兄、クリスと示し合わせる
「こんにちは。みんな、準備できてる?」
「あ、クリスさん、こんにちは。僕たちももう出れますよ」
「アン」
予告通り昼きっかりに現れたクリスを、玄関でユウトとエルドワが出迎えた。
レオは窓の戸締まりを確認して、その後ろから遅れて行く。
リインデルに行くため、すでに胸元には瘴気を浄化するペンダントを装備済みだ。
似たようなアクセサリを、クリスも首からぶら下げていた。
「パーム工房でアイテム受け取って来たんだな。……俺のと同じような形態だが、あんたの浄化して変換された魔力はどこに行くんだ?」
レオの吸った瘴気は首元で浄化され、魔力となってユウトのブローチに注ぐ仕組みだ。
クリスのも同じ仕組みなら魔力が排出されるはずだが、レオと同じように魔法を使えない彼がそれをどう処理するのだろう。
気になって訊ねると、クリスはにこりと笑った。
「これね、ペンダントの魔石が外せるようになっててさ。使い終わった属性付きの魔石をはめておくと、変換された魔力が充填される仕組みなんだ」
「ああ、俺のとは少し仕様が違うんだな」
「私は上魔石やこういう普通の属性魔石を多用するから、すごくありがたい。パーム工房は魔工翁から代替わりしたと聞いてたからどうかと思ったけど、彼女もすごく腕がいいね」
「……まあ、腕『は』いいな」
あの一族は特殊な性癖さえなければ実に優秀だ。
そこだけは同意せざるを得ない。
それぞれ得意分野があって、彼らだけで色々な事案に対応できるのもありがたかった。
「じゃあこれで準備万端だな。出発するか」
「あ、ちょっと待って。実は一旦拠点に戻って、アシュレイの馬車でここまで来たんだ」
「……馬車で? 今回俺たちはガントに飛んで、そこからリインデルに向かうという話だったろう」
「うん、そうなんだけど」
頷くクリスが、笑みを浮かべたまま含みのある言い方をする。
それにレオたちが首を傾げると、彼は言葉を続けた。
「君たちに相談する前に気が早いかと思ったんだけどね。……パーム工房に行った時に、レオくん宛てに伝言を頼まれたんだ」
「工房から俺に伝言? ……あ、もしかして」
パームからレオ宛に伝言をもらい、馬車を連れてきた。
それだけで、レオはクリスの行動の意味を知る。
「馬車の術式を改造する準備ができたのか!」
「そういうこと」
クリスが肯定したことで、間に挟まれて話を聞いていたユウトも目を輝かせた。
「それって、魔工のお爺さんが、みんなと仲直りしたってこと!?」
「仲直りっていうか、魔工翁が一人でしがらみ抱えてただけだけどな。……まあ、ミワとタイチが仲立ちになって、いくらか関係が改善されたってことだろ」
「とりあえずパームの魔工翁とロジーの先代が、間接的にとはいえ協力したのは間違いないよ」
他人事だというのに、それでもユウトとクリスはなんだか嬉しそうだ。そしてレオも、ユウトが嬉しそうだと嬉しい。
「じゃあ、ことさら力の入った術式を組んでくれてるかもしれんな。どうせ数日は馬車を使わないし、今から預けて来よう」
「どんなふうになるのか楽しみだね!」
クリスが気を利かせたおかげで、時間のロスは最小限になりそうだ。このまま馬車でロジー鍛冶工房に向かえばいい。
レオたちは玄関の鍵を掛けると、通りに停めていた馬車に乗り込んだ。
ロジーまでの道のりはユウトが御者をしたいというので、エルドワとセットで任せる。
街中なら危険もないし、ユウトが御者だとアシュレイもさらに慎重になるから安心だ。
荷台にはレオとクリスが乗り込んで、これからのことを示し合わせた。
「……そうか、ネイくんがジラックから竜人二人を連れて拠点に来るんだね。アシュレイと面識はあるの?」
「いや、ない。だがまあ、あいつらとアシュレイがぶつかる心配はないだろ。キイとクウは穏やかな性格だし、高位竜の半魔だから何かあってもアシュレイの方が引くはずだ」
「そうか。なら問題ないね。私も会うのが楽しみだな」
クリスならキイとクウとも気が合いそうだ。
あの竜人二人は人間だった頃の記憶がないものの、知識だけはしっかり残っている。
魔法研究機関の所長の息子だったと思われる二人。
巷には出回っていない書類なども目を通していたようだし、クリスとしては進んで話をしたい相手だろう。
そこまで考えて、レオははたと思い出したように彼らのことに関する思惑を口にした。
「……そういや、今回のリインデル行きな。あんたの書物探しがメインなのはもちろんなんだが、実は他にも探したいものがあるんだ」
「え? レオくんがリインデルで探したいもの……? そんなものあるの?」
レオの言葉に、クリスは驚いて目を瞬く。
まあそうだろう。レオたちとリインデルには何の接点もないのだ。
不思議そうな表情を浮かべる彼に、レオは少し声を潜めた。
「もしかするとそこに、キイとクウの家にあった書物が持ち込まれているのではないかと思ってな」
「ん? どういうこと?」
「俺たちにも、ずっと探していて全く見つからない書物があるんだよ」
キイとクウの家にあったと思われる重要な書物は、行方不明になって久しい。
その裏に確実にジアレイスがいることは分かっていたのだけれど、ネイが関連した施設や屋敷に忍び込んでも空振りばかり。
それはオネエたちを巻き込んで探し回っても見つかることはなかったのだ。
そんなレオたちが、それよりずっと昔に同じような目に遭っていたリインデルを知った。
そして、そこにあった書物をジアレイスが参照していたかもしれないという話を聞いて、もしやと思ったのだ。
ジアレイス……魔研が、リインデルに集めてきた重要な書物を置く隠れ家を作っているのではないかと。
「……なるほど。確かにリインデルの書物庫を自分たちの隠し書庫として流用している可能性はあるね。……魔法研究機関の重要書物というのも、是非とも見てみたいな」
「まあ、こっちは本当に、『もしかしたら』っていう程度のものだけどな」
「私は大いにありえると思うよ。ジアレイスたちにとって知られると都合の悪い書類……。それを没収しても国の書庫に入れるわけにはいかないだろうし。だとしたら、誰の目にも付かないところに隠すでしょ」
レオの話を聞いて、クリスはすっかり確信してしまったようだ。
まあ何にせよ、行ってみれば分かること。
レオは同意も否定もせずに話を進めた。
「とりあえずガントに飛んだら、少しラフィールにも話を聞いてみよう。隣の村だし、何か気付いていることがあるかもしれん」
「うん、お願い」
「……ん?」
「ん?」
クリスの返事のニュアンスがちょっとおかしい。
軽く眉を顰めると、彼も首を傾げた。
「……あんたも一緒に聞くんだろ?」
「え、何で? 移動のタイミングは合わせるけど、私は一足先にリインデルに飛ぶよ。直接行けるし。闊歩してる魔物とか倒して露払いしておくんで、ゆっくり来て」
「いやいや、あんた一人で先に行ったら絶対勝手に何か危険なことするだろ!」
「しないよ。必要がなければ」
「必要あったらする気満々だろ!」
この男の『危険なことしません』発言ほどあてにならないものはない。
レオは思わず眉間を押さえた。




