兄、クリスの元仲間の半魔に興味を持つ
ガントに到着すると、レオたちはその変わりように目を瞠った。
花畑は色とりどりの浄魔華が咲き乱れ、畑には野菜もできている。そして柵で囲われた一角には牛や鶏などもいて、のんびりと草を食んでいた。
前に来た時のどこか寂しげな村の印象が一変して、景色がとても明るくなっている。
「わあ、すごい! この短い間に、ずいぶん村の雰囲気が変わってるね!」
「俺たちがここを去ってからまだ数日なのに、もう畑に野菜が成ってる……。エルフは魔法植物学に精通してるから、こんなこともできるのか」
エルフは森の住人とも呼ばれ、植物関連の魔法を数多く使いこなす。浄魔華を管理できるのも彼らならではだし、野菜の育成促進の魔法などお手の物だろう。
しかしそもそもの疑問として、清浄な花の蜜を主食とするラフィールがなぜわざわざ畑を作ったり家畜を育てたりしているのかが分からない。
不思議に思いつつレオが辺りを見回していると、村の奥からラフィールが急ぎ足で現れた。
もちろんこちらの出現を察知して、自ら出てきたのだ。
彼の整った顔には、嬉しそうな笑顔が乗っている。その視線はまっすぐユウトだけを捉えていた。
「これはこれは、ユウト様……! ようこそいらっしゃいました!」
「こんにちは、ラフィールさん。少しの間に、すごくいい村の雰囲気になりましたね」
「貴方様にそうおっしゃっていただけるのなら、頑張った甲斐がありました……! 光栄至極に存じます! さあさあ、こんなところで立ち話も何ですから、どうぞこちらに」
「おいラフィール、軽々しくユウトの手を握るな! つうかあんた、俺たちのことちゃんと見えてんのか?」
勝手にユウトの手を引いて連れて行こうとするラフィールの手を、パチンと払う。
こいつ、完全にユウトしか目に入ってない。
レオは威嚇するように彼を睨み付けた。
そんなレオを見て、ラフィールは今更のようにぱちりと目を瞬く。
「ああ、すまぬ。ユウト様の可愛らしさに目が眩んで、見えていなかった」
「くっ、じゃあ仕方ない」
返ってきた答えに分かりみが深すぎてこれ以上突っ込めない。
ヴァルドもそうだが、どうもユウトにはある一定の半魔を惹き付ける何かがあるようだ。それも最近、かなり顕著な気がする。
まあそれらは全て好意的なものであるから、レオとしては多少イラッとしつつも然程問題視はしていないけれど。
「改めて、レオ殿とエルドワもよく来た。ハーブを摘んで茶を淹れてしんぜよう。ついて参れ。……ユウト様も、よろしかったらこちらに。花畑がよく見える良いテラスがあるのです」
「はい。ありがとうございます」
「俺とユウトで口調と態度が違いすぎる……」
ここまで露骨だと、もはや怒りも湧かない。
それに、ユウト相手と他で態度が違うのはレオも同じ。端から見るとこんな感じなのかと考えて、少しだけむず痒い気持ちになった。
「今回は、何か私にご用があっていらっしゃったのですか?」
「はい。ラフィールさんにちょっとお話を聞きたくて。あと、できれば今晩、ここに一泊させて欲しいんですけど……」
「一泊? もちろん大歓迎でございます!」
まあ、その返事は聞かなくても分かっていた。
ラフィールは明らかにテンションを上げている。
「折良く宿の整備も終えましたし、食していただける野菜や果樹、卵やミルクもございます。一泊と言わず何泊でも!」
「宿の整備を終えた?」
彼一人しかいない村で、わざわざ宿を整備する必要はなさそうなのだが。
何かあるのだろうか。
怪訝に思ってレオは話に割って入った。
「こんなとこで、宿を整備してどうするんだ? 野菜や家畜もそうだが、まさか俺たちが来ることを見越していたわけじゃなかろう」
「いや、いつかユウト様が来ることも想定してのことだ。ただ、もちろんそれだけではないが」
そういえば、前回の去り際にユウトは『また来る』と言い置いて行った。それも加味してのことだとすると、何とも気の早いことだ。
しかし、そればかりが理由でないというのも気になった。
「他に何の理由があってのことだ?」
「ここには時折私の知り合いの半魔が宿泊に来ることがあるのだ。精霊の祠が閉じて浄魔華が汚染されていた時はさすがに来なかったが、それが解消できた今、そのうち訪れるのではないかと思ってな」
「へえ、ラフィールさんのお友達なんですね。僕たちが知っている人かな」
ユウトの周囲は半魔が集まりやすいせいで失念しがちだが、基本的にエルダールにいる半魔は非常に少ない。
おそらくそのほとんどと、レオたちは顔見知りだ。
ラフィールの知り合いとやらがそのうちの一人である可能性は十分にあった。
しかし、当のラフィールはそれはないだろうと首を振る。
「現在の彼はほぼ単独行動ですし、大きな街にも行きません。おそらくユウト様のお知り合いではないと思います」
「あ、そうなんですか。じゃあガイナさんの半魔ユニオン……ハンマー互助会にも登録していない人なのかな」
「どうでしょう、それは分かりかねますが。昔はクリスと一緒にあちこち歩き回っていたので、半魔ユニオンには顔を出していたかもしれません」
「えっ、クリスさん?」
そこでいきなりクリスの名前が出てきて、ユウトが目を丸くした。
「そういやクリスは昔組んでたパーティに半魔がいたそうだな。だから半魔は好きなんだと言っていた。……もしかして、そいつか」
「そうです」
あのクリスが全盛期に連れていた半魔。おそらく、かなり強い。
少々興味があるが。
「……そいつは、いつ頃来るんだ?」
「さあ……。特に約束をしているわけでもありませんし、普段は半魔の隠れ里にいるようですので」
「半魔の隠れ里か……話に聞いたことはあるが」
地図にも載っていないし、おそらく術式で周到に隠されている村里。ガイナは知っているようだが、わざわざそこを通してまで探すこともないか。
……まあ、縁があれば会うこともあるだろう。
レオはその半魔のことは一旦頭の隅に追いやることにした。




