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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、意図的な幸運を訝しむ

 未だ分からないことだらけだが、それでもリインデルの襲撃にガラシュ・バイパーが絡んでいそうなことと、その魔族がクリスでは勝てない相手だということは分かった。

 それだけでも収穫だ。


 ヴァルドに話を聞けば、対策の立てようもあるだろう。

 とりあえず今はリインデルの解呪と、降魔術式の返術が先。

 レオはクリスに向き直った。


「……とりあえず、その件は後回しにしよう。エルドワがこの視覚誤認の術式の核を見付けられるというから、先に解呪してしまうぞ」

「本当かい!? さすがだね、エルドワ。頼りにしているよ」

「アン」


 クリスの期待のこもった視線を受けて、エルドワはキリッとした顔をして返事をする。

 任せろということだろう。頼もしい子犬である。


「できれば夕刻を過ぎる前に視覚誤認を解いて、ここに何が隠されているかある程度まで調べたいところだな」

「……ん? 夕刻に何かあるのかい?」

「ここに降魔術式のサーチが来るかもしれないんだ。実は昨夕にガントの村もサーチに遭ってな」


 レオはガントでのことの詳細をクリスに説明した。

 それを聞いた彼が、小さく頷く。


「ふうん、なるほど……。どこまでが偶然なのかは分からないけど、昨日私がここに一人でいたのが幸いしたかもしれないね。この幸運はおそらくユウトく……じゃなかった、もゆるちゃんのおかげかな」

「……何の話だ?」


 どういうことだろう。

 一人納得したように呟くクリスの言葉は、レオにとっては不可解極まりなかった。

 二日続けて降魔術式に見舞われるかもしれないのに、こんな状況でユウトの幸運を持ち出されても。


 そう思ったレオが怪訝な顔をすると、クリスは苦笑をした。


「……私の不運がもしも必然だったとしたらの話なんだけど。もしかするとガラシュ・バイパーがリインデルに来るのは本来、今日だったのかもしれないなと思って」

「……なぜだ?」


 まだその真意が分からず、レオは重ねて問う。


「だって、昨晩ガントを襲った降魔術式は、さらりと回るだけのお試しだったんだろう? それならば、成功させたい本番があるはずなんだ。適当にどの半魔や魔族でもいいから引っ張ってくるだけなら、やることは同じなんだからぶっつけ本番でいいじゃないか」

「確かにそうだが、ならば本番って……」


 その話に何の繋がりが、と思ったところで。

 クリスに問おうと発した自分の言葉で、レオははたと気が付いた。

 それって、もしかして。


「あんたは昨日のガントの降魔術式が、今日ここでガラシュ・バイパーを捕らえるための試行だったって考えてるのか……!?」

「そう。だけど、私の不運がガラシュを一日早くリインデルに招いてしまったのかもしれない」

「いやいやいや、ちょっと待て。その魔族と魔研は手を組んでいるんだぞ? それを、わざわざ狙って降魔術式に掛けるなんて……」


 そう言ったレオに、クリスは肩を竦めた。


「君はガラシュと魔研が信頼し合った仲間だと思うかい? 利用しあっている時は良いだろうが、おそらく互いに利用価値がなくなれば、力がある分厄介でしかない相手だ。魔研が魔族を処分しようと画策していたとしても不思議はないよ」

「ああ……そういや、ラフィールも似たようなこと言ってたな……。魔研は、リインデルにいる魔族をもう用なしだと考えているだろうと」

「ラフィールも昔はここによく通っていて、書庫の蔵書を読んでいたからね。きっともうここに魔研の必要とする本はないと推考したんだ」


 ジアレイスたちが欲する蔵書に至るためのキーを持っていたのがガラシュだったとすれば、それを手に入れた今はもう不要ということなのだろう。


 今までの経緯を見るに、その魔族からは他にも色々恩恵を受けていたに違いないが、それに恩義を感じるようなジアレイスではない。そもそも魔研の奴らにとっては魔族も半魔も、それどころか自分たち以外の人間だって実験動物のようなものなのだから。


 まあガラシュの方だって、おそらくジアレイスたちに対して同じような考えを持っているだろうけれど。


「あんたはこれをもゆるのもたらした幸運だと言うけど、それよりいっそ今日ここにガラシュが来て、向こう同士で潰し合ってもらった方が楽だったんじゃないのか?」

「潰し合ってくれるならね。ただ今回は明らかに魔研優位の奇襲だ。降魔術式で呼び出された者はしばらく自由意思を奪われる。その間に魔研がガラシュを使って何をするつもりかを考えたら、今回は回避した方がずっとマシだよ」


 確かに、ガラシュが捕らえられたとしたら、使役の首輪あたりを付けられて対王都戦に駆り出されるかもしれない。そして最後には、何かとんでもないものを召喚するための餌にされそうだ。


 クリスも敵わない高位の純魔族。それをジアレイスたちが無傷で手に入れるのは危険だ。


 おまけに今日ここにガラシュが来ていたら、ユウトを巻き込んでの戦闘になるのは避けられなかったし、その最中に降魔術式のサーチが来れば対応しきれなかった。

 一応聖域の魔方陣はあるが、みんなが戦っているのにユウトがそこでおとなしくしていてくれるわけもない。


 だとすればクリスの言う通り、今回は運が良かったのかもしれなかった。


「君たちがガントにいる時に降魔術式に遭ったのも運が良かった。あそこは浄魔華があるからもゆるちゃんは特に回避しやすいし、ラフィールから強制返術の知識も教えてもらえただろう? あの詠唱を知る者はそうはいないからね」

「まあ、そう考えると幸運だったか……」


 クリスの不運とユウトの幸運がかみ合ってのこの結果。

 偶然なのか必然なのか。

 何かの意図を感じてレオとしてはもやもやとするのだけれど、今は呑み込んでおくしかない。


 レオは思考を切り替えるべく、軽く頭を振った。


「……とりあえず、村に戻ろう。夕刻になる前にとっとと視覚誤認の術式を解呪するぞ」

「そうだね。じゃあエルドワ、術式の大元を探してくれるかな?」

「アン」

「あ、ひとりで行っちゃ駄目だよ、エルドワ」


 エルドワが張り切って歩き出すと、ユウトがそれを追ってすぐ後ろをついて行く。

 レオとクリスはそれに続いた。


 下りの道中は上って来る時同様、森の木々が萎縮していて空気がぴりりとしている。

 クリスがそれを見て眼を丸くし、感心したように呟いた。


「……わあ、もゆるちゃんがいると森の植物たちがおとなしいね。すごい、覿面だな」

「あんたは強行突破したのか?」

「うん。あんまりうるさいところは聖水振りまいたけど。……昔、浄魔華が咲いてた頃はここまで凶暴じゃなかったのになあ」


 ここに村があった時は、ラフィールがマメに来て浄魔華の手入れをしてくれていたらしい。

 それがなくなって瘴気が濃くなり、植物は巨大化、凶暴化したようだ。


「この周辺は動物系の魔物もいないな」

「そうだね。多分この森に入るとみんな食べられちゃうんだよ。骨まで残さず養分にされちゃうからね」


 何とも物騒な。今回ばかりはユウトが聖属性持ちで良かった。


「……ところで、昨晩来たガラシュはリインデルで何をして行ったんだ?」

「ん-、術式のメンテか何かかな? 私もその姿を見たのは少しだけで、すぐに侵入探知の術式を回避するためにデス・ネペンテスの中に入っちゃったから。気配を探った感じ、見回ってるというよりは何か作業をしている様子だったけど」

「あんたの不運が影響したとはいえ、何の理由もなく来訪を一日早めるわけないよな。となると、術式に不具合が起きたか、退けたい相手に対する罠でも掛けたか……」


 村を歩いていたクリスが気付かないうちに術式の一部を欠損させ、それを確認がてら直しに来た、くらいの理由かもしれないが。


「術式って解除すると、ガラシュにバレてしまうものなのか?」

「それはもちろん。今まで消費されていた魔力が途切れるからね。でもまあ、バレたとしても今日すぐには来れないでしょ。昨日来たばかりだから」

「……ああ、そうか。魔族でもこっちの世界で瞬間移動しようとしたら転移魔石が必要だもんな。おそらく魔研が渡してるだろうが、最低限の数に違いないし」

「そういうこと」


 これを幸運という単語で片付けて良いのかは甚だ疑問だが、今はそのまま受け入れるしかない。

 レオは前を歩くユウトの背中を眺めながら、誰にも気付かれぬように小さくため息を吐いた。


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