弟、クリスの上魔石に魔法を込める
仕様書には、想像以上に盛りだくさんの機能が書き込まれている。
それこそ、役に立ちそうなものから意味不明なものまで様々だ。
レオはそれにざっと目を通した。
「……おい。何だこのアシュレイのハーネスに取り付けるトゲトゲは」
「あ、それカッコイイだろ? 敵が近寄ってきた時に体当たりでダメージを食らわすことができるよ!」
「馬車を引いたまま体当たりなんかしない。それよりもこれを外す時に可愛いユウトの手に傷でも付いたらどうしてくれるんだ。却下」
よく見ると荷台の脇にも仕込みトゲが付いている。もちろんそれも却下だ。
「馬車は移動と宿泊メインでしか使わん。敵が来ればユウトの魔法で迎撃するし、クリスが弓も使えるしな。攻撃用アタッチメントは全部外していい」
「えー、がっかり……」
ミワ父は残念がっているが、そんな不要なものの設置に時間を取られている場合ではないのだ。
ついでに、内装に付いている筋肉強化用のトレーニング器具も却下した。
筋肉マッチョに憧れるユウトは乗り気だったが、そんなのはもちろん兄が許さない。
そうやって厚意と言う名の趣味の押しつけを却下していくと、仕様書はだいぶすっきりとした。
「私がお兄さんと弟さんのために設置する、専用二人掛けソファも却下なの?」
「これは設置していい」
タイチ母の提供する、二人用ソファは採用だ。
兄弟専用というのも当然OKポイントだが、さらに魔力伝導を上げて、一緒に座ると通信機の魔力補充が早くできるというのがいい。
特にレオは、少しユウトと離れるとすぐに居場所を通信機で確かめるせいで、充填魔力の減りが早い。
ユウトとくっついて癒やされる上に魔力の補充もできるなら一石二鳥、ありがたいアイテムだ。
「……こんなところか。これだと三日でできるか?」
「個別で提案した設備がことごとく却下されたからね……。まあ、これならどうにかなるか」
「そうね、このくらいならタイチたちを呼ぶ必要もなさそうだわ。ベースの術式はもうお義父さんから受け取っているし、組み替えは私に任せてもらって大丈夫よ」
「俺の方は仕様に合った部品や媒体の設置と埋め込みだな。ウチの職人を動員すれば、施工に問題はない」
ここまで決まってしまえば、あとは腕の良い彼らに丸投げしていいだろう。
レオはパームにもロジーにも、こと仕事に関しての信頼は厚い。
「では、頼む。もう見積もりは出ているのか? 先に支払いをしていっても良いが」
「ああ、それだがな。とりあえずあんたたちには世話になったってことで、親父と義父の術式は無償で提供するってさ。術式構築料はタダだ」
「ふえ!? それって、本来ならものすごい依頼料が掛かるものでは……?」
ミワ父の言葉に、隣でユウトが目を丸くした。
弟はこの馬車を手に入れた時に、この術式の稀少性に兄が多額の金を払ったことを知っている。
つまり、それを再構成した術式だって、桁の違う金が掛かることを知っているのだ。
それが無償ということに、ユウトは気後れしたようだった。
しかし、ミワ父とタイチ母は平然と微笑む。
「いいんだよ、親父たちは久方ぶりに手を組んで一つの仕事をしたことで、大いに満足してんだ」
「そうよ。特にお義父さんにとっては大きな救いになったはず……。こちらこそ、こういう機会をもらえたことに感謝しているくらいだわ」
まだ直接会うには時間が掛かるだろうけれど、彼ら一族の距離は明らかに近くなっているようだ。
金の多寡よりも、そのつながりに重きを置く。だからこその無償提供か。
ユウトと違い、特に気後れなどしないレオは、納得して頷いた。
「じゃあ、施工の実費だけで良いってことだな。それなら先払いしていく。金額をまとめてくれ。後から必要になったものがあれば、それは受け取りの時に追加で払う」
「そうか、では少し待ってくれ。予定していた設備がかなり削られたから、その分を計算し直すよ」
「頼む」
ミワ父が仕様書を持ってカウンターの奥の机に向かうと、タイチ母も一緒に計算に加わる。
それを待つ間、レオは仕様書にあった内容を反芻した。
「どうやら今度の馬車は、事前登録した仲間だけ術式の内側に入れる仕組みのようだな」
「他の者には見えないし入れないっていうのはありがたいね。緊急の時の避難場所になるもの」
「姿を消したまま走れるようになったのもすごいね!」
「ああ。だが音は消せないようだから、馬車ごとどこかに忍び込むような暴挙はできないけどな」
「おまけに姿を消すといっても、周囲の自然物に擬態する形だから、岩や茂みが走ってるようなものだしね」
欲しかった術式はきちんと付けてくれている。プラスアルファの移動機能は、考えようによっては役に立つこともあるだろう。
他にも防炎、防寒、速度アップなど、地味にありがたい術式が色々付いている。
車輪周りなども改造してくれるようだった。
三日後に取りに来たら、見た目もずいぶん変わっているかもしれない。
「ところでレオくん、この後だけど。ここからアシュレイを一人で拠点まで帰らせるわけにはいかないだろう? 私が彼を連れ帰って、そのままリインデルに飛ぶことにするよ」
「……ああ、そうだな。街中を馬だけで走らせるわけにもいかないか。では、頼む」
「あれ、クリスさんは一緒にガントに行かないんですか?」
クリスの単独転移はさっき荷台で決まったばかりのことだ。当然その事情を知らないユウトが、首を傾げた。
「うん。私はリインデルに直接飛べるし、一刻も早く故郷が見てみたいのでね。悪いけど、先に行って待っているよ」
「……クリスさん、一人で行くと危ないことしそうで心配なんですけど……」
「えー、信用ないなあ」
兄と同じ懸念を告げる弟に、クリスは苦笑する。
まあ、日頃の行いのせいだ。
「大丈夫、レオくんにも危険なことには近付かないって約束したよ。こっそり村の中を歩き回るくらいだから安心して」
「それならいいですけど……。あ、そうだ。クリスさん、空の上魔石あります? 僕の魔法、ひとつ入れておきます」
「ああ、上魔石あるよ。ありがとう、何を入れてくれるの?」
「幸運アップです」
そう告げたユウトに、クリスがぶはっと吹き出した。
「あははっ幸運アップかあ! 確かに、私に一番必要なのはそれかも」
「攻撃系は要らないだろうし、定期回復の魔石は持ってるし、危機回避ならこれがいいかなって」
「そうだね。運の悪さは私の力じゃどうにもならないから。……うん、何かあった時に頼りになりそう。ユウトくん、それ、もう一個入れてくれる?」
物好きなのか、何なのか。
上魔石は本来なら自分が使えないような大きな魔法を入れておくのが定石だが、クリスは何を思ったか幸運アップを二つの魔石に込めてもらった。
まあ、一人で行動している時は彼の低い幸運を補ってくれる者はいないのだ。宝箱一つを開けるにも、これを使うと使わないとじゃ雲泥の差だろう。
「クリス、その幸運アップは掛けてから三分しか効かない。何かするつもりならそれを覚えておけ」
「三分か。分かった」
上魔石をポーチにしまったクリスは、それで十分だとにこりと笑った。




