弟、魔方陣が描かれた布と魔石を取り出す
「他には私がやったように白い浄魔華の蜜を頭から被る手もあるが、あれは元々悪いものを寄せ付けない浄魔華の花畑の中にいて辛うじて通用するもので、瘴気の強いリインデルではほとんど効果が見込めないのでな……」
「へえ、白い浄魔華の蜜ってそんな効果もあるんですね。でもこのもえす装備だと防汚属性がついているから、そもそも被っても下に流れ落ちちゃうかも」
「それ以前に、ユウトに蜜を掛けるなんて俺が許さん」
甘い匂いのする可愛い弟にさらに甘い蜜を掛けたら、魔物にご馳走だと思われそうだ。
まあどちらにしろ、それはリインデルでは役に立たないようだが。
レオはそれよりも、さっきラフィールが言った魔方陣の描かれた布と石のことが気になった。
以前、どこだかで見た覚えがあるのだ。
「……ユウト、蜜のことより魔方陣と石の方だ。お前のポーチに入ってないか?」
レオは頻繁にポーチの中身を出し入れするから、自分の持ち物は完璧に把握している。その中にないということは、ユウトが持っているのだろう。
そう考えて訊ねると、弟はぱちりと目を瞬いた。
「魔方陣が描かれた布と石……? あ、そういえばクリスさんと入った海の中のゲートの、ボス宝箱からそんなのが出てたかも。ウィルさんに鑑定してもらおうと思ってたのに、それどころじゃなくなっちゃったからなあ」
「……もしやユウト様、聖域の魔方陣をすでにお持ちで……!? さすがでございます!」
「いえ、本当にそのアイテムか分からないですけど……。ええと、これです」
ユウトはふわもこのポーチをごそごそと探ると、そこからきれいに畳まれた布と魔石を取り出す。
そして飲み終わったカップをよけ、テーブルの上に広げた。
レオたちでは一見しても何の文字、何の図形なのかもわからないような魔方陣だ。
しかし一度文献で見たことがあるというラフィールは、すぐに請け合った。
「ああ、間違いございません! 精霊の扱う高位古代語……流用不可能の難読術式! 奇跡の魔石にある刻印もそのままです!」
「高位古代語……って、通信機を作る時に大精霊が書いてくれたのと同じようなものか」
「……ということは、これって精霊さんが作ったアイテムなのかな」
「かもしれんな」
以前も聖属性を持つ者が所持していたというアイテム。
はたしてこれは偶然だろうか。
世界にひとつだけの超稀少な聖遺物。
聖属性に引き寄せられると言うけれど、それよりも大精霊の思惑があってユウトの手元に来たという方が、レオとしても納得がいく。
ただその目的は、未だによく分からないけれど。
(……大精霊は、ユウトに何をさせようとしているんだ……)
何かが胸につかえたような気分がする。
だがそれを聞こうにも大精霊は行方知れずだし、ディアも不在。
しばらくはその疑問を自分で抱えておくしかない。
とりあえず今は、降魔術式からユウトを護る術があることを歓迎しておくべきなのだろう。
「ラフィールさん、この聖域の魔方陣というのは、具体的にどういう効果があるんですか?」
「方陣内にいる者を、誰も攻撃できなくなります。魔方陣の中にいれば、全ての者の攻撃対象から外れると言えば分かりやすいでしょうか」
「……へえ、それはありがたいな。ユウトを乗せておけば安心ということか」
効果は簡潔かつ強力。
これは使わない手はない。
「全体魔法や、流れ矢も防げるのか?」
「無論だ。魔方陣に乗った者は見えなくなるわけではなく、意図的に敵の攻撃対象から外されるのだ。攻撃は間違っても当たらない」
「つまり、意図して除けて攻撃してくれるってことだな」
それなら、今後ユウトをジラックなどに連れて行っても安心だ。
戦場でも端の方あたりで弟がこの方陣に乗っていてくれれば、レオは気にせず戦える。
「ただ、注意すべきこともある。当然ながらその方陣から一歩でも外に出れば、術式は解除されてしまう。この場合、再び方陣内に戻っても効果は消えたままだ。そしてもうひとつ。方陣内から敵に攻撃を仕掛けても術式は解除される」
「……攻撃はされないけど、攻撃もできないってことか?」
「そうだ。これだけ強力な術式がこの世界で存在するには、中庸を取らねばならないからな」
確かに、聖域の中から攻撃ができるなら、その者は無敵になってしまう。
それは世界のバランスを崩しかねない。
だからこその、この仕様だ。
まあそれでも有用なことには変わりない神アイテム。ありがたく使わせてもらおう。
「ラフィールさん、これってどうやって使うんですか?」
「方陣を置きたいところにこの布を敷いて、中央に魔石を乗せるだけでございます。その魔石にある刻印が詠唱の代わりとなり、自動的に術式が発動いたしますので。……発動すると術式が解除されるまではずっと効果がありますが、一度解除された後は魔石から魔力が失せ、次に使用できるようになるまで五日かかります」
「あ、転移魔石と似たような感じなんですね」
「なるほど。五日に一回しか使えないってことか」
転移魔石よりも多少魔力充填に時間が掛かるが、十分だ。
ユウトを危険なところにしょっちゅう連れ回すつもりはないし、普段はレオが護っていれば問題はない。
「よし、じゃあリインデルに行ったらこれを敷いてユウトとエルドワを乗せて、降魔術式のサーチが来たらヴァルドを呼び出しゃいいってことだな」
「え、降魔術式が来るまでずっと魔方陣の上で待機してるの?」
「ユウト様、降魔術式は精神力をすり減らす高負荷な術式でございます。そのため、最低二十四時間のインターバルが必要不可欠。つまりリインデルに術式が回るとしたら、昨夕と同じ頃か、少し遅い時間帯だと思われます。それまでは然程警戒する必要はないかと」
「あ、そうなんですか。じゃあ昼間は大丈夫ですね」
そう、サーチが回るとしたらレオたちがリインデルに着いた後。
その前にクリスと合流もできるだろう。
レオとクリスとエルドワがいれば、降魔術式の気配を察知することは容易。後は布を敷いて石を置けばいいだけだからどうとでもなる。
「その魔方陣の布と魔石はまたユウトが持っておけ」
「うん」
再びアイテムをユウトに持たせたレオは、残ったコーヒーを飲み干すと弟をそこに置いたまま立ち上がった。
「ラフィール、ユウトに強制返術のやり方を教えておいてくれ。俺とエルドワで上から荷物を持ってくる。終わったらすぐに出立するからな」
「了解した。……ではユウト様、私が強制返術をレクチャーさせていただきます」
「はい、ラフィールさん。頑張って覚えるので、よろしくお願いします」
「くうっ、何と可愛らしいお返事……!」
ユウトににこりと微笑まれると、ラフィールは途端にデレデレになる。
弟の匂いの影響だろうが、そういえばその対策用に朝食前にハーフエルフに渡した魔妖花の実はどうなっているんだろうか。
荷物を取ってきたら訊かねばなるまい。
いつも通りの弟とテンションの高いラフィールを残したまま、レオはエルドワを伴って二階へと階段を上っていった。




