兄、クリスにがっつり釘を刺す
ロジー鍛冶工房で支払いを済ませたレオたちは店を出て、馬車が停めてある店裏に向かった。
そこでハーネスを外してアシュレイを引き取る。
その手綱を握るのはクリスだ。
ここからは彼らと別行動となる。
「アシュレイ、王都でのお留守番お願いね。ネイさんがキイさんとクウさんを連れてくるから、仲良くしてね」
ユウトがそう言い含めると、大きな馬は従順に頷く。
その聞き分けの良さを褒めるように撫でられて、アシュレイはその鼻先を弟にすり寄せた。
「アシュレイ、馬車の改造が終わるとおそらく働きづめになる。お前の体力が頼りだ。今のうちにしっかり休んでおけ」
「ブルル」
彼はレオの言葉にも素直に頷く。
全く、農場にいた頃とは大違いだ。
絶対的な主人たるユウトたちにその力を認められ、能力をあてにされていることが、アシュレイにとっては誇りなのだろう。
「じゃあレオくん、私はアシュレイを拠点まで連れて帰るよ。君たちはここからガントに飛ぶんだね?」
「ああ。ここはちょうど人目も届かないところだしな」
「飛んだ先も、ガントならラフィールしかいないし、村の中に直接転移できるから安心だね」
「心配なのはクリスさんの方ですよ。僕たちが行くまで、危ないことしないで下さいね」
「分かってるよ、大丈夫」
この大丈夫が全然あてにならないわけだが、まあそれを言い出すときりがない。
レオはそこには突っ込まずに、足元のエルドワをつまみ上げてユウトに抱かせ、さらにそのユウトを自ら姫抱っこで抱え上げた。
「クリス、俺たちはガントで少しラフィールと話をしてからリインデルに向かう。夕刻にガントを出ると途中で野営することになるから、着くのは少し遅くなるかもしれん」
今日はクリスとの待ち合わせ自体が正午だった上に、予定外のロジー行きがあったため、どれだけ急いでもリインデルまでの道中に夜が来てしまう。
そう告げると、彼ははたと何かを思いついたように、両手をぱちんと叩いた。
「あ、それならいっそガントで一泊させてもらいなよ。向こうは瘴気が強いせいで、野営の時の魔物除けもほとんど効かないから危険なんだ。夜は魔物も凶暴になっているし、その方が安全だよ」
「……ああ、確かにそうか」
リインデルの辺りはレオも初めて行くところ。土地勘がない場所での一夜となるのだ。そこに詳しいクリスが言うなら、従った方が無難だろう。
レオ一人ならいっそ野営をせずに夜通し歩くが、ユウトはきちんと休ませたい。
だったら野営中は兄が見張りをしていればいいんだろうけれど、弟も絶対見張りをすると言い出すのは分かりきっていた。
そう考えれば、うまくローテーションを組めるクリスと合流するまでは、野営をするのは得策ではないかもしれない。
瘴気で魔物除けが効きにくく、魔物も強くなっているなら尚更だ。
レオはそう判断して、一つ頷いた。
「そうだな、今晩はガントに宿泊しよう。ならあんたも今日は拠点に留まって、明日リインデルに飛べば良いな」
「え? 私は今日行くけど」
出た。
こちらには危険だから止めておけと言いつつ、自分は平気で突っ込むダブルスタンダード。
単身のクリスの方が遙かに危険だというのに。
「駄目ですよ! 危ない!」
彼のしれっとした言葉に、ユウトが即座に反応した。
しかし、相変わらずクリスはのほほんと聞き流す。
「平気だよ、私はリインデルの土地勘あるし。身を隠すくらいお手の物だからね」
「おいクリス、侮ってかかるなよ。リインデルの村の中は道中かそれ以上の危険地帯の可能性がある。まああんたがそこで野営を張ったりする気はないだろうが、それでも夜は危険だ」
特に魔族がいた場合、かなり危険度が上がる。
魔族はそのほとんどが夜の眷属だ。夜目も利かない暗がりの中で相手をするのは、昼間よりも数倍難度が高くなる。
だがそう指摘しても、クリスは問題ないと笑った。
「大丈夫、危険なことはしないって約束しただろう? 君たちが来るまでおとなしくしているよ。……できるだけ」
「あんたはその『できるだけ』が信用ならないんだよ!」
駄目だ、この男。まるでこっちの話が通じていない。
……まあここで無理に言い含めたところで、一人になったら勝手にリインデルに飛ぶんだろう。こいつはそういう奴だ。
レオはこれ以上は無駄かと諦めて、一つため息を吐いた。
「……はあ、仕方ねえな。いいか、クリス。俺たちがリインデルに到着するまで、自分から敵に何かを仕掛けて行くようなことをするんじゃねえぞ」
「うん、もちろん。でも応戦はしてもいいんだよね?」
「言っとくが、わざと攻撃を誘って戦いに持ち込むのももちろん無しだ。隠密に徹しろ」
「隠密かあ。なら暗殺は?」
「却下! 自分から行くなっつってんだろ! 俺たちが着く前に話をでかくすんな!」
これだけ注意をしてどれだけ聞いてくれるのかは分からないが、ひとまずがっつりめに釘を刺す。
とりあえず、注意を聞かなかったとしても、クリスがこちらの不利になるようなことはしないという信頼はあるのだ。そうでなければ、パーティ仲間になどしていない。
そもそもこの忠告は、敵との状況悪化云々よりも、クリスを危険な目にさらさせないためのもの。こちらの有利に事を進めるためならばリスクをものともしない、この男への牽制だ。
ある意味、最大の状況悪化というのは彼の戦線離脱なのだから。
「分かったよ。おとなしくしてる。……君たちが来るまでに、村の中はあらかた調べておくつもりだ。空間転移があるなら、私だけではどうせ分からないしね」
「クリスさんが半魔じゃなくてほんと良かった……」
おそらくクリスが半魔だったら、一人でほいほい敵陣に乗り込んでいただろう。
それを想像したユウトが、レオの腕の中で眉間を押さえている。
「まあ、あまりリインデルに時間を割けないのは確かだ。クリスが先に行って調査だけしてくれてる分には助かる」
「うん、任せておいて」
「心配だなあ……」
未だ弟は疑心暗鬼の様子だが、こればかりはどうしようもない。
当のクリスだって、行ってみないと自分が無茶をするかどうかなんて分らないのだ。
「明日の早朝ガントを発てば、午後にはリインデルに着けるだろう。それまでに怪しげな場所の目星だけ付けておいてくれ」
「了解。ガントに行ったらラフィールによろしく伝えて」
「分かりました」
クリスの言葉にユウトが請け合うと、レオはポーチから転移魔石を取り出した。
「では、明日リインデルで落ち合おう」
「うん。君たちの強さなら問題ないだろうけど、道中気を付けてね」
「クリスさんも、無茶しないで下さいね」
「善処するよ」
最後まで心配そうなユウトに、クリスは肩を竦めて苦笑する。
そんな彼らに見送られながら、レオたちはガントに飛んだ。




