弟、ジードを困惑させる
何だか警戒(?)しているし、こちらを疑っているのではと思ったジードだが、ひとまず会話はしてくれるらしい。
ユウトはほっとして、笑顔で答えた。
「僕はもゆるといいます。あなたは?」
「もゆる……。わ、私はジードだ。……この、わけの分からん精神攻撃を仕掛けているのは、君なのか……?」
「精神攻撃? 僕は何もしていませんけど……」
はて、とツインテールを揺らして小首を傾げると、ジードの視線がちらりとこちらに向く。
「くっ、かわ……いや! 絶対おかしい! 私がこのような小娘ごときに動揺するなど……! これは生体異常だ! 早く拠点に戻ってキュアを掛けなくては……!」
よく分からないことを喚いて、唐突にジードが立ち上がる。
それに驚いて目を瞬いたユウトを、男は見下ろした。
……そのまま、しばしの沈黙。
てっきりすぐにどこかに行ってしまうのかと思ったけれど、そういうわけでもないのだろうか。
ユウトは不思議に思いながらその顔を見上げた。
……何だか、ジードはまだ顔が赤く、困惑している様子だ。その視線がまた、ふいっと明後日の方向を向いた。
「あの、ジードさん……?」
「……君……、も、もゆるのような村ネズミの一撃で倒れそうな小娘を、こんな危険なところに一人で残していくわけにもいかないだろう……。頼みもしていないが不本意ながら救われてしまったし、……礼といっては何だが、あ、安全なところまで送ってやってもいい」
どうやら一人になってしまうユウトを心配してくれているようだ。
目付きは悪いが、思ったよりも優しい人なのかもしれない。
その気遣いに、ユウトはにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。ジードさんっていいひとですね」
「いっ、いいひと!? 私が!?」
「会ったばかりの僕のことを心配してくれるんですから、いいひとです」
「……は、初めて、言われたぞ、そんなこと……」
何だか困惑を通り越して混乱している。
けれど、ユウトの言葉に対して嫌悪感を抱いている様子はないから大丈夫だろう。
褒められ慣れていないひとなのかなと考えつつ、ユウトも立ち上がった。
「あの、そんなジードさんの親切心につけ込むようで申し訳ないんですが、ちょっとお願いを聞いてもらえませんか?」
「お、お願いだと……? 私がそんなものを聞いてやる義理はないが……まあ、言ってみるがいい」
唐突なお願いを突っぱねずに一応は聞いてくれるというのだから、やはりいいひとだ。
ユウトはそう決め込んで、ジードとの距離を詰めた。
「僕の兄さんと仲間が、そこの術式を解いている最中に罠に掛かっちゃったんです。それを救い出すのに手を貸して欲しくて」
「ちっ、近……ん? 何? そこの術式を解いたのは、もゆるの仲間なのか。もしかして、視覚誤認も……?」
「そうです。ここにある書庫を開放しようとしてて、さっきまでここの空間転移の術式を解こうとしていたんですけど……」
「書庫を……!? ということは、これを解呪すれば……!」
ユウトの話を聞いた途端、ジードは術式のもとへ向かう。
それを追って、ユウトも術式に近付いた。
「すでに構文が読み解かれている……。なるほど、最後まで読み解くと発動する罠が仕掛けられていたのだな」
「ジードさん、やっぱり術式を読めるひとなんですね。僕の兄さんたちは、この罠に掛けられてしまったみたいなんです」
「バイトプリズン……監禁の罠か」
ジードは二段に重ねられた術式を順に眺める。
見ただけで分かるということは、彼は術式を扱い慣れたひとなのだろう。
これなら解呪を期待できるかもしれないと、ユウトも後ろから術式を覗き込んだ。
「……ガラシュの構文を読み解いているということは、罠に掛かっているのはもしやあの男……? だとすると、助け出したら私にリスクが……」
「……罠の解呪、できそうですか?」
ぶつぶつと何事かを呟く男に、後ろから訊ねる。
するとこちらをちらりと振り返ったジードは、こほんとひとつ咳払いをした。
「そ、そうだな。こっちの書庫の術式は解いてやってもいい。ここは私も興味のあるところだからな」
「え? じゃあ、もうひとつの監禁の罠っていうのは……?」
「そっちは、その、まあ、解けないわけじゃないが色々あってだな……」
「……駄目なんですか……?」
そちらの方が重要なのに、どうやら色よい返事は聞けないらしい。
それについユウトがあからさまに落胆をすると、その様子をみたジードがあわあわと慌てだした。
「いや、駄目というか……私にも都合というものが……」
「……あ、ごめんなさい。ジードさんなら兄さんたちを助けてくれるんじゃないかって、僕が勝手に期待しちゃったから。……そうですよね、ジードさんには僕のお願いを聞く義理はないし……」
監禁の罠がジードにしか解けないことを知らないユウトは、無理強いはせずに自分がどうにかするしかないと考える。
ならば彼をここに止めておく意味もないと、邪魔をしないようにジードの側から離れた。
「足止めしてごめんなさい、ジードさん。もう僕のことは気にせず、行ってくれて大丈夫ですよ。気を付けて帰って下さいね」
笑顔を見せようとしたけれど、どうしても眉尻が情けなく下がり、無理な笑顔になってしまう。
だが自分がそんな顔を見せたところで彼には関係ないだろう。
そう思ったのだけれど。
なぜだかユウトが距離を取ったことで、ジードは今まで以上に動揺したようだった。
「ま、待て。私は別に、もゆるをむげにするわけじゃない。礼として書庫の解呪くらいは……」
「……兄さんたちがいなければ、僕にとってはそちらを解呪しても意味がないんです。別にお礼して欲しくてジードさんを助けたわけじゃないし、気にしないで下さい。僕は罠を解呪できるまで、まだここにいるんで」
「……ずっとここにいたら、ガラシュという奴が来て殺されるかもしれんぞ。死んだら元も子もないだろう」
「それでも、僕は兄さんたちを助け出すまでここから離れないです。……ジードさんだって、もしもすごく大事なひとを失うかもしれないと考えたら、何でもしようと思うでしょう?」
「大事なひと……?」
ユウトの言葉に、ジードが眉を顰める。
不愉快というよりは、理解不能といった様子だ。
「……よく分からんな」
「……そうなんですか? でもきっと、あなたにもいると思いますよ。死んで欲しくない、生きてて欲しいと思う、大事なひと」
「死んで欲しくない……」
そう告げたユウトを、ジードはまた困惑したように見つめた。




