兄、リインデルに関する推察を聞く
リインデルはすでに全滅して久しい。
だというのに、クリスはその故郷に向かいたいという。
まあ、レオとしても一度は見に行きたいとは思っていたけれど、しかしこれほど火急に向かうべき何かがあるとでもいうのだろうか。
「……焼失した村なんて、盗賊が入り込んでめぼしい物は根こそぎ持って行かれてるんじゃないのか?」
訊ねたレオに、クリスは首を振った。
「リインデルは瘴気の強い場所だ。村がある頃はラフィールに分けてもらった花のおかげでそれを中和していたが、廃村になった後は瘴気が満ちて人間が入れる状態ではなくなっている。盗賊に荒らされたりはしていないはずだよ」
確かに、瘴気の溢れた村で人間は動き回れまい。
だが、半魔や魔物なら平気で侵入できる。
「人間は無理でも、半魔や魔物が荒らしてるんじゃないか?」
「……どうかな? このエルダールでも稀な、人間が入り込めない安全な場所だよ? もし半魔や魔物が村に入ったとしても、荒らすのではなく逆に拠点にするのではないかな」
「ああ、そうか……。たとえば半魔がラダのようにコミュニティを作っているかもしれないし、……魔族が秘密の隠れ家を作っている可能性もあるな」
「そうなんだ」
クリスはレオの言葉に頷いた。
「ただ、半魔のコミュニティはないだろう。もしあるなら、隣村のラフィールが知らないわけがない。……ちなみに私は、リインデルを焼いた犯人がそこに隠れ家を作っているのではないかと思っている」
「は? ……リインデルを襲った犯人が!?」
「……私は長い間リインデルの書物を探して歩いていたが、未だに一冊も見つかっていないんだ」
彼がリインデルにあった本を探している話はネイに聞いている。それがどうやらこのクリスの推察の根拠になっているようだ。
「長年掛けて、一冊も……?」
「そう。だから私は一時期から、もしかしたらあの大量の書物はリインデルから持ち出されていないのではないかと思うようになった」
「ああ、なるほど……!」
リインデルにあった蔵書は、かなりの量だったらしい。それを持ち出すなら丸ごと持って行くのではなく、不要なものはそのまま残していったり、どこかに売り渡したりして手放すはずなのだ。
それがないことをクリスは疑ったようだった。
「確かに、一冊残らず重要だということはないだろうし、持ち出すなら必要なもの以外は処分するものな。……ということは、そのままリインデルに書物を隠し、そこを隠れ家としている奴がいるかもしれないということか」
「うん。君たちと行動を共にしだして色々な本を見る機会をもらえたおかげで、私の中でその考えがさらに強くなっている」
彼自体、焼き討ちに遭ったリインデルを見たのは、その直後の一度だけらしい。
それからは瘴気のせいでずっと調査にも行けず、書物を探しながら推論だけを立てていたのだろう。
しかし今、瘴気を退けるアイテムを手に入れることができ、それを証明することができるようになったのだ。
本来は世界の危機が全て去った後に行くつもりだったのだろうが、ジアレイスが絡んだことで彼は急ぐべきだと判断したに違いない。
クリスはレオに正面から切願した。
「頼む、レオくん。ほんの数日でいい。……ジアレイスが参照した書物がもしもリインデルの蔵書の一冊なら、おそらく犯人は彼らとも関わりのある者……。私が潰してくる意味もあると思う」
「そうだな……」
リインデルを焼いた者がジアレイスと手を組んでいる者なら、レオとしても看過できない。
瘴気の溢れる村を隠れ家にしているのなら間違いなく半魔か魔族で、ジラックとやり合う際に加勢されると厄介だ。
タイミングとしても、ウィルを救い出しに行くのにもまだ少し早いところだし、時間を作るなら今だろう。
それを勘案して、レオはひとつ頷いた。
「分かった。リインデルに向かおう」
「ああ! ありがとう、レオく……ん? 向かおう?」
「俺たちも行く」
決定事項としてそう伝える。
とりあえず決戦を前に厄介事は排除しておきたいし、それにレオにはもうひとつ気になることがあったからだ。
しかしそんなレオに、クリスは目を瞬いた。
「いやいや、わざわざ君たちに来てもらわなくても、私一人でどうにかするよ?」
「大量の蔵書を丸ごと隠したってことは、敵は悪魔の水晶を使って空間転移をしている可能性がある。リインデルとは繋がっているが、おそらくユウトやエルドワがいないと俺たちでは感知できん」
「あー、空間転移かあ……。悪魔系の施術士が使うやつだよね」
空間転移はバラン鉱山を攻略する際に、ルガルの配下の悪魔がジアレイスにそそのかされて作っていた罠だ。
ユグルダの村を転移させたのも原理は同じ。
何にせよ、ユウトやエルドワ、アシュレイあたりがいないと話にならない。
「……そうだね。申し訳ないけど、君たちにも来てもらえるとありがたいな」
「俺たちとしても、魔研が関わっているとなると見逃すわけにはいかんからな。……まあ何にしろ、早めに行った方がいいだろう」
そう言うと、クリスは時計を見た。
「じゃあ今日は解散してひとまず寝て、昼あたりに落ち合う感じでいいかな? 私はその前に、パーム工房に肝心のアイテムを取りに行かなくちゃいけないし」
「ああ、それでいい」
あと少しすると、早朝と言っても差し支えない時間になる。
さすがにもう休むべきだろう。
レオも請け合って立ち上がった。
「じゃ、昼になったらレオくんたちの家に行くね」
「分かった」
一言だけ簡潔に返事をする。
長い昔話をしたせいで少し弟が恋しくなってしまった兄は、そのまま転移魔石を使って、ユウトのいる自宅へと飛んだ。
「え、これからリインデルに行くの?」
「ああ。何がいるか分からんから、しっかり準備をして行くぞ」
「ちょ、ずるい~。俺を置いていくなんて~」
膝にエルドワを乗せたユウトと部屋で遅い朝食を食べている席に、なぜか邪魔者がいる。
レオはそれに顔を顰めた。
「……貴様、何でいる」
「レオ兄さんが遅くまで起きてこないから、ネイさんが僕の買い物に付き合ってくれたんだよ」
「ユウトくんがレオさんのために焼きたてパンを買いに行くというので」
「じゃあもう役目は終わりだな。とっとと帰れ」
「レオさんがそう言っても、俺はユウトくんに誘われたので無駄です」
ユウトを盾にすればどうにかなることを知っているこの男は、レオに睨まれたくらいでは全く動じない。
弟に差し出されたラスクを平然と食べながら、ネイはちょっと不満げに頬杖をついた。
「しかし、さすがの俺も瘴気が満ちてるとこにはついて行けないんですよ? 新参者のクリスは連れて行くのに、ずるくないですか」
「ずるかねえよ。そもそもリインデルはクリスの故郷なんだし。それに瘴気無効アイテムは、あいつと一緒に取った素材で作ってんだからな」
「俺だってジラックでおっさん眺めてるよりそっちに参加したかったですよ!」
まあ、そりゃそうか。
リーデンとジラック領主たちを見張っているのは確かに楽しいことではなかっただろう。
ブーブー言うネイに、多少の同情はしないでもない。
……今後のことも考えれば、こいつだけを外しておくわけにもいかないし、仕方がないか。
レオはおもむろに立ち上がると、部屋からポーチを取って来た。
そしてその中を漁り、はす向かいでむくれているネイにアイテムを差し出す。
バンマデンノツカイの素材だ。
「……あれ、レオさん。これって……」
「素材だけはやるから、パーム工房に行ってアイテム作ってこい。貴様も持っていないとこっちも何かと不便だからな」
「えっ、ほんと!? やったー!」
ころりと表情を変えたネイは、差し出された素材を素早くポーチにしまった。こちらの機嫌を損ねて取り上げられたら困るからだ。
「とりあえずユウトの護衛は多いほどいい。貴様にももっと役立ってもらわんといかん」
「もちろんです! 下僕のように働きますよ! 今回はついていけませんけど、次からはどこまでもストーキングします!」
「言い方」
何でこいつの言動はどこか変態くさいのか。
指摘したところで、全く直そうとしないのだから救えない。
レオは眉間を押さえ、ため息を吐いて話を進めることにした。
「……まあいい。今回はどちらにしろ、貴様には別の仕事をしてもらうつもりだった」
「別の仕事ですか?」
「ジラックに飛んで、キイとクウを引き上げさせてくれ」




