兄、弟とジードの接点を絶ちたい
目を閉じていた意識もなかったけれど、ぱちりと覚醒すると上から魔女っ子の姿をしたユウトが見下ろしていた。
どうやら自分たちは地面に倒れていたようだ。
視線が合った途端、弟がほっとしたように微笑んだ。
「良かった、みんな怪我とか何もしていないみたいだね」
手を差し伸べられて、レオは当然それを取る。
引かれるままに上半身を起こすと、今度はこちらがユウトの手を引っ張って、細い身体を腕の中に収めた。
「わ、兄さん、何?」
「……充填させろ」
一言だけ呟いて、抱き締めた弟の匂いを胸一杯に吸い込む。
不安にさいなまれていた兄の内心を察したのだろう、ユウトはおとなしく、レオにされるがままになった。
ただ首だけを巡らせて、周囲を見る。
そしてレオ以外のみんなも起き上がったことを確認し、安堵のため息を吐いた。
「良かった、みんな助かって……。ジードさんのおかげです、ありがとうございます!」
「うむ」
ユウトの少し後ろにいるジードは、腕を組んで偉そうな態度だ。
まあ、『助けてやった』という優位を感じているのだろう。
男はそのままヴァルドに声を掛けた。
「久しいな、一族の異端児ヴァルドよ。私のおかげで命拾いしたな」
「……このようなところで、こんな形でお会いするとは思っていませんでしたよ、一族の異分子ジード叔父」
互いにとげのある挨拶。
それにユウトがぱちりと目を瞬く。
「……もしかして、ジードさんの相容れない相手って、ヴァルドさん?」
「そうです。……が、今回は助けられてしまいましたし、もゆるさんも手を出すなとおっしゃるので、おとなしくしておきます」
「うん、けんかしないでね」
「我が主の仰せのままに」
ヴァルドがユウトに向かって胸元に手を当てて臣下の礼を取ると、今度はそれを見ていたジードが目を瞬いた。
「……ヴァルド、貴様はもゆるとどんな関係が……?」
「私はもゆるさんと血の契約をしているのです。羨ましいでしょう」
「ちっ、血の契約だと……!? もゆるに従属しているのか!?」
得意げに言うヴァルドに、ジードが動揺する。
他の叔父たちは他者に従属するヴァルドをプライドがないと評したが、どうやらこの男は違うようだ。
明らかに妬ましげで、ハンカチを噛みそうな勢いだった。
「もゆるさんの血を頂く時の至福と言ったら……。尊く可愛らしいマスターから向けられる信頼も、何ものにも代えがたい」
「う、羨ましくなぞないわ! ちょっと良い匂いがして褒めてくれて認めてくれてくっそ可愛いだけだろうが……っいや、可愛いなんて少ししか思ってないが! そもそも、この私が誰かの下につくなど……!」
「ああ、そうですね。プライドの高いジード叔父が誰かに従うなどあり得ませんでした。では我が主に興味がないならば、今宵は運命の悪戯だったと考えて、今後もゆるさんに近付かぬようにお願いします」
ヴァルドはジードの天邪鬼を逆手にとって、以後この男がユウトに会わないように予防線を張る。
それにジードがぐっと言葉に詰まった。
距離を取ったまま、ピリピリとした雰囲気でにらみ合う二人。
やはり相性はすこぶる悪そうだ。
しかしそれを眺めていたクリスは、のほほんと笑った。
「なんか、ジードってアイクさんに似てるなあ。思ったよりずっと扱いやすいかも」
確かに、この激しいツンデレっぷり、目付きが悪くインテリっぽい感じ、ベラールの村長を彷彿とさせる。
どうりで、見ていると何だかいたたまれないような感覚があったわけだ。勘弁して欲しい。
そんな男の大体の傾向を掴んだクリスは気安い様子で立ち上がると、膠着状態に陥ったヴァルドとジードの間におもむろに割って入った。
「こんばんは、初めましてジードさん。今回は私たちを救って下さってありがとうございました」
「……何だ、お前は?」
「もゆるちゃんやヴァルドさんの仲間で、クリスティアーノエレンバッハと言います。クリスとお呼び下さい」
思わぬ第三者の乱入に、ジードは怪訝そうな顔をする。
しかしクリスは構わず話を続けた。
「こんな短時間で罠を解けるなんて、ジードさんって博学な方なんですね。これは確か、人狼族のシャーマンが使う術式だったと思うのですが」
「……ほう。人間風情がよく知っていたな」
「私は昔から術式や世界の理について勉強をするのが好きだったもので。だからあなたのように術式に造詣の深い方は尊敬してしまいます。……もゆるちゃんも、すごいと思うでしょ?」
「もちろんです。ジードさんはすごいですよね」
「そ、そうか」
ユウトを絡めれば、途端に男は機嫌を上げる。
狙ってやっているのか知らないが、上手いやり口だ。
すっかりジードの視界から逸れてしまったヴァルドは、肩を竦めてレオたちの隣に下がってきた。
「……すっかり意識をさらわれてしまいましたが、ジードを相手に、クリスさんは話をどう持って行くつもりなんでしょう」
「さあな。あいつも結構自分勝手に動くから……」
「クリスは多分、ジードと仲良くなろうとしてる」
「「は?」」
エルドワの言葉に、レオとヴァルドが同時に眉を顰める。
いや、ありえないだろう。
あんな信用ならない、すぐにひとを欺いたり実験体にしたりするような男と仲良くなろうとしているとは。
「……奴は油断して見せたら、すぐに寝首を掻くような男ですよ? 親しくなろうなんて、正気の沙汰ではない」
「そもそもあんな男と今後の接点なんて残しておきたくないんだが」
「でも、クリスはジードの知識にすごく関心があるみたいだった」
「クリスさんがジードさんと仲良しに? それは素敵!」
クリスの行動に怪しみを感じているレオたちをよそに、ユウトはそれを歓迎する。
何よりもユウトとジードの接点を残しておきたくないレオは、それに不満げに舌打ちをした。
「素敵なことあるか。余計な問題が増えるだけだぞ」
「でも、ジードさんって僕たちの敵と敵対してるでしょ? 相手が同じなら手を組んで知識を出し合った方が良くない?」
「……普通の相手なら、その提案にも賛成するのですが……」
ヴァルドがため息まじりにそう呟いたところで。
「ジードさん、リインデルの書庫で探したい本があるんでしょう? 良かったら私も一緒に探しますよ」
ジードと話していたクリスが、一足飛びで勝手にとんでもない提案をしていた。




