この奥に何があるかは分からないが、とりあえず進むべきだろう。レオはユウトに声を掛けた。
「もゆる、ブライトリングを唱えてくれ。奥に向かうが、俺の側を離れるなよ」
「うん。……ブライトリング!」
弟が魔法を唱えると、小さな光りの輪っかが頭上に現れる。
それを少しだけ先行させて通路の奥を照らしたが、見る限りはその先にもまだまだ暗がりが続いているようだ。
「クリス。どうする、あんたが先頭を進むか? リインデルの、あんたの爺さんが隠していた場所だ。一番に進む権利はあんたにある」
「この先……そうだね、私が先頭を行こう」
この扉が開いてから、なぜだか後方で黙ったままだったクリスに訊ねる。すると彼は妙に考え込んだ後、眉間にしわを寄せて小さく頷いた。
クリスにしては珍しい表情だ。
嬉々として先頭を行くだろうと思っていたレオは、不思議に思って首を捻った。
「……どうした? リスク上等のあんたが物怖じしてるわけでもあるまいに」
「うーん……。この扉が開いてから、何だろうな、胸騒ぎがするんだよ」
「胸騒ぎ?」
「……君たちも知っているように私はいつも不運で、リスクと隣り合わせで生きているけど。それでも滅多にこんな感覚にはならない。その私が感じているんだ……『とても嫌な予感がする』と」
いつもなら危険な状況にも平気で飛び込み悪びれないクリスが、真剣にそんなことを言う。
……嫌な予感とは。
とても抽象的で判然としない言葉だ。他の取るに足らない誰かの言なら無視をするところ。
しかし、それがその感覚と実力を頼りに危機をくぐり抜けてきたクリスの言葉なら、軽視できない。
レオは通路の奥に向けていた身体の正面を、振り返ってクリスの方に向けた。
その段で、さらにその斜め後ろにいるジードの様子も目に入る。
さっきまで重要機密のある部屋があるとわくわくしていた男は、一転して思案顔でガジガジと爪を噛みながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「山に隠された構造物……敷き詰められているのはだいぶ昔の魔造鉱物だな……。ここは、もしや最終戦争遺構の中枢……だとすると、あの創世を企む異端者の話は……」
「……おい、ジード。あんた何かを知ってるのか」
「ふん、だから何だ。知っていても人間ごときに教えてやる筋合いはない」
……うん。やっぱりムカつく男だ。殴りたい。
ピキッと即座に青筋を立てたレオに、すぐさまユウトが気が付いて前に出た。
「ジードさんはこの奥に何があるか知ってるんですか? やっぱり知識が豊富なんですね。尊敬します」
「む、ま、まあな。私はあらゆる本を読んで来たし、勉強をしてきたからな。……もゆるが聞きたいと言うなら、少し教えてやってもいい」
「わあ! お願いします!」
あからさまな態度の違い、何ともクソ現金な野郎だ。やはり殴りたい。
ただそんなレオの内心に気付いているユウトが、落ち着かせるようにこちらの手を握っているから我慢する。
……まあ、今だけの辛抱だ。リインデルを離れれば二度と会うこともなかろう。せいぜいユウトに手玉に取られるがいい。
頭の中でそう毒づいて、彼らの言葉に耳を傾けた。
「この通路に敷き詰められている石は魔造鉱物と言って、昔魔法合成で作られた鉱物だ。こっちでいわゆる『前時代』という頃に作られたものだな」
「えっ、前時代……!? その頃の遺跡が残っているなんて……! それで、この鉱物にはどんな効果が?」
すぐに反応したのはクリスだ。ユウトも興味深げに聞いている。
この好感触のオーディエンスならジードもさぞかし気持ちよく語れるだろう。
思った通り、男はドヤって話しだした。
「この魔造鉱物はあらゆる『気配』を消すのだ。重要な拠点などを敵から隠すために使うものだった」
「あらゆる『気配』……魔力だけじゃなく、ってことですか?」
「匂いとか空気の振動とか、そういうものも消すってことじゃない? エルドワが感知できるような」
「……あれ、でもエルドワ、さっきここに通じる扉を感知しましたよ」
ユウトがツインテールを揺らして不思議そうに首を傾げる。と、隣にいたエルドワが軽く首を振った。
「もゆる、エルドワが感知したのは外から入ってくる空気の流れだけ。この横穴自体は分からなかった。……建物がない時にエルドワが気付けなかったのも、多分これのせい」
「あ、そっか。エルドワは建物と横穴の間にある隙間から入ってくる外の空気を感知しただけなんだね」
「……気配もなく周囲に溶け込んで、エルドワですら発見できない……。ここは、かなり重要な施設だったということかな……?」
独りごちるように言ったクリスの言葉に、ジードが頷いた。
「この魔造鉱物はかなり稀少なものだった。魔界の魔法資源を大きく損なうため、現在はその製法も秘匿されている。……そんなものがこれほどふんだんに使われていた施設だ。となれば、大体想像が付くだろう」
そこまで言われれば、レオだって気付く。
ここはリインデル。前時代、魔界の侵攻の拠点だった場所。
つまりこれは。
「魔界から侵攻してきた、魔族の城……!」




