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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、弟の血の効果を心配する

 森を抜けて村に戻るとエルドワが立ち止まり、クンクンと周囲の匂いを嗅いだ。

 おそらく術式の魔力が流れて来る方角を探っているのだろう。

 それを確認するとすぐに再び歩き出す。


「エルドワがいて本当に助かるなあ。こんなの、きっと他のどの獣人でも見付けられないよ」

「まあ、こいつは魔獣の中でも最高位に近い種族の半魔だからな。魔性もだいぶ強いみたいだし、能力はバカ高いだろ。特に今はもゆるの血も飲んでるしな」

「ああ、だからいつもより強者の気配がするんだね。……もゆるちゃんの血は、半魔にとっては神薬ネクタルに匹敵するのかもしれないね」


 神薬ネクタルは、飲んだ者の力を能力値の最大まで引き上げる飲み物だ。

 攻撃力に加えて素早さや耐久力も上がり、それを飲んだ者を倒すのは至難の業となることから、書物によっては不死の薬とも書かれている。


 今はおとぎ話や神話の中にしか現れないけれど、どの書物でも争うように求められるのが神薬ネクタルだった。


(……ユウトの血がそれに匹敵する?) 


 クリスにそう言われたことに、レオは顔を顰める。


「……やめてくれ。その効能を求めてもゆるの血を狙う輩が現れるなんて考えたくもない」

「例え話だよ。……どちらにしろ、もゆるちゃんにはエルドワとヴァルドさんがついてるからね。それより格下の半魔はもゆるちゃんに手が出せないから大丈夫」

「……そうなのか?」

「ラダの村とかでも平気だったでしょ。……それにもゆるちゃんの魔力の匂いに強く惹き付けられるのは、高位で魔性が強いタイプの半魔みたいだし」


 確かに、アシュレイあたりはユウトが良い匂いがするとは言っていたけれど、ラフィールのように人格が変わるほどデレデレになることはなかった。

 あれは魔物としてのランクと魔性の大小による違いだったのか。


「……ラフィールはどうなんだ? だいぶもゆるの匂いにやられてたが、その血が欲しいなんて言い出したりしないだろうな」

「それはないと思う。エルフは高潔な一族だからね。それに人間や半魔の血を一定量摂取するとダークエルフに堕ちると言われているし」

「……だったら平気か」


 ならばひとまずは安心だ。

 ユウトの匂いに惹き付けられる半魔たちも、基本的には皆好意的で危害を加えようとする者はいない。

 レオが危惧する必要はないのかもしれない。


 そんな話をしながら子犬と弟の後ろを歩いていると、エルドワが村の端にある樹木のところに向かって行った。

 幹も葉も火事のせいで焼け焦げているが、倒れる様子はなくしっかりと立っている大木だ。


 あそこに術式が隠されているのか。

 そう思って歩を早めようとしたところで、なぜかエルドワが立ち止まった。


「……アン」

「ん? どうしたの、エルドワ?」

「アウ……、アンアン……」

「おい、まさかここまで来て分からなくなったとか言うんじゃないだろうな?」

「アン? アンアンアン! ガウ」

「うーん、エルドワ、わんこのままじゃ何言ってるか私たちには分からないねえ」

「アウ……」


 子犬は何かを訴えようとしているようだが、やはり三単語以上になると何を言いたいのかさっぱりだ。

 クリスが婉曲に人化を促すと、エルドワは渋々といった様子でその姿を変えた。


 子犬の質量がいきなり大きくなり、形状を変えたと思うと野性的な偉丈夫が現れる。

 ……エルドワはなぜかいつもの子どもではなく、大人の姿になっていた。


「え、えええ!? エルドワ!?」


 隣でその姿を初めて見たクリスが眼を丸くしてる。

 まあ、当然の反応だろう。レオも初めてこの姿を見た時は同じ状態になった。


「……エルドワ、人化は苦手。ユウトの血を飲んで人化すると、身体の大きさを操れない」

「そうか、そういえば人化する時、いつも耳と尻尾隠せてないものね……。うわあ、しかし、エルドワこんなに大きくなるんだねえ……。レオくんよりも大きいなんてびっくり」

「身体が大きくなると、慣れるまで手足の感覚がつかめないからあまり好きじゃない。狭いところも入れないし」

「僕は大きいエルドワも好きだけどな。筋肉カッコイイし、見るからに頼もしいもん」

「……ならいい」


 ユウトに褒められると、途端に尻尾を振って機嫌を直す。

 エルドワもユウト相手だとチョロい男だ。


「いいなあ、筋肉……。触って良い?」

「うん」


 そしてユウトはいい加減筋肉にあこがれを抱くのやめて欲しい。


 ……別に、エルドワの方が自分より筋肉があるから悔しいなんて、微塵も思っていない。絶対だ。


「……それよりエルドワ。さっきは何を言おうとしていたんだ?」


 レオはユウトの気を逸らそうと、ズレてしまった本題を引き戻す。

 エルドワがすぐにそれに応じれば、思惑通り弟もこちらに意識を戻した。


「この先に術式があるんだけど、罠が掛けられてる」

「罠だと?」

「あー、じゃあ昨晩来た魔族が仕掛けていったの、これかな? 何かやってるなーくらいの気配しか探れなかったんだよね。私に解ける罠かな?」

「クリスじゃ無理」


 そう言ったエルドワは、大木の方を振り返った。


「術式をぐるりと囲うように張ってある。人間には感知できないけど認識もされない罠。クリスでは感知できない」

「人間には感知できないけど認識もされない……ってことは、魔族か半魔を引っかけるための罠ってことか?」

「多分そう。普通ここに人間は来れないから」

「それもそうか。……となると、ここから先はエルドワともゆるは進めないんだな?」

「うん。レオとクリスで術式を見付けるしかない」

「それは中々に面倒だな……」


 だいたいの場所が分かるとはいえ、視覚的な阻害を受けている状態でその術式を見付けられるかは甚だ疑問だ。

 しかし眉を顰めたレオに対して、クリスは笑顔で請け合った。


「そうか、じゃあ後は私とレオくんで探すとしよう」

「おい、簡単に言うなよ。人間は特に視覚による認知が大きいんだぞ」

「もちろん分かっているよ。でもここまで場所の特定ができれば、これでどうにかなる」


 そう言って、クリスがポーチを漁る。

 そこから出てきたのは、手のひらに収まるほどの大きさのアイテムだった。


「……何だそれは? ……ルーペ?」

「そう。本来は魔書を読み解くための特殊なもので、王立魔法研究機関の研究員にしか支給されないものなんだけど。解読の手伝いをする時にライネル陛下におねだりしたら、二つ返事でくれたんだよね」

「それは、どんな効果があるものなんですか?」


 ユウトが興味深げに覗き込むと、クリスはそれをかざして見せた。


「魔書には重要な術式や文章を隠すために、視覚を阻害する魔法が掛かっていることがたまにあるんだ。それがこのレンズを通すと、阻害魔法をシャットアウトして本来の術式が読めるようになる」

「へえ、すごい!」

「ただ、対象物の10センチ以内じゃないと見えないんだよね。だから村中探すなんて到底無理だったんだけど、エルドワがここまで場所を絞ってくれたならどうにかなるよ」


 なるほど、確かにそれならどうにかなりそうだ。

 レオも納得する。

 それならさっさと術式を見つけ出して解呪してしまおう。


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