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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想:完】アレオン、チビと異世界へ

 理をぶち壊せないかと訊ねたアレオンに、ドラゴンオーブは思いの外興味を持ったらしい。

 その危険思考を窘めたり叱責したりしないところを見ると、おそらく彼(?)は世界の秩序を護る側の存在ではないのだろう。


 しかし、正直アレオンにとってはその正邪などどちらでもいい。

 ただチビを救う手段があるのなら、世界に背くことでも何でもする心づもりなのだから。


 そんなアレオンを、ドラゴンオーブは面白そうに値踏みした。


「理をぶち壊す、か。うむ、乱暴極まりない……が、面白い。こやつらをこの世界の理と時流から外してみるのも良いかもしれぬ。……そうすれば、創世主と奴らの目も眩ませられる。わしも、多少なりとも力を取り戻す時間が取れる」

「……何の話だ?」


 ドラゴンオーブがよく分からない独り言を言っている。

 だが、何か策があるような言い方だ。アレオンは藁にも縋る思いで訊ねた。


「チビを救う手立てがあるのか……!?」

「そうさのう。うぬに覚悟があるなら、世界の理から逸脱する手伝いをしてやってもよいぞ」

「……覚悟?」

「この世界を離れる覚悟じゃ」

「それは……魔界に行くということか?」


 この世界を離れるなら、それくらいしか考えられない。確かドラゴンオーブは魔界への道をつなげるものだという話も聞いたことがあった。それが解決になるのかははなはだ疑問だが。


 しかしそう訊ねたアレオンに、ドラゴンオーブはチッチッと舌を鳴らしてみせた(どうやっているのかは不明)。


「違う。もっと別の世界じゃ。この子どもを魔法の縛りから解放するためには、魔力の概念がない世界に行って強制的に魔法を遮断するしかないじゃろう」

「魔力の概念のない世界……!?」


 当たり前のようにある魔力がない世界というのは、アレオンには全く想像できなかった。

 魔石燃料も使えないということだろうし、何を動力として生活する世界なのか。生活レベルはどの程度なのか。その辺りに少々不安はある。


 けれど、そもそもアレオン自身は魔力を持たないから、魔法が使えなくても問題はない。チビだって記憶が消えてしまえば、魔法がないことを当たり前に思うだろう。


 そう考えれば、答えは一つだった。


「チビを救えるなら、……チビと一緒なら、別の世界に飛ばされたって構わない」

「うむ、よい返事じゃ。……では、ちいとばかし本気を出そうかの」


 軽くそう返したドラゴンオーブのてっぺんに、突然パキリとヒビが入った。

 それは瞬く間に下まで到達し、そのままぱこんと半分に割れる。

 するとそこから眩い光が広がった。


「な、何だ……!?」


 目も開けていられなくて、アレオンはチビを抱えたままきつく目を閉じる。

 それでも、さっきドラゴンオーブがあった場所に、何かとてつもなく強い魔力の持ち主が現れたことが分かった。


(こいつ……間違いなく強い……! そういえば、対価の宝箱の妖精もどきは、こいつが現れれば俺たちなんて……みたいなこと言っていたが、もしかしてかなり危険な奴なのか……?)


 今はまだ召喚方陣の中にいるからおとなしいだけで、これが外れたらとんでもない奴なんだろうか。


 そう懸念しながら、ようやく落ち着いた光の中で薄く目を開ける。

 すると、アレオンの前にはひとりの男が立っていた。


 その頭にはドラゴンの角、瞳は黄金。口元には牙も見える。

 筋骨隆々でかなりの偉丈夫だ。

 その口調の割に、容姿は思ったよりずっと若い。

 男は自分の身体を触りながら、現在の姿を逐一確かめているようだった。


「ふむ、最後のひとかけらではこんなところか。それにしても、正常な肉体を取り戻すのは久方ぶりじゃ。……全く、不老不死などなるものじゃないわい」


 その言葉で、アレオンはようやくこの男の正体に気付く。


「……あんた、もしかして不老不死の竜、グラドニ……!?」

「そうじゃよ」


 あっけらかんと返された言葉に、アレオンは目を瞠った。


 つまり、アレオンがグラドニの肉をポーチにしまった際に、彼は勝手にドラゴンオーブに入り込んだのだ。道理でいくら探しても見つからなかったはずだ。


 男は唖然としているアレオンに構わず、魔界古語による何かの魔法を詠唱し始めた。


「ふむ、世界からの抵抗が少ない……。やはり創世主の力は弱まっているようじゃな。どうりで愛し子を放置しておるはずじゃ……。まあ、おかげでやりやすいが」

「こ、これは何をするんだ……?」


 見たことのない言語で編まれた術式が、アレオンとチビの周囲を取り囲み始める。

 その得体の知れなさに、アレオンは酷く警戒した。


 そもそもグラドニというドラゴンは世界で最も古い竜族のひとりで、善でも悪でもない不安定な存在だと伝承されている。


 気まぐれで、好奇心旺盛。

 その好奇心から不老不死を手に入れたが、以来その血肉を求める者たちに追われ、姿を眩ましたと古い本には書かれていた。


 それが肉片になっていたことも驚きだったが、まさか自分の前に人型として現れ、さらに手伝いを申し出るなんて。


(……グラドニほどの伝説級の古竜が、何の見返りもなく俺たちを救ってくれるというのか?)


「心配せずともよい。わしは今、すこぶる機嫌がいいでの。悪いようにはせぬ」


 しかしアレオンの警戒心を読み取って、グラドニはからからと笑った。

 その表情に他意は見えない。

 どうやらこの男、気まぐれだというだけで、策を弄するタイプではないようだ。


 まあ竜族は元々そんなことをしなくてもバカ強いから、策など必要ないのかもしれない。


「うぬはわしの助力があったとはいえ、自力で対価の宝箱を叩き割ったじゃろう。あれも見ていて爽快であった。奴らも思惑が外れて歯がみしたことじゃろう」

「あっ……。あの時正気に戻ったのは、あんたのおかげだったのか……!?」

「奴らからのうぬへの干渉が酷かったから、わしがちっとばかしそれを遮断してやっただけじゃ。……あのままでは、またわしが奴らにいいように使われるところじゃったしな。何につけ、うぬがドラゴンオーブを持っていたのはまことに僥倖じゃった」


 どうやらアレオンがドラゴンオーブを持っていたことが、彼にとっては何よりの幸運だったらしい。

 ……もしかすると、これがなかったらグラドニは最悪の機嫌でアレオンの前に現れたのかもしれない。ただの肉片からの肉体生成になっただろうし、彼が満足できるとは思えなかった。


(おそらく、その状況を想定しての妖精もどきの『あの魔物が召喚されれば、貴様らなど……』発言だったんだな……。ただの人間に召喚されて不完全な身体を使役されるなんて、屈辱だろうし)


 まさかこんなに上機嫌だとは思わなかったのだろう。

 召喚が切れた後はどうなるか分からないが、とりあえずアレオンたちが別世界とやらに飛ばされるまでは平気そうだ。


 まもなく周囲を埋め尽くす術式が、らせんを描きながらアレオンたちを包み込む。


「では、うぬらをきちんと安全な世界に送ってやろう。……まあ、向こうでは常識の違いに多少苦労するじゃろうが、世界樹の同じ枝に付いている世界じゃ。どうにかなるじゃろ。向こうの良い神さんに拾ってもらえ」


 グラドニの言う良い神さんというのがどういうものか皆目見当も付かないが、もはやチビさえ救ってくれるのならどうでもいい。

 そこからの生活は自分の力でどうにかする。


 そう決意して、アレオンは心からの礼を述べた。


「ありがとう、グラドニ……! この恩は忘れない」

「恩という言葉を持ち出すでない。それを言うと、程度で言えばわしの方がうぬに多大な恩を受けたことになるのじゃ。……まあ、次に会ったとき、機嫌が良ければまた何かの手伝いくらいはしてやらんでもない。機会があったら頼って参れ」


 別世界に行ってしまったらそんな機会もないと思うのだが、まあ、その言葉はありがたく受け取っておこう。

 まもなく術式は完了する。


 その直前に、アレオンは少しだけ気になって、グラドニに声を掛けた。


「あんたはこの後どうするんだ?」

「ん? どうするかの。わしが生活していたときとはだいぶ時代が変わっておるからな。まあ、腹が減ったら食らえば良いし、暇になったら戦う相手でも探せば良い」


 あ、これ、かなり厄介なやつだ。

 おそらく彼の強さならその辺の街なんて平気で潰せるし、王都だって危うい。

 気まぐれで行動が読めないのも面倒臭い。


 この世界を離れる身だからどうでも良いと言えばそうなのだが、ライネルたちが自分が置いていったグラドニのせいで大変な目に遭うのは少し気が引けた。


「……竜の谷に戻る気はないのか? ちょうど俺の仲間の半魔ドラゴンがそこに行ってみたいと言っているから、同行したらどうだ。ここを出たら、南西にある森の中に小川がある。その近くの洞窟に行けば会えるはずだ」

「竜の谷? いや……うむ、まあ、そうじゃな、数千年ぶりに一度帰ってみるか……。さて、誰が生き残っておるやら……」


 アレオンが行き先を提案すると、彼は一度躊躇いながらも、結局頷いてみせた。それに密かに胸をなで下ろす。


 キイとクウに面倒ごとを預けることになるが、そこは許してもらおう。彼らにとっても、谷の住人であったグラドニが一緒の方が、向こうで受け入れられやすいはずだ。


「生活資金は渡してあるから、しばらくはこのあたりで生活してみたいというならそれでも不自由はしないだろう」

「そうか。いろいろすまぬな。……礼と言っては何じゃが、最後にその子どもの望み通り、この建物を跡形もなく粉微塵にしておいてやろう」

「頼む。……それから、洞窟に行ったらそこにいる半魔のドラゴンと人間に、俺たちは死んだと伝えてくれ」

「まあ、世界から消えるのだからそれに近いか。ふむ、承知した」


 別世界に飛べば、もはやこの世界では死んだも同然。彼らにとっての助けにはもう成り得ないのだ。これでいい。

 キイとクウはそのままグラドニに従えば良いし、カズサのことはきっとライネルが拾ってくれるだろう。


 アレオンとチビを覆うらせんの密度がどんどんと高くなる。

 上を見上げると、天井などない遙か上の方まで突き抜けているようだった。


(この先が、別の世界……)


 腕の中のチビはくったりとしているが、大丈夫、まだ間に合う。


(どこに行こうが、俺がこいつを護る)


 その身体を抱き直し、もうほんの隙間からしか見えないグラドニに、アレオンは最後の挨拶をした。


「じゃあな、グラドニ」

「うむ、行ってくるがよい。……そして、運命が許すならまた会おう。世界の希望たる愛し子と、世界の災------」


 グラドニの最後の声は、鈴のように鳴り響く光の音にかき消された。とうとう術式が完了したのだ。


 らせんがぴたりと閉じ、光の道が上に向かって続いている。

 これが、別の世界に繋がる入り口。


(すごい……。これを、創世主でもないドラゴンがやってのけるなんて)


 その光の氾濫を、呆然と眺める。

 しかし遙か上空で誰かの呼ぶ声がした気がして、それに意識を向けた途端。

 耳から入り込んだ何かによって酷い頭痛に襲われ、アレオンは気を失った。


ようやく過去編終了です。

半年近く書いてた……。でも書きたいこと全部詰め込めたので満足です。


次回から現在に戻りますが、すっかり話を忘れております……。

おかげで次話を上げるのは少し遅くなるかもしれません。


できるだけ早めに上げるつもりではいますので、よろしくお願いします。

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