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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ひとり聖域の術式に乗る

 レオは未だに術式を読み解くクリスたちのところを離れ、再びユウトの元にとって返した。

 すぐに戻ってきた兄を、弟がきょとんと見つめている。


「どうしたの? レオ兄さん」

「もゆる、例の聖遺物レクリス……聖域の術式が描かれた布と魔石を出せ」

「え? うん」


 レオが指示をすれば、ユウトは首を傾げながらも素直にポーチから聖遺物を取り出した。

 きれいに畳まれた布を、弟が兄に差し出す。

 レオはそれを受け取ってその場に広げ、地面に置いた。


「少し早いが、危険に備えておくに越したことはないだろう。お前はここで聖域の術式方陣に乗ってろ」

「え、僕だけ? エルドワは?」

「エルドワは降魔術式が来たら子犬にしてお前に渡す。エルドワ、それまでは向こうに一緒に来てくれ」

「分かった」

「ええ~……僕だけ、何もしないで安全なところにひとり?」


 自分だけ聖域で守られていることが、かなり不満のようだ。上目遣いにじとりと睨まれた。

 だが唇を尖らせて拗ねる様は、結局ただただ可愛いだけなのでとりあえずハグをしておくことにする。


「んもう、こんなのでごまかされないんだからね!」


 特にそんなつもりもなかったが、まあそういうことにしておこう。

 レオはそのままユウトの頭をぐりぐりと撫でた。


「お前にはこのあと降魔術式を返術するという大役があるだろう。お前にしかできないことだし、それまでに何かあったら大変だ。我慢してくれ」

「それは、そうだけど……」


 ユウトには別の大きな仕事があるのだ、と諭すと、すぐに怒りはトーンダウンする。彼は絶対的に素直で、怒りが継続しないタイプなのだ。


 まあそもそも、怒りというよりは拗ねていただけ。

 ユウトは不満そうではあるものの、諦めたように息を吐いた。


「……分かったよ。降魔術式が来るまでここでおとなしくしてる」

「良い子だ」


 そう褒めて、もうひと撫で。

 それから腕を解いて解放すると、弟は兄から離れ、術式の描かれた布の上に乗った。


「えっと、この術式の中央に魔石を置けばいいんだよね?」

「ああ、そのはずだ」


 セットになっていた特殊な魔石を術式の中央に置く。

 すると魔石から術式の文様をなぞるように魔力が走り、そのまま外周に到着したところで黄金色の光が立ち上がった。


「わあ、きれい……」

「これで設置完了か? ずいぶん手軽だな。……まあ、他に類を見ない有用性だからこそ、世界でただひとつの聖遺物なんだろうが」


 中から攻撃できなかったり、方陣が狭くて入れるのがせいぜい二人くらいだったりと制限はあるが、それでもありあまるほど利便性と性能を兼ね備えたアイテムだ。


 これでとりあえず、ユウトのことは心配せずに事を進められる。


「もゆる、ここから出るなよ。一度出てしまうと、次に聖域が使えるようになるのは五日後だからな」

「うん、分かってる」


 このあと弟が術式から出るのは、降魔術式の返術の時だ。それまではここで待機。

 この段になってしまえば文句を言っても詮無いことで、ユウトは素直に頷いた。


「降魔術式が来る前に、解呪できそうかな? ヴァルドさんとクリスさんに頑張ってって伝えて」

「ああ。……じゃあ、ちょっとエルドワと向こうに行ってくる」

「うん」


 ここから先は、色々タイミングなどもシビアになってくる。


 術式の解呪、降魔術式の来訪、ジードの出現。

 そのどれもが、重なってしまうと面倒なことになりそうだ。

 ……少し離れたこの距離でも、我々にユウトの幸運が届いてくれればいいのだけれど。


「エルドワ、お前には周囲を警戒してもらいたい。……おそらく、今日ジードがここに現れる。お前ならその匂いが分かるだろう?」

「ジード……ユグルダのあの男か。エルドワなら分かる。任せて」


 さすがエルドワ、頼もしい返事だ。

 そんな大男を伴って、レオは再びクリスたちと合流した。


「解呪の方はどうだ?」

「もうすぐヴァルドさんが原文の読解を終えるところだよ。これから解呪に入る……と言いたいところだけど、解呪の途中に横やりが入ると厳しいんだよね」

「降魔術式で私をおとりに使いたいと聞きました。解呪している最中に他の魔力の干渉を受けると術式に仕込まれた罠が発動してしまう可能性もありますし、いっそ降魔術式とジードの討伐を終えてからの方がよいかと」

「……確かに、それぞれの事案が重なると面倒そうなんだよな。一旦解呪を先送りするか……」


 ヴァルドはだいぶ順調に読解を進めたようだが、ここからは解呪に掛かりっきりではいられない。

 降魔術式のおとりはもちろん、ジード相手に魔眼と吸血鬼殺しを発揮してもらわなくてはいけないのだ。


 しかしそれらが一遍に重なると、さすがに有能なヴァルドでも対応は難しいだろう。

 できるだけ有利に事を運ぶ配慮が必要だった。


「解呪を後回しにすれば、最悪重なっても降魔術式とジードの出現だけか」

「その場合、ジードが私より先に降魔術式に掛かる可能性もありますね。……魔研の完全な支配下に置かれるとかなり面倒な男ですが、奴が降魔術式に掛かった時は放っておきますか?」

「あー、そういう問題もあるな……」


 それこそジードが魔研に操られると、王都に送られて禁忌魔法で自爆させられそうだ。かなりまずい。


「ヴァルド、あんたが魔眼でジードを支配下に置けば、その間だけは降魔術式に飲まれなくなるんだろ? その間にもゆるに返術してもらうしかないな」

「なるほど。……おそらくジードに魔眼を掛けるのは一筋縄ではいきませんが、やってみる価値はありそうです」

「じゃあ、一旦降魔術式からは救って、その後に改めてジードを倒すって感じかな? その場合はもゆるちゃんが聖域の術式から出ちゃった後だから、ちょっと心配だね」

「む……ヴァルドの魔眼が効いたままで倒せればいいんだが……」

「その辺りは善処します。……とりあえず、原文を最後まで読み解いてしまいますね」


 そう言って、ヴァルドは最後の読解に入る。

 クリスもまた、先ほどと同じようにその手元を覗き込んだ。

 レオとエルドワは、その後ろで周囲を警戒する。


「エルドワ、ジードの匂いは?」

「まだしない。……ただ少し、この辺りの魔力の流れが乱れてきた」

「魔力の流れ?」

「うーん、悪魔の水晶のせいかな? 今までずっと凪いでいたのに、ちょっとザワザワする」

「ザワザワする……? ヴァルドの読解が終わった後に、みんなで周囲を調べてみるか」


 エルドワの直感的なものなら少々気になる。

 レオにも多少の嫌な予感が過ぎった、ところで。


「「あっ……!」」 


 ヴァルドとクリスが、同時に驚愕の声を上げた。

 この二人から出るのは珍しいタイプの声だ。

 つまりは何か悪いイレギュラーがあったということ。

 レオはすぐさま問いかけた。


「どうした!?」

「これは……ガラシュにしてやられました! 一族とは別の構文が最後に……!」

「うわ、解読完了と同時に発動する時限罠だ! 最後の文様はバイトプリズン……監禁の罠か!」


 クリスが言い終わらないうちに、周囲に風が渦巻き始める。

 それに毛を逆立てたエルドワが反応した。


「あっという間に魔力の渦が空間に集約した……レオ、クリス! これ、範囲魔法で人間も巻き込まれるやつ! 瘴気無効のアクセサリーが飛ばされないように気を付けて!」


 エルドワの言葉にとっさに胸元のペンダントを握り込む。


「レオ兄さん! みんな!」


 遠くでユウトの声がして。

 その次の瞬間。

 レオは真っ暗な空間に放り込まれた。


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