兄弟、隠し扉を見付ける
目的の本をあらかた詰め終わったレオたちは、次にヴァルドのところに向かった。
彼は本棚をひとつひとつ回って、背表紙だけを見て黙々と本を抜き出していた。その冊数は、本棚の数からすると想像以上に少ない。
一体何を基準に選んでいるんだろうか。
「……本の中身を見なくても分かるのか?」
「魔界語の本は罠が多いので、いちいち中身を見ていると掛かっている術式に対応しなくてはなりませんから」
後ろから前置きもなく訊ねたレオに、ヴァルドがその作業の手を止めずに返す。
「それに、村人に開放されていた本の中に然程重要なものはありません。一部特殊なものもありますが、それ以外の持ち出すべき本はクリスさんのお爺さまの書斎とやらにまとまっているかと」
「まあ、確かにそうか」
書庫の本を持ち出すとなるとかなりの大仕事になるかと思ったが、本当に重要なのはごく一部のようだ。
ひとつの本棚から一冊か二冊程度。この分なら大して時間も掛からずに終わるだろう。
「……クリスさんとジードさんは?」
「もう二階に行ったようです。ジードが欲しがるような本が、ここにあるわけもありませんからね」
「だろうな。……俺たちも行くか」
どうせレオたちはここにいても役に立たない。
それならジードを警戒しに行った方がマシだろうと考えて、ユウトとエルドワに声を掛ける。
ジードにユウトを近付けるのは正直良い気持ちはしないが、弟がいるとあの男がだいぶ扱いやすくなるのも確かなのだ。
ある程度の悪意を牽制するためには仕方あるまい。
ヴァルドをその場に残し、三人は建物の奥にある少し狭い階段を上る。
するとすぐに、扉の前に立つ二人を見付けた。
「あ、みんなも来たんだね」
「どうした、やはり扉が開かないのか?」
「いや、扉はすでにガラシュの魔力で無理矢理こじ開けられてたみたいだよ。今はその辺に残ってる術式の残滓を払ってたところ」
レオの問いかけにそう返して、クリスは肩を竦める。
ジードはその隣でむっつりと黙り、難しい顔をしていた。
「ガラシュ自体が興味を持たなくても、どうやら他の誰かがここにある本をご所望だったんだろうね。私も入ったのは初めてだから、何の本がなくなっているのか判断が付かないんだけど」
「……少なくとも、私が目的としていた本は消えているようだ。ガラシュの奴め、一体誰にあの本を……」
入手を期待していた分、ひどい肩すかしを食らった気分なのだろう、ジードはいらだたしげに爪を噛む。
クリスも部屋の中に視線を送りながら、頭を掻いた。
「……私が以前途中まで読んで、お爺さまに取り上げられた本もないみたいだ。やはりあの本は魔研の元に行ったか……」
「おい、クリスとやら。お前の祖父はこの蔵書のリストか何かを作っていなかったのか? あれば何を持ち出されたか分かるだろう」
「どうかな。もしかするとあるかも。ちょっと探してみますね」
クリスはジードを伴って部屋の中に入ると、まっすぐ机に向かう。
そして引き出しの書類を探し始めた。
レオたちはここでも魔界語が読めないので役立たずだ。
部屋には入らずにそのまま扉の外で三人で待っていたが、しばらくするとふと、エルドワが何かに気付いたようにふんふんと鼻をひくつかせた。
「……どうした? エルドワ」
「この部屋、空気の流れがある」
訊ねたレオにそう答えて、エルドワはひとりで部屋の中へ入っていく。
それに急いでユウトが続き、レオもその後ろからついて行った。
「エルドワ、空気の流れって何?」
「この部屋、密室のはずなのにどこかから空気が漏れてきてる。魔力の匂いがほとんどしないから、おそらく絡繰りを使った隠し扉か何かがある」
「隠し扉……? おい、クリス」
「聞いてたよ」
エルドワの言葉を受けてクリスを見ると、彼はすぐに書類探しをやめてレオたちの元に来る。ジードも呼んでないのについて来た。
「隠し扉とは……! さらに重要機密を収めている部屋があるのか! 術式による封印鍵でないのは、ガラシュのような奴に魔力で扉の存在を覚られないようにだな。人間にしては賢いではないか」
「重要機密があると確定したわけじゃないけど、何かを隠しているのは確かだよね。エルドワ、どの辺りか分かる? 不用意に本に触らないように気を付けてね」
「それは平気。……ええと、扉があるのはこの本棚の後ろみたい。たぶん、この辺りのどっかに絡繰りのスイッチがあるはず」
本棚を目の前にしてエルドワはそう言うが、一見した限りではそれらしいものは見当たらない。
ならば扉の位置がもう分かっているのだし、力尽くで……と行きたいところ。けれど、作り付けにも見える本棚にはぎっしり本が詰まっていて、その移動は骨が折れそうだった。
何より、クリスの前で書庫の一部を破壊するのはさすがに気が引ける。この選択肢はなしだろう。
……それにしても、魔力の気配がないと仕掛けの特定が結構難しい。
そう思っているレオたちの横で、軽く首を傾げたユウトがするりと前へ出た。
「スイッチかあ……。こういうのって、ゲームとか漫画でよく見た気がする。棚の中の置物を捻ったり、少しせり出した本を押し込んだりすると解除できるんだよね」
言いつつ、弟が不用意に本棚に手を伸ばす。
それに気付いたレオが、その手を後ろから素早く握って止めた。
「待て、もゆる。呪いが掛かっているかもしれない。危険だからお前は触るな。そういうのは俺がやる」
「え、でもそれだとレオ兄さんが……」
「大丈夫だ。お前を護るのは俺の役目だからな」
「そんな……兄さんに何かあったら、僕だって嫌だよ」
「もゆr……」
「じゃあ私がやろうか。もゆるちゃん、この本を押し込めば良いのかい?」
「「あ」」
ユウトと少しもめていたら、横からクリスがあっさりと本を押し込んでしまった。
するとカチャリと何かの留め金が外れるような金属音がして、目の前の本棚がゼンマイを巻き取るような音と共に横にスライドしていく。これが本当に絡繰りのスイッチだったようだ。
「わあ、すごい! もゆるちゃんの言う通りだったね!」
「レオともゆるがイチャイチャしてる間にクリスが開けちゃった」
「は? 何を言ってる、イチャイチャなんて全然してないだろ。それよりクリス! あんたはこっちの返事を聞く前に行動しちゃうのやめろ! 危ないだろうが!」
「そうですよ! クリスさんが呪われるのだって僕嫌ですからね!」
「ああ、それは大丈夫。呪いって二重掛けができないから、私はこの手の呪いに掛からないんだ」
相変わらず無頓着で、危険を危険とも思わない行動にレオとユウトが怒る。
しかしクリスは、それにあっけらかんと返した。
その悪びれなさに重ねて怒ろうとして。
けれど、彼の言葉を反芻したレオは、不可解な内容に一瞬閉口し、眉間にしわを寄せた。
この男、何と言った?
「……呪いは二重掛けできないから、あんたには掛からない?」
「うん、そう」
「えっ……ちょっと待って下さい。クリスさんって今、呪いに掛かってるんですか!?」
「うん、そう」
返事がめっちゃ軽い。
「うん、そう。じゃねえよ! いつからだ!?」
「それが分からないんだよね。多分子どもの頃だから」
「なっが! それって解呪できないんですか!?」
「それが解呪できないかなと思って、この書庫の書物を探していたんだ。おそらく、小さい頃にここで読んだ本で掛かった呪いだと思うから、その大元を見付けようと思って」
「あ、なるほど……」
もちろんそれだけが目的ではないけれど、リインデルの書物を探していたのはそれも理由のひとつだったということか。
クリスに掛かっている呪いの影響は何なのだろう。……まあ、大体見当は付くけれど。
「まあとりあえず、私のことは置いておいて。扉も開いた事だし、中に入ってみよう」
「……そうだな」
確かに、クリスの呪いのことは今さら急ぐことでもない。
あまり待たせるとまたジードがうるさいし、まずはこっちを片付けよう。
レオはちょっと疲れた気分で扉の前に立つと、その取っ手に手を掛けて押し開けた。




