弟、ジードから情報を引き出す
「……お前が書庫の本探しを手伝うと?」
「ええ。私は在りし日のリインデル出身で、ここの書庫には毎日足を運んでいました。中がそれほどいじられていなければ、どのあたりに何の本があるかは大体分かるんです」
「……ほほう。お前、リインデルの生き残りか……。ここにガラシュが来る前に退散しなくてはいかんし、目当ての本がすぐに分かるならありがたいが……」
ジードはクリスの提案に乗りそうだ。
が、後ろでそれを聞いていたレオが慌ててそれを引き留めた。
「ちょ、待てクリス! あんた正気か!? そいつに書庫の本を自ら探して見せるとか……!」
「大丈夫だよ。そもそも、私たちを助けなくても本来ならジードさんは書庫に入って本を持って立ち去っても良かったんだよ? それをわざわざ助けてくれた上に書庫に手を出さずにいてくれたんだから、このくらいしても罰は当たらないだろう?」
「そうだぞ。私の崇高な目的も知らん部外者は、もゆる以外黙っていろ」
クリスの言葉に、ジードがしたり顔で乗っかるのが腹立たしい。さらりとユウトだけ優遇するのも鬱陶しい。
……それにしてもこの様子、どうやらジードはレオやエルドワと以前会ったことを覚えていないようだ。
まあ、レオは当時ツノや翼を生やしていたし、エルドワもジードと相対した時は子犬だったはず。対面していた時間も僅かだったことを考えれば、一見では分からないのだろう。
(……こいつは気配や魔力で個人の判別ができないのか。やはりヴァルドや他の親族に比べてだいぶ能力が低そうだな)
それを補うために術式など知識の補強や半魔化をして、今に至っているわけだ。
この男の抱えている劣等感はそれだけ大きいということか。
「……レオさん、とりあえずここはクリスさんの言う通り、書庫の本を提供しておくべきでしょう。一応の借りは返しておかないと、後々面倒なことになりかねません」
「……仕方ねえな」
不愉快そうに言うヴァルドの言葉に、レオも眉間にしわを寄せつつ頷く。
天然で楽天家なクリスだが、そこには思わぬ思慮深さが内在していて、おそらく実際はレオが心配するような結果にはならないのだ。
気に病むだけ無駄なのかもしれない。
レオはため息を吐くと腕の中のユウトを解放して立ち上がった。
「そうと決まったらとっとと用事を済ませちまおう。ガラシュには罠を解いたことも知られたはずだ。今日中にここを離れないといかん。……ヴァルド、書庫の空間転移の術式を解呪してくれ」
「分かりました」
命じられたヴァルドがすぐに解呪途中だった術式に近付く。
構文は読み解かれているから、後は術式の効果を消すだけだ。
彼は浮かぶ術式の上で指を動かして、するすると術を掛け合わせ相殺していった。
「……よし。今度は問題ない。最後にこの文言をぶつけて作用させれば……解呪」
やがてものの五分もしないうちに術式は消え去り、何もなかった空間に一瞬方陣が浮かび上がる。
そこから光りが立ち上ったかと思うと、その中に二階建ての石造りの建物が現れた。リインデルの書庫だ。
最後に術式の残滓を手でぱっと払うと、ヴァルドは振り返った。
「無事完了しました」
「ああ、村の書物庫だ……懐かしい!」
それを見た途端、クリスが入り口に駆け寄っていく。
……三十年前に全てが滅んだと思った村に、唯一残されていた書庫。今の彼の感慨はいかほどだろう。
しかしそんな事情など知ったことではないジードは、構わずクリスに声を掛けた。
「……扉は開くのか? 私が転移先でアタックした時は、ガラシュが封印を掛けていたせいで扉を開くどころか一切近寄れなかったが」
「封印は転移先の土地自体に掛かっていたんでしょうから、おそらく今は外れていますよ。鍵も掛かっていないようです」
無神経なジードを特に気にするでもなく、クリスは応じる。
とりあえず今は感情を後回しにする心づもりのようだ。
頓着なく扉に触れ、両開きのそれを手前に引き開けた。
そこでそのまま、深く息を吸い込む。
「少しカビ臭い、古い本の匂い……変わってないなあ。中の様子もほとんど変わっていないみたいだ。ガラシュは頻繁にはここに来ていなかったのかな」
「あの男は、ここの本自体には興味はなかったからな。おそらく何者かに頼まれて、守っているだけだったのだろう」
「……何者か?」
さらりと零された言葉に、クリスが即座に食い付いた。
これは彼の知らなかった新たな情報だ。まあ当然の反応と言えよう。
「……この書庫は、ガラシュの意思で隠されたわけじゃないということですか?」
「当たり前だ。ガラシュが、人間風情の持っている書物に興味を示すわけがないからな。それを望んだ第三者がいるとしか考えられん」
言われてみれば、ガラシュは高位魔族でプライドの高い吸血鬼。下位種族の知識などを欲するわけがない。
ジードの言う通り、誰かの依頼があって、書庫を隠していたのだ。
……となると、その誰かとは何者か。
「……ではその何者かが、リインデルを襲ったのでしょうか?」
「知らんな。私は当時から他の兄弟たちとは別行動をしていたし、奴らの行動なんて興味もなかったからな」
「……そうですか」
核心に触れられそうで、中々届かない。
あまり表情には出ないが、クリスは落胆した様子だった。
やはり気にしていないように見えても、彼にとってリインデルを襲った者への復讐は、心の中で大きなウエイトを占めているのだろう。
そんなクリスの様子を見ていたユウトが、小首を傾げながらジードに訊ねた。
「ジードさんはその『何者か』に心当たりはないんですか?」
「わ、私にか? ……ガラシュに頼み事ができるような者などそうそういるわけがないし、心当たりはないな……。さらに位が高いか、もしくはあの人間たちのように利害関係のある者だと思うが」
あの人間たち、というのはジアレイスたちのことだろう。
しかし三十年前はまだ魔研は存在していないし、ジアレイス自体も魔法学校の学生だった頃だ。
その頃に、ガラシュにリインデルの焼き討ちと書庫隠しを依頼できるとは思えないが。
「他に、何でもいいからリインデルに関する情報があったら教えて欲しいんですけど」
「ほ、他に? ……うっ、かわ……そんな哀願するような目で私を見るな! 精神攻撃か!」
ユウトに情報を求められ、じっと見つめられたジードがわたわたしている。
狡猾な男のこと、どこかに嘘が混じっているのではと思ったけれど、この様子ならユウトの前で嘘などつけないだろう。
男は心底困ったように記憶を絞り出しているようだった。
うんうんと唸って視線をさまよわせて。
しかしやがて、はたと何かを思い立ったように手を叩く。
「……そうだ! リインデルのことなら、あの男に聞くのが早いぞ」
「あの男?」
「魔界からリインデルと通信していた男だ。当時のことも何か知っているかもしれん」
「リインデルと通信していた魔族……!?」
ジードからの思わぬ情報に、クリスが身を乗り出す。
そういえばクリスの祖父が魔界と通信していたとは聞いていたけれど、その相手は知らなかった。
そして、どうやらクリスも。
「クリス、あんたも爺さんが通信していた相手を知らなかったのか?」
「うん、お爺さまはそれに関して他言をすることはなかったから。……まさか、こんなところで知ることができるなんて」
「ジードさん、その魔族って?」
ユウトが重ねて訊ねると、ジードは件の魔族の顔を思い出したのか少し不愉快そうな顔をしつつも、すんなりとその名前を口にした。
「リインデルと通信をしていたのは、魔界図書館の管理人……ルガルだ」




