兄、降魔術式の隙を知る
「……降魔術式の話か?」
「そうだ」
まあ、この話になるのは当然だろう。
さっきのユウトとの降魔術式に関する会話はラフィールにも聞こえていただろうし、そこでユウトが不安そうにしていたからこそ、彼もあえてその場で話題にしなかったのだ。
目の前がレオのみになれば、ラフィールはこの話を躊躇しない。
「おぬしらは降魔術式の術者を知っているようだな。ならば粛正せよ。あれは世界の禁忌……その術者は罰せられてしかるべきだ」
「分かってる。だからその術者をふん捕まえるために、こっちの関係者が一人潜入してるんだよ」
「潜入?」
「降魔術式の詠唱者の一人として入り込んでる」
降魔術式を成立するには四人必要だ。
一度は術式の失敗によって人数が足らなくなって止まっていたが、そのうちの一人をウィルが担うことで、再びジアレイスたちは術式を使えるようになったのだ。
そう伝えると、ラフィールは思案するようにあごに手を当てた。
「なるほど、その者が敵の内情を探っているということか。今回、執拗に村の中を術式が徘徊することがなかったのは、その者を加えてのお試しということだったのかもしれぬな」
「……以前の降魔術式は、ガントにも来ていたのか? あんたはどうやって回避していたんだ?」
「こつこつ溜めていた真夜中にしか採れない貴重な白い浄魔華の蜜を、頭から被った」
「それは……大変だな」
貴重な蜜を一気に消費するのも辛いが、被った後の処理も大変そうだ。
当時を思い出したのか、ラフィールが不愉快そうに眉を顰める。
「体中べたべたで、蟻やら蜂やら蝶やらにたかられて最悪だった。まあ、降魔術式に感知されるよりはずっとマシだが」
「降魔術式は厄介だよな。王都の結界もすり抜けて入ってくるし。ユウトが掛かりそうになった時は本気で焦った」
「……ユウト様が、降魔術式に!?」
レオの言葉に、ラフィールが驚愕して目を見開いた。
すっかりユウトに傾倒している彼には、許しがたい事実だったのだろう。テーブルの上で拳を握り、わなわなしている。
「ユウト様をあのような下劣な術で奪い去ろうとは許せぬ……! よくぞあの方を護った、レオ殿! 褒めてつかわす!」
「あんたのそれは何目線だよ。……ま、実際助けてくれたのは魔法学校の講師だがな。降魔術式を術者に跳ね返してくれたんだ」
「降魔術式を跳ね返す……? 強制返術か。そんな力業をできるのは、ごく限られた魔力の持ち主か、世界樹の杖を持った者くらいだが……」
「後者だ。杖は今、本来の持ち主である別の人間が持っているがな」
世界樹の杖のことはあまり他言することではないが、このハーフエルフなら問題あるまい。その存在も、内包する力のことも知っているようだ。
その話をすると、ラフィールは中空に視線を飛ばし、再び思案するように口元に手を当てた。
「……ふむ。もしそれができるなら、時間稼ぎに上手く利用できるかもしれぬ」
「時間稼ぎ?」
「降魔術式が発動できない時間を作り、おぬしらの仲間とコンタクトする機会にするのだ。……まあ、上手くいくかは運次第でもあるが」
その視線がレオに戻ってくる。
「レオ殿、世界樹の杖を借りてくることは可能か?」
「……どうだろうな。ユウトが言えば貸してくれるかもしれんが、何とも言えん」
「そうか。それがあるとだいぶやりやすいのだが」
どうやら彼は、降魔術式を強制返術させるつもりのようだ。
そういえば王都でのあの時、跳ね返された降魔術式は術者を襲い、奴らを三日ほど動けなくするとマルセンが言っていた。
その間は当然降魔術式は発動しなくなる。
ラフィールが言う『時間を稼ぐ』とは、強制的にその三日の猶予を作るということだろう。
しかし、コンタクトしたい当のウィルが降魔術式に襲われていては、話を聞くこともできないのだが。
「降魔術式を返術して襲われてる相手に、コンタクトなんてできないだろ」
「いや、運が良ければ一人だけ返術を免れることができる。……そもそも降魔術式に四人必要なのは、それぞれが東西南北を担当するからなのだ」
「……つまり、王都を中心にエルダールを四分割して担当しているのか?」
「そやつらが王都付近にいるのならそうなる。レオ殿は術者がどこにいるか、心当たりはないのか?」
「あー……いるとしたら多分ジラックだな」
「やはり、あそこか。ならば術式の中心はジラックだろう」
彼は納得したように一つ頷いて、それから小さく笑った。
「だとすると、おぬしらの仲間が返術を免れる確率は上がるかもしれぬ」
「……どういうことだ?」
「エルダールの地図を見るまでもなく、国の西側に位置するジラックを中心にするとなると、東の担当エリアが極端に広くなる。カバーするエリアが広いということは、術式の詠唱回数も増え、ゆえに失敗する確率も高くなる。……つまり、大して思い入れもない新参者に、東のエリアがあてがわれているだろうということだ」
ジラックから東のサーチをウィルが担当しているかもしれないとラフィールは言う。
ジアレイスが彼の超人的な記憶力を当てにしていることも考えれば、確かにその可能性は高そうだ。
それが術式の返術を免れることにどう繋がるのか分からないけれど、とりあえずウィルが王都やザイン、ラダを含む半魔のいる場所を担当しているのなら、そこは上手く避けてサーチをしてくれるだろう。
あっち側をそれほど心配しなくて良くなるのはのはありがたい。
「東側を担当していると、どうして返術に巻き込まれないんだ?」
「ガントとリインデルがジラックの西側にあるからだ。こちら側で降魔術式を弾き返せば北と南は即座に巻き込まれるが、反対側の東にだけ、一瞬免れる隙が生まれる。ジラックを中心とした術式で、東側の配置が少し離れているのも逃げるのにプラスになるだろう」
つまり、完全に巻き込まれないというわけではなく、逃げる隙があるだけということか。
どうやら降魔術式は大きな円方陣をエルダールと見なし、その中で自身が担当するエリアに立つらしい。大きなエリアを担当するウィルだけが東に離れ、西、北、南は円に沿ってすべて西よりで近くなる。
強制返術をされるとそのエリアから魔手が湧いて捕らえられるわけだが、そのエリアわけのおかげで、ウィルのところに魔手が及ぶ前に逃げられるだろうということなのだ。
「村をサーチしているということは、術者たちの目的は半魔だろう。……後の大きな降魔のための、生け贄探しだ。だとすれば、降魔術式は次にリインデルに向かう可能性がある」
「リインデルに……? ん、待て……もしかして、そこで俺たちに降魔術式の返術をさせる気か!?」
「東のサーチをおぬしらの仲間が上手く外している前提だがな。北のユグルダに半魔はおらぬし、南のベラールにもおらぬ。今日ガントをひとまわりしているから、ここにもしばらくは来ぬだろう。迎え撃つならリインデルだ」
ラフィールはそう言いきって、美しい口元を好戦的につり上げた。




