兄、クリスと過去を考察する
現在編再開です。
レオが話を終えた頃には、すっかり深夜になっていた。
ずいぶん長くなってしまったが、クリスはこの話を飽きることなく興味深く聞いていたようだ。
反芻するようにふむふむと数度頷いた。
「……なるほど。結局のところ、レオくんとしてはユウトくんに『レオくんのために死ぬ』という命令を思い出させたくないわけだね」
「あれは本当に最大の過ちだったと思っている。もう俺の使役は完全に外れているんだが……最後に、その状態でも俺のために死のうとしたからな」
「聖属性と闇属性を持っているから、自己犠牲と自己破壊の衝動が強いのかもね……。ちょっと危ういな」
レオの後悔とユウトの記憶喪失の理由を知って、クリスは思案するように口元に手を当てる。
そうして視線を中空に飛ばしてしばし考え込んでいる彼に、レオは覗うように話しかけた。
「……この戦いの中枢にユウトを巻き込んで、もしも記憶が戻ってしまったらどうなると思う? ……俺はそんなの恐ろしくて、考えたくもないんだ」
「まあ、君の危惧も分からないではないんだけど」
クリスは少し困ったような顔をしたけれど、すぐにこちらに目線を下ろす。
「今のユウトくんは『レオくんのために生きる』という決意の方が強い。それを信じてあげてもいいんじゃないかな? 私は余程のことがない限り、あの子の決意が崩れることはないと思うよ」
「……今はな。だが、万が一俺や世界の存亡がユウトの双肩に掛かった時、あいつはまた俺の記憶を消して自分を犠牲にしようとするかもしれない。……最近のユウトの世界における重要性を見ると、その恐怖はいや増すばかりだ」
五年前に味わったあの時の絶望感は、未だにレオの中に生々しく残っている。
そこに至るまでの焦燥や恐怖が、記憶の中から消えることはなかった。
「うーん……これはユウトくん云々より、レオくんにとってのトラウマか……」
そんなレオの様子を見たクリスは、ひとまずユウトに全てを明かすようにこちらを説得するのはあきらめたらしい。
頭を掻いて話を変えた。
「まあ何につけ、最悪の事態になる前に決着を付けるのが最善ってことだね。……それにしても、君たちは所在不明だった五年間に別の世界に飛ばされていたのか。それも興味深いな。おそらく上階層の世界だよね。魔法がなくて科学とやらが発達した世界でしょ」
話題が変わったことで、レオも少し冷静になる。
そして、異世界に行っていたという自分の言に知識を被せてきたクリスに目を瞬いた。
「あんた、あの世界を知っているのか」
「遙か昔の世界樹関連の文献に記述があったんだ。世界樹の同じ枝にある世界で、言語や食べ物、世界構成、生活様式などに共通点が多い。時折その世界からの落とし物が、ゲートの宝箱なんかに含まれることがある」
そう、迷宮ジャンク品は上層世界からの落とし物だ。少し存在がねじ曲げられているが、日本で使っていたものと大差ない。
魚や野菜など、様々なものの形や名前も同じことも多い。これはやはり世界樹の同じ枝から派生しているのが原因のようだった。
「しかし、下層から上層に向かって異世界に道を通すなんて……。最後の一欠片の肉片からの復活でその魔力って、すごいね。さすが伝説の竜」
「グラドニは確かにすごいが……道を作ること自体はドラゴンオーブの力じゃないのか?」
「行き先が魔界ならそういうこともできるけど、グラドニが使った術式は純粋に彼のものだよ。ドラゴンオーブは身体を一から再生成するために『竜の卵』として使ったんだと思う。術式を使う前に割れてしまっているしね」
「マジか」
あの術式が元々グラドニのものだとすると、とんでもない能力ではなかろうか。
いつも機嫌良くいてくれればいいが、機嫌が悪い時にあれほどの力を行使されたらたまったものではない。
「君が最後にグラドニを竜の谷に誘導したのは英断だったと思うよ。昔の文献に現れるグラドニは、気まぐれで善悪の別がない。我々人間では太刀打ちできないからね」
「……そうだな。あれでもまだ力を取り戻していないようだったし」
グラドニはレオたちを異世界に送ることが、力を取り戻す時間稼ぎになるようなことを言っていた。
つまり、本来はもっと強いということだ。
「『創世主と奴らの目を眩ます』と言っていたのも気になるね。創世主って大精霊のことでしょ? 奴らっていうのが誰かは分からないけど」
「……もしかしてグラドニは、大精霊と敵対関係なのか?」
「さあ、どうだろう」
「これはあんたでも知らないんだな」
このあたりはさすがにちょっと情報が少なすぎるか。
今度ジラックからキイとクウを呼び戻したら、竜の谷でのグラドニのことを訊いてみよう。
レオはそう割り切って、別の疑問を口に上せた。
「もうひとつ分からんのが、ジアレイスがユウトの放ったホーリィの魔法の中を生き残ったことなんだが」
「それは十中八九、対価の宝箱の中に逃げ込んだんだと思うよ。あれって本人の手以外では壊せないんでしょ?」
「……あの宝箱、対価以外のものを入れてくれんのか?」
確かに対価の宝箱は大人でも小さく丸まれば入れないこともないけれど。
「実際その場にいたわけじゃないから私には分かりかねるけど、話を聞いてる限りもうその時点で、対価の宝箱にはジアレイス以外の取引相手の選択肢はなくなってたんでしょ? だったら、どうやっても彼を護るんじゃない?」
「……まあ、そうか」
そもそも対価の宝箱は、呪いの主が取引相手を選別し、完全な支配下に置くための道具。
ジアレイスをその相手に選んだのなら、そういうこともあるかもしれない。
そう納得し掛けたレオに、しかしクリスはもうひとつの可能性を提示して見せた。
「……もしくは、ジアレイスは彼自身を対価に、宝箱と何か取引をした。……なんてことも、あるかもしれないけど」
「自分自身を対価に……?」
そんなことがあるだろうかと思ったが、考えてみれば権力も金も失ったジアレイスが一番失いたくないものといったら自分の命だ。
どうせ命をかけるなら、ホーリィで焼き殺されるより対価として宝箱に差し出し、それを担保に何かを成した方がマシだと考えたかもしれない。
「……もちろん、これは本人じゃないと分からないことだから、ただの憶測だけど」
「対価の宝箱に最後に取り上げられた一番大事なものを返してもらうには、呪いの主と契約する必要がある……。となれば、それが最後の取引だった可能性は十分あるな」
クリスは憶測だというけれど、レオとしてはほぼ確信に近い。
その際、最後の取引でジアレイスが何を成したのかは現時点で推察することは難しいが。
「しかし、エルダール王家に取り憑いた呪いの主か……。私もあんまり聞いたことがないな。だいぶ厳重に隠されていたんだね」
「……あんたが知らないってことは、この呪いに魔族は関係してないのか? てっきり、魔界の上位魔族が関与してるのかと思っていたんだがな」
「んー、私が知る限りではそんな手を使う魔族はいないね。今度魔法研究機関で関連書籍がないか調べてみるよ。……私としては、魔研がグラドニの肉とユウトくんとレオくんでやろうとしていた儀式のようなものの方も、かなり気になるんだけどね……」
そう言ったクリスは、テーブルに頬杖をついて軽く視線を外した。
その表情が、にわかに険しくなる。
「依り代、生け贄、不老不死の肉……。禁呪中の禁呪……」
「……奴らが何をしようとしていたか、心当たりがあるのか?」
「いや、まだ確証は持てない。……でも、ずっと昔に本で読んだような覚えがあるんだ。途中まで読んだところでおじいさまに取り上げられ、酷く叱られた……」
おじいさま、という言葉にレオは目を瞬いた。
つまり、クリスの身内が生存していた頃。……リインデルが、まだ襲われて全滅する前の話。
「過去にリインデルにあった本の内容を、ジアレイスが行使しようとしたってことか……!?」
「ずっと昔の記憶だ。途中までしか見てないからうろ覚えだし、違う本で内容が似ているだけかもしれない。……だが、可能性はある」
クリスはそう言うと、外していた視線をレオに合わせた。
いつも穏やかな彼には珍しい、鋭い眼光。
頬杖を外し、両手を組む。
「……レオくん、今が大変な時期なのは重々承知しているけどお願いがあるんだ」
常にない低い声。その瞳の奥に、復讐の炎が見える気がした。
「私を数日、リインデルに行かせて欲しい」
以前の話を100話ほどさかのぼって読んでたら、忘れてる設定や矛盾がたくさん見つかってとっても恥ずかしい……。
完結したらまるまる書き直します。




